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2012/11/16

鎌倉日記(德川光圀歴覽記) 鶴岡八幡宮~(5) 了

 牛玉    一顆

 鹿玉     同

 如意寶珠   同

[やぶちゃん注:以下、底本では全体が三字下げ。]

前ノ袈裟座具卜此如意寶珠ハ、内陣ニ入テアル由ニテ見ルコトナシ。社僧云、如意寶珠卜云モノ二種アリ。一種ハ自然ト龍ノ頸上ニアル珠ヲ云。是ヲ肝頸ノ珠ト云。一種ハ能作(サ)生ノ珠ト云。眞言ノ法ヲ樣々執リ行ヒテ修シ得テナル珠ナリ。此社ニアル如意寶珠ハ、能作生ノ珠ナリト云。

 五鈷

 是ヲ雲加持ノ五鈷ト云、古器也。昔醍醐山ニ範俊・義範ト云二人ノ名僧アリ。範俊ハ法兄也。義範ハ法弟也。天下早魃アリ。義範勅ヲ承テ神泉苑ニテ雨ヲ祈ル。範俊、義範ガ吾ニ先テ勅ヲ奉ルコトヲフヅクム。時ニ黑雲ムラガリ起テ將ニ雨フラントスルニ、範俊ガ五鈷忽鴉卜化シテ雲ヲ呑却ス。故ニ雲加持ト名付ル也。

[やぶちゃん注:「フヅクム」清音の「ふつくむ」が正しい。「憤む」「恚む」で、怒る、怒り恨むの意のマ行四段活用の動詞。]

 朝鮮鈴  ヒヾキ惡クシテ日本ノ鈴ニシカズトゾ。

[やぶちゃん注:「鈴」は音読みして「レイ」。]

 菩提心論   一卷 細字ナリ。智證大師ノ筆

 功德品    一卷 細字也。菅相公ノ筆

 心經     一卷 基氏ノ筆、紺紙金泥一字三禮ナリ。名判アリ。

 心經     一卷 紺紙金泥。氏滿ノ筆。至德二年二月十六日名判トモニ備ル。

 御影

[やぶちゃん注:以下、底本では全体が三字下げ。]

昔ヨリ傳タレドモ、今ニ終拜見シタルモノナシ。錦ノ袋ニ入、長三尺計ニ、幅八寸四方程ノ箱二納メ、鳥居ヲ立、注連ヲ引、十二ケ院ノ供僧一ケ月ヅヽ守護シ、毎月座ノ行ヒ勤メニ法華經ヲヨムト也。何モノト云事ヲシラズ。何ノ御影ゾト問へバ、定テ八幡ノ御影ナルべシト答フ。俗ニ囘リ御影卜云フ。

[やぶちゃん注:「今ニ終拜見シタルモノナシ」底本では「終」の右に『(ニ)』と送り仮名を注す。

「座ノ行ヒ勤メニ」底本では右に『(三座ノ行ヒヲツトメィ)』とある。光圀による、この回御影(まわりみえい)に於ける日に三座行われた勤行の掛け声の傍注であろう。]

 本社ノ前二鶴龜ノ石一ツアリ。水ニ洗へば、光澤出テ鶴龜ノ形ノ如クカヾヤキ見ユ。影向ノ石ニツアリ。御手洗ノ池ヨリ出ルトゾ。賴家參籠ノ時ニ、海中ヨリ龍燈アガリ、此石ニ影向スルトナリ。側ニ武内ノ社アリ。賴朝堂本社ノ西ニアリ。白幡明神卜賴朝トヲ合祭ル。賴朝ノ木像アリ。左ニ住吉明神ノ木像、右ニ聖天アリ。愛染堂、賴朝堂ノ前也。愛染ハ運慶作也。堂ノ内ニ地藏アリ。腹ノ内ニモ千躰ノ地藏アリト云。二位ノ禪尼ノ本尊也トゾ。側ニ鐘アリ。正和五年二月ト銘アリ。願主ノ姓名ナシ。酒宮、二王門ノ前ナリ。神躰ハ酒宴醉臥ノ體也ト云。其外小社多シ。實朝ノ社アリ。柳營ノ宮トモ云。ソレヨリシテ十二ケ院ノ内等覺院ニ至ル。弘法自作ノ鍍大師トテ木像ニテ膝ヲ屈伸スルヤウニ作リタル也。安置シタル堂ヲ蓮華定院ト云。勅書アリ。板面ニ書寫シテアリ。御祈禱可仕(仕るべき)由ノ勅意、執達ハ左少辨俊國、應永二十七年十二月十三日トアリ。此院ノイリノ谷ニ八正寺トテ、昔ノ八幡ノ大別當僧正ノ舊跡ナリト云。惠光院ニ釋迦アリ。名佛也。左右二普賢・文殊アリ。獅子ノ像ナド極テ見事也。阿彌陀ノ小像、其外古佛多シ。總テ八幡ノ社領永樂錢八百四十文也。今ノ三千二百石餘ニアタルトゾ。十二坊アリ。一坊ニ三十八貫文充分領ス。神主大友志摩ハ百貫、小別當周英ハ五十首領スルトゾ。周英ハ妻帶ニテ、禪宗也。今ノ一臘ヲ淨國院卜云。老僧次第ニ、一臘ヲ囘リ持ニスルト也。僧正院ニ賴朝ノ法華堂ノ本尊ヲ引、安置セラレシナリ。彼本尊ハ賴朝石橋山合戰ノ時、杉山ニ寵リ、己ニ難儀ノ時、彼佛ヲ取出シ、岩上ニヲカル。兵ドモ不審ス。賴朝ノ曰ク、サスガニ源氏ノ大將ノ、常ニ身ヲ放タズト、カバネノ後ニイハレンハ口惜カルべシト也。其後護持ノ僧拾ヒテ奉ルトゾ。銀ノ一寸六分ノ觀音ナリ。ソレヲ今木像ノ觀音ノイタヾキニ納テ有卜也。

[やぶちゃん注:「酒宮、二王門ノ前ナリ。神躰ハ酒宴醉臥ノ體也ト云」とあるがこれは伝聞で、実は既にこの奇体な神体はなかった。「新編鎌倉志卷之一」の鶴岡八幡宮の項の「稻荷社」の中に、

今の稻荷の社(やし)ろ、本は仁王門の前に有て、十一面觀音と、醉臥(すいぐは)の人の木像を安じ、酒(さけ)の宮と號す。近き頃大工遠江(とをとをみ)と云者有。甚だ酒を好(このん)で此を寄進す。寛文年中の御再興の時、其體(てい)神道・佛道に曾て無ナき事也とて、酒の宮醉臥の像を取捨(とりすて)て、觀音ばかりを以て、稻荷の本體として、此丸山に社を立て、舊(ふる)きに依て松岡の稻荷と號す。前の鎌倉の條下に詳なり。十一面觀音を稻荷明神本地と云傳る故に、此社内にも十一面を安ずる也。

と記す。

「總テ八幡ノ社領永樂錢八百四十文也」の「文」は「貫」の誤り。

「僧正院ニ賴朝ノ法華堂ノ本尊ヲ引……」底本では「僧正」の右に『(相承カ)』と編注がある。]

 又押手ノ聖天卜云モ同堂ニアリ。是ハ本比叡山ニ有ケリ。昔或人官女ヲ戀ヒ、セン方ナクシテ此聖天ニ千日詣ズ。其利生ニヨリ、官女男ノ家ニ通ヒ來レリ。宮中ニ此事アラハレ、其由ヲキハメ問ニ、官女我心トモナク、夢幻ノヤウニシテサソワレ行ト云。群臣ハカリテ彼門ニ手ノ形ヲ墨モア押テヲケト云へバ、教ニ任セテヲス。歸テノ後、人ヲ見セシムルニ、路中ノ門々ニ皆手形有テ、何ヲソレト知ガタシ。是又聖天ノナス所ナリトゾ。是神力トハ云ナガラ、宮女ヲカクナセシハ罪ナリトテ、關東ニ拾シヲ、鎌倉ニ安置セシト也。此故ニ押手ノ聖天トハ云也。

[やぶちゃん注:「關東ニ拾シヲ」は「捨(すて)シヲ」の誤りであろう。]

 昔ハ廿五ノ菩薩ヲ表シテ廿五坊有シガ、中比絶果タルヲ、東照宮十二坊ニ建立ナサレシト也。

 今宮トテ東ノ谷ニ宮アリ。社ノ後ロニ大杉五本一株ヨリ生出タリ。何モ二カヒ程アリ。里俗天狗ノ住所トテ恐ルト也。八幡ノ社ノ圖別紙アリ。大華表ハ北條氏綱立ト云。又社再興モ有シト也。關束兵亂記云。小弓殿ハ高家ト云ヒ、強將ト云ヒ、縱ヒ合戰ニ打勝トモ、二戰三戰シテ漸々城ヲ取べキナド、兼テ小田原衆モ思ヒシニ、氏綱武勇人ニ勝レ、謀ガマシキ故ニ、輙ク討取ル樣ニ立願ドモアリ。其願ヲ果ン爲、又ハ子孫ノ武運ヲ祈ン爲ニ、天文三年ノ春、上官囘廊等ニ至迄、再興セラル。其時ノ普請奉行幷社中法度等ノ書付、詳ニ鶴岡日記ニ載タリ。同五年八月廿八日二假殿遷宮アリ。其後氏康、先君ノ遺願ヲモ果シ、且ハ武運ノ榮久ヲモ祈ン爲ニ、同廿一年卯月十二日〔或ハ十一年卯月十日ニ作ル〕由比濱ニ大鳥居修造ノ事終シカバ、先例ニ任セ、一切經ヲ轉讀アリ。其外金銀ノ幣吊、太刀・長刀・馬鞍ニ至迄、種々ノ寶物ヲ進ラスル。

[やぶちゃん注:「大華表」大鳥居。

「小弓殿」小弓公方足利義明。第二代古河公方足利政氏の子。この部分は戦国時代に下総国の国府台城(現在の千葉県市川市)一帯で北条氏と里見氏をはじめとする房総諸将との間で戦われた国府台合戦(こうのだいかっせん)の内、北条氏綱とその子氏康対足利義明・里見連合軍の第一次国府台合戦(天文七(一五三八)年)を背景とする。義明は奮戦の末、敗死した。

「輙ク」は「たやすく」と読む。]

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