フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« バス愉し春の日をどり頤をどる 畑耕一 | トップページ | 耳嚢 巻之五 同眼のとぢ付きて明ざるを開く奇法の事 »

2012/11/30

一言芳談 二十五

   二十五

 

 又云、聖法師は功德に損ずるなり。功德を作らむよりは、惡をとゞむべきなり。

 

〇功德に損ずる、佛をつくり、寺をたて、その外興福(こうぶく)の事にかゝる人、はじめの心ざしよけれども、事にふれて欲心(よくしん)もおこり、わが身にはうるはしく、後世のつとめするひまもなくて、はてには名聞におちて、道心も退轉するなり。

 

[やぶちゃん注:『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』の大橋氏注に貞享五(一六八八)年刊書林西村市良右衛門蔵板「一言芳談句解」に(新字を正字に代え、踊り字「〱」は正字化、一部の記号を省略した)、

『功とは、春夏秋冬の、おしううつるをいひ、その四時の行年行年も、かはらぬが德にてあれ共、今の世の人は苦行するを功德とのみ、おもひさだめしなり。經陀羅尼書寫するも、くどくのはしにては有也。まことの功德はしる人まれに、しらぬ人もなし』

とある、とする。

「惡をとゞむべきなり」『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』の大橋氏注には『止悪修善。』とある。これは、「断悪修善」ともいい、悪業を断ち止めて善業をおさめること、不善の行ないをしないようにして十善等を修めるよう努めることを言う。しかし、そうだろうか? これが知られた「止悪修善」であるなら、明禅はわざわざ「功德を作らむよりは」という条件文を附さなかったはずである。寧ろ、これは等価で『作善(さぜん)をしようとすることよりも、悪を行わぬように堰き止めるが肝心じゃ!――作善しようとするな! 悪を防ぎ止めよ!――』と私は言っているように思われる。]

« バス愉し春の日をどり頤をどる 畑耕一 | トップページ | 耳嚢 巻之五 同眼のとぢ付きて明ざるを開く奇法の事 »