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2012/09/16

耳嚢 巻之五 出家のかたり田舍人を欺し事

 出家のかたり田舍人を欺し事

 

 寛政八年九月上旬の事也しが、我許へ常に來る鍼治(しんぢ)の、只今湯嶋裏門前にて盜賊を押へて、人大勢立留り居し故其樣子を聞しに、近在の農人と覺しき者、小田原邊へ參りて歸の節、出家商人道連に成しが、相宿に泊りて心安くいたし、外に道連もなければ翌日も一所に泊りしが、彼出家路用を遣ひ切、宿拂の手當もなければ今夜の宿拂ひは、江戸表へ罷越候得(まかりこしさふらへ)ば、親類共も多き間早速返濟なすべしとて欺きける故、出家の事といひ前夜より心安くいたしける事故、其日は彼田舍人より拂遣しけるが、品川に至りて一人の出家申けるは、何をか隱し可申、一人は出家成り、某(それがし)は醫師にて江戸表いづかたには兄も有之、同人方より上方へ修業に登りけるに、途中にて不慮に煩ひて、手當せし品身の廻り大小迄も沽却なし、兄の方へ至らんも誠に面(をもて)ぶせなれば、何卒大小を才覺いたし罷越度(まかりこしたき)由を彼田舍人に欺き賴ける故、慈愛深き者にや、或る古道具屋にて麁末(そまつ)の大小を調へ、其代物も江戸に至り歸し候約束にて相渡しければ、殊の外悦び同道して江戸へ入、芝邊にてはづすべき心や、此邊に知る人ありとて兩人の僧裏道へ立入しを、彼田舍人少しもはなれず附歩行(つきありき)ければ、知る人は店替(たながへ)せしなど僞りて、兎角して湯嶋迄來りて、裏門前の佐野何某といへる御旗本の門へ至り、門番に何か斷りて内へ通り、表に彼田舍人を殘し置て暫く過て立出で、漸々尋當りたり、水引を少(すこし)調へ度由にて、調呉(ととのへくれ)候樣田舍人へ賴ける故、僞もあらじと水引を調に立出しが、さるにても疑敷(うたがはしき)とて跡へ心を付ければ、右出家も未だ未練のかたりなるや、貮人ながら旅人の風呂敷包を持逃出しけるを、彼田舍人聲を掛て追欠(おひか)け、大根畑にて捕へて風呂敷包も、調へ遣しける大小をも取戻し、扨々憎き盜賊かな、所へ預け官へ訴(うつたふ)べけれども、我も在所に急ぎ候事あれば其通(そのとほり)に成し置也とて、一人の出家は逃去りしが、殘る一人を突倒し惡口して右の田舍人は立去りける由。突倒されし出家は漸(やうやく)起きて側の石に腰を掛居しを、恨まぬ者もなかりしが、怡然(いぜん)として居たるを見て來(きた)る由。扨々不屈者もあるかなと右鍼(はり)醫師友益(いうえき)語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。現代語訳はト書を入れて、演出してみた。――それにしても――現代もそうだが――こういう騙りの輩、どうも最後にこんな風に居直るケースが多いじゃねえか! 私(あっし)が江戸っ子なら、こういう態度はムショウに腹が立つゼ! 半殺しにしたくなるゼエ! エエィ! 皆して、ヒチまおうゼイ!

・「我許」根岸の居宅は現在の千代田区神田駿河台(明治大学の向かいの日大法科大学院のある場所)にあった。湯島天神からは凡そ一・五キロメートルほど。

・「某は醫師にて」当時の医師は僧体。

・「門前の佐野何某」尾張屋版江戸切絵図の「湯島天神裏門坂通」の途中に「佐野」姓有り。

・「大根畑」既出。湯島大根畠。現在の文京区湯島にある霊雲寺(真言宗)の南の辺り一帯の通称。私娼窟が多くあった。底本の鈴木氏の先行注に『ここに上野宮の隠居屋敷があったが、正徳年間に取払となり、その跡に大根などを植えたので俗称となった。御花畠とも呼んだ』とある。この「上野宮」というのは上野東叡山寛永寺貫主の江戸庶民の呼び名。「東叡山寛永寺におられる親王殿下」の意で東叡大王とも呼ばれた。寛永寺貫主は日光日光山輪王寺門跡をも兼務しており、更には比叡山延暦寺天台座主にも就任することもあった上に、全てが宮家出身者又は皇子が就任したため、三山管領宮とも称された。

・「怡然」原義は、喜ぶさま、楽しむさま、の意。ケツを捲くって居直り、不敵に笑っていたのであろう。

・「友益」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『友兼』という名になっている。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 出家の騙りの田舎者を欺きし事

 

 寛政八年九月上旬のことであった。

 我が元へ常に来たる鍼師(はりし)が参って、

「……丁度今、湯島裏門前にて盗賊(ぬすっと)を捕り押さえやして、もう、雲霞の如(鍼をそれぞれ摑んだ両手を左右に大きく円を描いてぶん回す)、人が大勢集まっておりました。」(根岸、振り回した鍼を避けるように、頭を後ろへ仰け反りつつ)

と申す故、

「……如何(いかが)致いた?」

と訊いてみたところが、以下のような次第で御座った。

 

(針師、右手の針をズンと根岸の方へ向ける。根岸、また身を仰け反る。話中、何度もこれを繰り返す)

……近在の農民と思しい者、小田原辺へ参った、その帰るさに、二人の出家と道連れと相いなって御座ったそうな。

 相宿致いて、すっかり心安うなって、他に道連れも御座らねば、翌日も彼らと同宿致いたれど、その夜のこと、出家の一人が、

「……まっこと、申し上げにくきこと乍ら……実は、拙僧、路用を、これ、すっかり使い切って仕舞(しも)うて……今日の、ここな、宿払いの代(しろ)も(右手の親指と人差し指を丸く結んで面前に掲げ、ゆっくりと胸の前へと下して左手を合わせて合掌する)……実は、御座らぬ。……なればこそ……一つ、今夜(こよい)の宿払いは、これ……いや、江戸表へ罷り越しますれば、親類縁者も数多く御座るによって、直き、返済致しましょうほどに……どうか……(また合掌)」

と如何にも心もとなき様にて嘆き申せばこそ、何よりも出家の身なれば、また昨夜来、心安う致いておることでもあり、その日は、かの田舎者が宿賃を払ってやったと申す。

 さて、その日、品川に着くと、今度は今一人の出家が、

「……さても、拙者とのお話なんどの折りから……薄々はお気づきのことにても御座ろうが……何を隠そう……かの者は正真正銘の僧なれど……拙者は(両の袖を内に握って左右下方に突っ張って)……医師にて御座る。江戸表の××には兄が住んで御座って、同人方より上方へ医師修業に上って御座った。……ところが……修業も果てて、この帰りの砌り、旅の途次にて不慮の災難に遭(お)うて……医師の不養生とはよく申すことで御座るが……病み臥せっては療治がため……御覧の通り……身の回りのもの、佩刀致いて御座った大小までも……一切合財mこれ、売り払(はろ)うて仕舞う仕儀と相い成って御座った。……このまま、兄が元へ帰っては……いっかな……合わせる、これ、顔が、ない。……何としても、武士の魂たる大小を手に入れまして……兄が元へ、帰参の礼を致いたき所存……」

と、嘆息の上、かの田舎者に縋らんとする風情。

 かの農民、これ、余程の人を疑えぬ慈愛深き者にても御座ったか、途次の古道具屋にて粗末ながら大小の刀を調え――勿論、その代(しろ)をも、かの田舎者が立て替えた上、江戸着到の後、直きに返す旨の約束を致いて――相い渡して御座った。

 医師と明かした男も、これ殊の外の喜びよう、そのまま三者同道にて江戸へ入(い)った。……

……(鍼師、右手の鍼を放り投げ上げると、下向きになったそれギュッと握り、畳へ真っ直ぐ、半ばまで、ズン! と刺し)この騙り者ども――江戸へ入るなり、芝辺りで逃げようという魂胆ででもあったものか――僧と申した者が、

「……ええっと……この辺りに知れる者が……おったはずじゃ……」

と言いつつ、急に医師と二人して裏道へと入ってゆくを、かの田舎者も遅れるまいと、ぴたりとくっ附いて、いっかな、離れず歩く。

 すると僧は、

「……おんや?……どうも、引っ越したようじゃ、のぅ……」

なんどと……(鍼師、左手の鍼を同じく放り投げ上げると、下向きになったそれギュッと握り、畳へ真っ直ぐ、半ばまで、ズン! と刺す。二本の鍼の垂直に立った鍼師正面方向からのアップ。カメラ、ティルト・アップして鍼師の顔のアップ)偽り……兎角致いて、湯島まで参った。……

……湯島天神裏門前の佐野何某という御旗本の門へ至り、二人は門番の者に何やらん、断りを入れ、かの田舎者を表に残しおいたまま、中へと入った。暫く致いて立ち戻ると、僧の方が、

「……いや! ようやっと尋ね当てて御座った。……実は、その、貴殿にお返しする代の用立て申し出に際し、これ、水引が少々、必要で御座る。……まっこと、申し訳なきこと乍ら、一つ、買い調えて参ってはま下さるまいか。……我らは、ここにて、貴殿の荷を守って、待って御座るによって。」

との由にて、かの田舎者へ頻りに頼む故、

『……何ぼ何でも、ここまで来て、嘘偽りというは、これ、あるまい。』

と、近場の店へと水引を買い求めに別れてはみたものの、

「……いんや?……どうも話がおかしい。やはり怪しいぞ!」

と、やっと心づき、横町を入って直ぐ、こっそりと彼らの方(かた)を覗き見たところが――!(鍼師、やおら、右手逆手に突き刺さった二本の鍼を抜き、根岸の面前へ突き出す。根岸、右手を後ろについて、仰け反る)……

……かの出家ら……未だ未熟の騙り者で御座ったか……田舎者が風呂敷包みを、やおら、持ち逃げせんとするところで御座った。

「――ド、泥棒ッツ!――」

――と(鍼師、二本の鍼を、逆手にして畳に、ブスッ! と突き刺す。以下、大袈裟な乱闘の手振り身振り、よろしく)――かの田舎者、大声を――吐き掛け、吐き掛け――ずんずんずんずん、追っ駈け、追っ駈け――遂に、大根畑(だいこんばた)にてひっ捕らえ――風呂敷包みと、かの医師と称した者へ買い与えた大小をも取り戻いて御座った……。

 二人の首根っこを両の手で、普段の大根を引き抜く要領にて、グィッツ! と抑え、

「……さてもさても! 憎っくき盗賊(ぬすっと)じゃ! しかるべき所へ預け、奉行所へも訴え出るところじゃが……我らも在所に急がずんばならぬ訳もあらばこそッ!……ええェイ!! これで、仕舞じャ! 糞どもガ!!」

と二つ三つ、ぽかぽかと頭を殴る。

 隙を見て、一人の賊は逃げ去ってしもうたが、残った方は小突き倒し、散々に打擲(ちょうちゃく)の上、

「ド外道ガッ!!!」

と、渾身の悪口(あっこう)言い放ち――かの田舎者は、立ち去って御座った。

 突き倒されて禿げ頭から血を滴らせた出家体(てい)の賊は、暫くして起き上がると、傍らに御座った石に腰を掛けておった。

 この騒ぎに集(つど)って御座った野次馬で、これを憎んで、唾を吐きかけぬ者とて御座らんだ。

――が――

……この悪党、根っからのワルで御座ったらしく……ケツを捲くって居直った面構えにて、不敵な笑いをさえ(鍼師、ダークな笑いを浮かべて、根岸をねめつける)……浮かべて御座ったを……正に今、見て参って御座る。……(鍼師、急に居住まいを正し)

……さてもさても! かくも悍(おぞ)ましき不届者、これ、おるものにて、御座いまするなぁ……」

 

 以上は、鍼医師友益(ゆうえき)の語ったことで御座る。

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