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2012/09/09

耳嚢 巻之五 菊蟲再談の事

 菊蟲再談の事

 

 前に記すお菊蟲の事、尼ケ崎の當主は松平遠江守にて、御奏者番勤仕ある土井大炊頭(おほひのかみ)實方(じつかた)兄にて、土井家へ見せられし右蟲を營中へ持參にて予も見しが、前に聞し形とは少し違ひて、後より見れば女の形に似たり。後ろ手に縛りてはなく、蛼(こほろぎ)の鬚の樣成ものにて小枝のやうなる物に繋(つなぎ)あり。圖大概を左に記す。委曲の書記も土井家より借りて見しが別に記ぬ。

Okikumusi1

□やぶちゃん注

○前項連関:四つ前の「菊蟲の事」の実見後の根岸の観察追記。図がやはり岩波のカリフォルニア大学バークレー校版と異なる。全体の配置や指示キャプションは非常によく似ているものの、「菊蟲の事」同様、バークレー校版は虫がシルエットである。そこで、前回同様、原文の後に底本の図を、現代語訳の後にバークレー校版図を配した。但し、バークレー校版のキャプションが活字に変えられており、岩波書店の編集権を侵害する可能性が高いので、指示線とともに加工処理して消してある(バークレー校版には、蛹化初期の蛹の上部右空間の上方に、支え糸の向こう側の線(のような)途切れた線描写がある。それでもバークレー校版の「此の糸蛼髭などの如し」のキャプションの指示線は底本図と同じく手前の糸に繋がっている(少しだけその指示線の跡を残しておいた)。キャプションを如何に活字化しておく(キャプションは二書とも同じ)。

〇右下部――「此の糸蛼髭などの如し」

(この部分の糸はコオロギの触角などと非常によく似ている)

〇左中央より下へ――「後より見れば此所女の櫛を刺したるが如し」

(この後背部より観察するとこの虫体の頭頂部は女が櫛を挿しているようには見える)

グーグル画像検索ジャコウアゲハ 蛹」を見よう。蛹を支持する糸は写真によって濃い色に着色しているのが見える。私は昆虫少年ではなかったのでよく分からないが、これは、種による違いか、それとも蛹化後の外的な現象(土埃等の付着)によるものか、糸の素材の経時変性等によるものかは定かではないが、着色体は確かにコオロギの触角に似ているという表現が正しいことが分かる。また、背部正面からの複数画像を見ると頭部の幼虫期の吻部と思われる箇所、蛹の頭頂部には正しく「櫛を刺した」ように見えるではないか。根岸の観察は素晴らしい。

 更に、この図から察するに、脚部や頭部がはっきりと本体と区別出来、どうも根岸が実見したチョウ目 Glossata 亜目 Heteroneura 下目アゲハチョウ上科アゲハチョウ科アゲハチョウ亜科キシタアゲハ族ジャコウアゲハ Byasa alcinous のこの幼虫は、完全な蛹化が始まる前の前蛹と呼ばれる状態(体が動かなくなるものの、刺激を与えると嫌がっているような動きを見せることがある)から少しだけ蛹化へ進んだ状態ののように思われる(虫体が小枝からこちら正面へ傾いて体側の向こう側の眼や脚部が見えるように描いているのは、蛹が支持糸を切られているのではなく、観察描画上の分かり易さを狙った図法と思われる)。なお、バークレー校版では表題が「於菊虫再談の事」と我々に親しい接頭語の「お」が附されている。

・「松平遠江守」摂津尼崎藩第三代藩主松平忠告(ただつぐ 寛保三(一七四三)年~文化二(一八〇六)年)。明和四(一七六七)年家督を継ぎ、死去まで藩主の座にあった。「菊蟲の事」の本文にも出、注でも記した谷素外に俳諧を学び、俳号を一桜井亀文(いちおうせいきぶん)と称した。

・「土井大炊頭實方」土井利厚(としあつ 宝暦九(一七五九)年~文政五(一八二二)年)のこと。老中、下総古河藩第三代藩主。摂津尼崎藩主松平忠名四男で忠告の実弟。古河藩主土井利見の養嗣子となり、はじめ利和(としかず)と名乗った(底本や岩波の長谷川氏注はこの名で注する)。利見が相続後の一箇月足らずで没した後襲封、その後は四十五年の長きに亙って古河藩主を勤めた。この間、寺社奉行・京都所司代・老中などの重職を歴任している。本話柄当時、奏者番兼寺社奉行であった(奏者番の内四名は寺社奉行を兼任した。以上は主にウィキの「土井利厚」に拠った)。なお、官職の「大炊頭」は本来は大炊寮(宮中の厨房担当)長官のこと。従五位下相当)。

・「後より見れば女の形に似たり」こうした、デジタル化して誰でも簡単に造れるようになった昨今ではめっきり流行らなくなった心霊写真のような錯覚をシミュラクラ(Simulacra 類像現象)と呼ぶ。本来のシミュラクラとは、ヒトが三点が一定の間隔で逆三角形に集合しているように見える図形を見た際、それを動物やヒトの顔と判断するようにプログラミングされている脳の働きに対してつけられた語(学術用語ではない)である。ほぼ同義的な学術用語としては、一九五八年にドイツ人心理学者クラウス・コンラッドが定義した「無作為或いは無意味な情報の中から規則性や関連性を見出す知覚作用」を言うアポフェニア(apophenia)や、精神医学用語のパレイドリア(pareidolia:後に注する。)が相当する。なお、パレイドリア(pareidolia)とは平凡社の「世界大百科事典」の小見山実氏の記載によれば、空の雲が大入道の顔にみえたり、古壁の染みが動物に見えたりするように、対象が実際とは違って知覚されることを言う語であるが、意識が明瞭ないしは殆んど障害されていない状態で起き、批判力は保たれていて、それが本当は雲なり染みでしかないということは分かっている場合を言う、という趣旨で説明されてある。ところが引用元では更に――熱性疾患のときにしばしば体験されるが、ほかに譫妄(せんもう)・LSDなどの薬物酩酊時にも出現する――と記してある。これはどう読んでも叙述上の矛盾という他はない。これらは意識障害が生じている状態で見る飽く迄『譫妄』であり『幻視』であって、批判力は保たれておらず、実態への見当識など、全くない状態である。これをパレイドリアと呼ぶのはおかしい。熱戦譫妄や薬物幻覚の初期段階に於いてはパレイドリア様の認識作用が容易自動的に発生し、重篤な幻視症状へと移行する場合がある、と記述するのならば、まだ許せるという気がする。これらも総て「パレイドリア」と呼ぶ、というのであれば、定義部分の但し書き以下の内容を総て削除し、シンプルに『パレイドリアとは病的非病的を問わず、対象が実際とは違って知覚されること』とすべきであろう。

・「後ろ手に縛りてはなく」恐らく多くの人々は蛹の枝に支持される糸や体表面をそのように見たのであろうが(蛹化では普通、付属肢が総て折りたたまれて体に密着するから「縛」られているという見立ては不自然ではない)、根岸にはこの糸や枝側の体表面の形態はアポフェニア(パレイドリア)を起こさせず、「後ろ手に縛」られた女のようには(女には見えた点では根岸は虫体自身の形態にはアポフェニアを起こしている訳である)見えなかったということである。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 菊虫再談の事

 

◎前に記載せる『お菊虫』についての実見及び観察を含む追記(文責・根岸鎭衞)

 

〇後半の伝承部への補足

・尼ヶ崎藩当代当主は松平遠江守忠告(ただつぐ)殿である事。

・忠告殿は御奏者番(おんそうじゃばん)として勤仕(ごんし)する土井(どい)大炊頭(おおいのかみ)利厚(としあつ)殿の実兄に当たられる事。

 

〇実見の経緯

・その兄松平忠告殿が国許より弟君利厚殿の土井家へ、見聞のためにとの思し召しによって、この『お菊虫』が送られて参った。

・それを利厚殿が珍奇物の公開として城中へとお持ち込みになられ、披露なされため、私も実見することが叶った。

 

〇実見観察による前記載の補正

・実見したところ、先に聞いて記載した形とは少し違っていた。

①本体の後方(虫体の背部と思われる部分)より観察すると、確かに『女の姿形』に似ている。

(*特に、その頭頂部分は、女が結った頭に櫛を挿したように確かに見えた。)

②但し、伝聞していたように『女が荒繩で後ろ手に縛られている』という様な印象には全く見えなかった。

③本体はコオロギの触角に似た糸状の物質によって小枝と連繋していた。

(*厳密に言うと、図のように体側上部は斜めに小枝からやや離れており、下部が枝の下部で支点となって傾斜した形である。体の中央よりやや上部の辺りで糸を本体に一巻して形で小枝にその両端が付着し、本体を支持している。)

 

〇概略図(以下に示す)
Okikumusi2_3追記:この虫に就いての詳細資料も土井家より借りうけて実見した上、書写したものがあるが、それとは別に、ここにも記しおくこととした。

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