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2012/12/12

生物學講話 丘淺次郎 第六章 詐欺 一 色の僞り~(3)


Obikurage

[をびくらげ]

 

 海の表面に浮游して居る動物には、無色透明なものが頗る多い。これを集めて見ると、殆どあらゆる種類の代表者があつて、中にはかかる動物にも透明な種類があるかと驚くやうなものも少くない。「くらげ」には全く透明なものが幾らもあるが、「をびくらげ」と稱する帶状の「くらげ」などは、長さが六〇糎、幅七糎近くあるものでも、餘り透明なために慣れぬ人には眼の前に居ても見えぬことがある。但しある角度の處から眺めると、薄い虹色の艷が見えて頗る美しいから、ヨーロッパではこの「くらげ」のことを「愛の女神ヴェヌスの帶」と名づける。また貝類は普通は不透明なものばかりであるが、海の表面に浮かんで居る特別の種類になると、身體が全く無色透明で甚だ見出し難い。大きなものは長さ三〇糎にも達するが、普通の貝類とは餘程外形が違ふから、知らぬ人はこれを貝類と思はぬかも知れぬ。「たこ」の仲間でも「くらげだこ」と稱する一種の如きは全身殆ど無色透明で、たゞ眼玉二つだけが黑く見えるに過ぎぬから、そこに「たこ」が居ることには誰も氣が附かぬ。正月の飾に附ける「いせえび」は、生では栗色、煮れば赤色になつて、いづれにしても不透明であるが、その幼蟲時代には全く體形が親とは違つて、水面に浮かんで居る。そしてその頃には全く無色透明で、硝子で造つた如くであるから、餘程注意せぬと見逃し易い。

[やぶちゃん注:「をびくらげ」は我々が通常認識している「クラゲ」類とは全く異なる生物で、有櫛(ゆうしつ)動物Ctenophora クシクラゲと呼ばれる動物群に含まれるクラゲ様生物である。ただ、本書が執筆された時代はクラゲ類を含む刺胞動物と合わせて腔腸動物と呼ばれ、腔腸動物門として扱われていたため、丘先生の謂いを誤りとするわけにはゆかない。有櫛動物の多くは体色素を持たず、ほぼ無色透明で、しかも組織の殆んどが水分からできている点ではクラゲ類と同じであるが、決定的な違いは刺胞動物と異なり、刺胞を持たず、粘着性に富む膠胞(こうほう)という器官を持っている点である。形状もクラゲのような傘状ではなく、球形や楕円形、また、それらを引き延ばしたような形に近いものが多い。体幹下端に口器が開く。更にもう一つの大きな特徴が体表面の周囲を放射状に取り巻いている光る八列の筋、櫛板列(くしいたれつ)を持つことである。櫛板列には微細な繊毛が融合して出来た櫛の歯に相当する櫛板(くしいた)が並んでおり、この櫛板の繊毛を波打つように順次動かすことによって、かなり素早く移動ことが可能である。この櫛板列の発光は化学的物質による発光ではなく反射によるものであるが、櫛板の運動に伴って虹色の帯になって輝くさまは非常に美しい。ここで丘先生が挙げたオビクラゲは、従来は

有触手綱オビクラゲ目 Cestida

に分類されているが、近年の新しいものでは、

環体腔綱オビクラゲ目 Cestida

に分類されている。代表種の和名オビクラゲ Cestum amphitrites は帯のように扁平で細長い形をしており、長さは数十センチメートルのことが多いが、ときには一メートル以上に達する個体もある。体の中央下部に口器があり、その両側に各一本ずつの短い触手が出ている。体表面の八つの櫛板列の内で細長い体に沿った縦の四列が極めて長く、体中央部の横の四列は逆に極めて短い。他のクシクラゲ同様これらの櫛板列の繊毛の運動に加えて、帯状の体全体を波状に屈曲させることによってかなり速やかな体移動を行う。世界中の温水域に広く分布しており、本邦でも暖流の影響の大きい沿岸部などで観察出来る。英名は丘先生が述べられているように“Venus's girdle”である。因みに属名“Cestum”(ケストゥム)はラテン語の“cestus”(帯)に、種小名“amphitrites”はギリシア神話の海の神ポセイドーンの妃アムピトリーテー“Amphitrite”(大地を取り巻く第三のものの意。生物の母たる海の神格化である)に由来する。学名でも「母なる海の神アムピトリーテーの帯」の意という訳である(以上の内、生物学的記載はウィキの「有櫛動物」及び小学館「日本大百科全書」の「オビクラゲ」の記載を参考にした。Cestum amphitrites”のグーグル画像検索一覧はこちら)。

「海の表面に浮かんで居る特別の種類になると、身體が全く無色透明で甚だ見出し難い」これは恐らく軟体動物門腹足綱前鰓亜綱中腹足目ゾウクラゲ科 Carinariidae の仲間を指しているものと思われる。小学館「日本大百科全書」の、私の尊敬してやまない奥谷喬司先生のゾウクラゲ Carinaria cristata の項によれば、『軟体動物門腹足綱ゾウクラゲ科の巻き貝。クラゲの名がついているが、腔腸(こうちょう)動物ではなく、体が透明な寒天質で海中を泳ぐためにこの名がある。世界の暖水域表層に広く分布する。殻は小さい烏帽子(えぼし)状で薄く、ほぼ体の中央背側にあって、ここに内臓が収まっているが、体全体を殻の中に引っ込めることはできない。体は細長く最長』六〇『センチに達し、前端には歯舌をもった口が開き、その背側に一対の目と触角がある。体の中央腹側には、一枚の団扇(うちわ)状に変形した足があり、これを上にして泳ぐ。この足の後縁には吸盤がある。尾部はしだいに細くなり、背部に冠状のひれがある』。以下、日本近海にはこの外、

ラマルクゾウクラゲ Carinaria lamarcki

ヒメゾウクラゲ Carinaria japonica

 カブトゾウクラゲ Carinaria galea

の三種を産する、とあり、『いずれも黒潮系水域などの暖流域に分布し、海表面を遊泳している。鋭い歯舌で小形の甲殻類を食べ、自身は魚類やアカウミガメの餌(えさ)になっていることがある』と記されておられる。英名は“glass nautilus”、「ガラス製のオウムガイ」である。属名の“Carinaria”は、恐らくはその象の鼻のように湾曲した形状若しくはその烏帽子状の特異な殼の形から、“carīna”(船の龍骨、キール)に似た、の意であろうと思われる(グーグル画像検索一覧“Carinaria cristata)。

「くらげだこ」頭足綱鞘形亜綱八腕形目マダコ亜目クラゲダコ科 Amphitrethidae の仲間。通常は全長約一〇センチメートルの釣鐘形の浮遊性のタコで、体は透明な寒天質で表皮は厚くゼラチン状で、その中に蛸がくるまれているように見える。腕は長く、吸盤は一列、眼球は筒状に伸びて赤緑色を呈する。クラゲのように腕を開閉して遊泳する。太平洋・インド洋の深海に棲息し、本邦では相模湾や浦賀水道などに見られる。標準種はクラゲダコ Amphitretus pelagicus。属名“Amphitretus”はギリシア語の“amphitrētos”(貫かれた)に由来し(透明なもののことを言うか)種小名“pelagicus”はラテン語で「海の」の意(グーグル画像検索一覧“Amphitretus pelagicus)。

「いせえび」「その幼蟲時代」甲殻亜門軟甲(エビ)綱軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目イセエビ下目イセエビ上科イセエビ科イセエビ Panulirus japonicas の孵化した幼生はフィロソーマ幼生(Phyllosoma)又は葉状幼生と呼ばれ、広葉樹の葉の如き透明な体に長い遊泳脚を持っていて、成体とは似ても似つかぬ体型をしている。イセエビの研究で博士号を持っておられる井上誠章氏のHPの「イセエビの謎 イセエビの子供フィロソーマはどこに?」をご覧あれ。因みに、イセエビの属名“Panulirus”(パルリルス)は一筋繩ではいかない。何故ならこれは欧州産イセエビ属 Palinurus (パリヌールス)のアナグラム(anagram)だからである。平嶋義宏先生の「学名論―学名の研究とその作り方」によれば、『この語源はギリシア伝説に由来』し、パリヌールス Palinurus とは、トロイアの勇士アイネイアス Aeneas が『トロイアからイタリアへ渡る時の船の舵取りの名で』、『Lucania 沖で眠りの神に襲われ、海に落ちて、三日三晩会場に漂ったのち、南イタリアに、打ち上げられ、そこの住民に殺された』人物に由来するのだが、そのスペルをわざと組み替えて作ったのが、本邦のイセエビの属名“Panulirus(パルリルス)という訳なのである(引用文中のカンマを読点に変更した)。しかも何と、アフリカ東岸から日本・ハワイ・オーストラリアまで、インド洋と西太平洋の熱帯・亜熱帯海域に広く分布するイセエビ上科イセエビ科 Palinuridae のハコエビ属 Linuparus(リヌパルス)も、実はこれ、Palinurus のアナグラムなのである。平嶋先生によれば、『このこのアナグラムはの属名はどちらも Gray という学者が』一八四七年(本邦では弘化四年)『に創設した』ものであり、『このPalinurus, Panulirus, Linuparus の三つの属名を正確に覚えて区別するのは一苦労することは請け合いである』と述べておられる。如何にも――しかし、これでは平嶋先生の著作に出逢うことなく、私が学名に色気を持ち始めて羅和辞典をひっくり返したとしていたとして……これ、語源は到底、分からなかったということなのだ……先生の著作に出逢えて、私は本当に幸せであった、ということになる。因みに……先生は一九二五年のお生まれ……既に八十七歳におなりになる。いやさかを言祝ぎたくなり申しました。まっこと、有り難く存じます!]

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