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2012/11/15

一言芳談 十

   十

 

慈円僧正入滅ののち、或人の夢に示(しめして)云、顯密の稽古は、ものゝ用にもたゝず、時々せし空觀(くうくわん)と念佛とぞ、後世(ごせ)の資粮(しらう)とぞなる。

 

(一)顯密の稽古、天台眞言の學問なり。

(二)空觀、諸法皆空の觀念なり。

(三)資粮、かてとなる義なり。

 

[やぶちゃん注:「慈円僧正」(久寿二(一一五五)年~嘉禄元(一二二五)年)は天台僧。関白藤原忠通十一男。九条兼実(忠通六男)の同母弟。「愚管抄」の筆者として知られる。異端視されていた専修念仏の法然の教義を批判する一方、その弾圧にも否定的で法然や弟子の親鸞を庇護した(親鸞は治承五(一一八一)年数え九歳の時、京都青蓮院にて、この慈円から得度を受けている)。「百人一首」に所収し、歌人としても知られた。

「顯密」顕教と密教。空海は、前者を衆生を教化するために姿を示現した釈迦如来が衆生に明らかに説きあらわした教えを、後者は真理の姿を以って大日如来が説いた深奥なる秘密の教えを言うとして後者の優位性を説いたが、最澄は独自の解釈に基づき、ともに不可欠な真理として「円密一致」を説いている。

「空觀」天台宗の観法(心に仏法の真理を観察し熟考する修行)の一つで、総ての事物は空(くう)であると観ずることをいう。

「後世」本来は、死後の魂が赴くところの世界を言い、それは六道(輪廻)や極楽(往生)をも包括する広義な来世を示すが、『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』の大橋氏注には本「一言芳談」の多様な「後世」の用法を羅列して『「後世」本来の語義は失われ、「浄土」または「往生浄土」の意味に転化している』と注されている。しかし、浄土教の教えから言えば弥陀の誓願によって一切の衆生の極楽往生が決定しているのである限り、「後世」はイコール「浄土」以外にはなく、これは『失われ』たのではなく、念仏者にとっては本来の真義に基づく謂いであるという方が、より正しいと私には思われる。

「資粮」の「粮」は糧に同じい。]

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