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2012/12/20

生物學講話 丘淺次郎 第六章 詐欺 一 色の僞り~(5)


Katuonoebosi


[かつをのえぼし]

 

 海岸から少しく沖へ出て、鰹などの取れる邊まで行くと、海の表面に「かつをのえぼし」と名づける動物が澤山に浮いて居る。その一つを拾ひ上げて見ると、恰も小さな空氣枕の下へ總(ふさ)を附けた如き形のもので、水上に現れて居る部分は白色、水中に浸つて居る部分は濃い藍色である。總の如くに見えるものは實は珊瑚や「いそぎんちやく」に似た動物個體の集まりで、常に小さな魚類などを食つて居るが、これを捕へるために伸縮自在な長い紐を幾本となく水中に垂れて居る。この紐には處々に特殊の毒刺があつて、人間の皮膚にでも觸れると、そこだけ赤くなつて劇しく痛む位であるから、小さい魚などはこれに遇ふと忽ち殺され、引きずり上げられて食はれてしまふ。されば、この動物が小魚を捕へるには水中に見えぬことが必要であるが、黑潮の水の中で濃い藍色をして居るのは、そのためには最も都合が宜しい。また水面上に現れて居る部分が白色であるのは、浪の泡立つて居るのと紛らはしくて、上から見ては容易に區別が出來ぬ。この外に「かつをのかむり」〔カツオノカンムリ〕と名づける動物も、同樣の處に住み同樣の生活をして居るが、外形が稍々異なるに拘らず、やはり水上の部は白色、水中の部は濃藍色である。

[やぶちゃん注:「かつをのえぼし」は、海棲動物中で思いつく種を一つ挙げよ、と言われたら、私がまず真っ先に思い浮かべる種といってよい。それほど海産無脊椎動物フリークの私がマニアックに好きな生き物なのである(以下の記載も数十冊の私の所持するクラゲ関連書等を勘案して記したものである)。従ってここでは詳細な学名を示しておきたい。

刺胞動物門 Cnidaria ヒドロ虫綱 Hydrozoa クダクラゲ目 Siphonophora 嚢泳亜目 Cystonectae カツオノエボシ科 Physaliidae カツオノエボシ属 Physalia カツオノエボシ Physalia physalisLinnaeus, 1758

である。英名は“Portuguese Man O' War”(単に“Man-Of-War”とも)他に“Bluebottle”・“Bluebubble”などと呼ぶ。本邦では所謂、刺毒の強烈なクラゲの謂いとして「電気クラゲ」があり、これは多くの記載で種としては箱虫綱箱虫目アンドンクラゲ科アンドンクラゲ Carybdea rastoni 及びカツオノエボシ Physalia physalis を指すと明記するのであるが、クラゲ類はその殆んどが強弱の差こそあれ、刺胞を持ち、毒性があるから、「電気クラゲ」でないクラゲは極めて少数と言ってよいし、感電的ショックを受けるというのなら、二種とは異なる、

鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科ヤナギクラゲ属 アカクラゲ Chrysaora pacifica

や、同じ旗口クラゲ目の、

ユウレイクラゲ科ユウレイクラゲCyanea nozakii

及び

オキクラゲ科アマクサクラゲ Sanderia marayensis

カツオノエボシと同じ嚢泳亜目に属する繩状の、

ボウズニラ科ボウズニラ Rhizophysa eysenhardtii

なんぞは彼らに優るとも劣らぬ強烈なる「電気クラゲ」である。即ち、「電気クラゲ」とは、実際には『夏期の海水浴場で刺傷するケースが圧倒的に多い』アンドンクラゲCarybdea rastoni 及びその仲間(最強毒を保持する一種として知られるようになった、沖縄や奄美に棲息する箱虫綱ネッタイアンドンクラゲ目ネッタイアンドンクラゲ科ハブクラゲChironex yamaguchii ――本種も私の偏愛するクラゲであるが――大雑把に言えばアンドンクラゲを代表種とするアンドンクラゲを含む立方クラゲ目(Cubomedusae)に属し科名を見てもお分かりの通り、アンドンクラゲの仲間であると言って差し支えないのである)が「電気クラゲ」として広く認識されている傾向が寧ろ強いと言ってよいと私は思っている。

 話を戻す。カツオノエボシ Physalia physalis の属名“Physalia”(フィサリア)はギリシア語で「風をはらませた袋」の意で烏帽子状の気胞体の形状に基づき、英名の“Portuguese Man O' War”や“Man-Of-War”の「(ポルトガルの)軍艦」とは、気胞の帆を張ったポルトガルのキャラベル船(三本のマストを持つ小型の帆船であるが高い操舵性を有し、経済性・速度などのあらゆる点で十五世紀当時の最も優れた帆船の一つとされ、主にポルトガル人・スペイン人の探検家たちが愛用した)のような形状と、本種の発生源がポルトガル沿岸でそれが海流に乗りイギリスに漂着すると考えられた(事実どうかは不明)ことに由来する。“Bluebottle”(青い瓶)や“Bluebubble”(青い泡)も気胞由来。和名「カツオノエボシ」は鰹が被っていた烏帽子で、鰹漁の盛んな三浦半島や伊豆半島では、本州の太平洋沿岸に鰹が黒潮に乗って沿岸部へ到来する時期に、まずこのクラゲが先に沿岸部に漂着、その直後に鰹が獲れ始めるところから、その気胞を祝祭的に儀式正装の烏帽子に見たて、カツオノエボシと呼ぶようになった。また、今直ぐに掘り出せないのであるが、かつて読んだ本に、地中海で(イタリアであったか)、本種を採って引っ繰り返したその形状が女性の生殖器にそっくりであるところから、漁師たちはそうした猥雑な意味での呼称(呼称名を思い出せない。「海の婦人」だったか、もっと直接的な謂いだったか)をしている、という外国の文献を読んだ。当該呼称が確認出来次第、掲載したい(因みに今調べていたらイタリア語の隠語では男性器を「鰹(カツオ)」(!)と言うらしい)。

「水上に現れて居る部分は白色、水中に浸つて居る部分は濃い藍色である」「小魚を捕へるには水中に見えぬことが必要であるが、黑潮の水の中で濃い藍色をして居るのは、そのためには最も都合が宜しい。また水面上に現はれて居る部分が白色であるのは、浪の泡立つて居るのと紛らはしくて、上から見ては容易に區別が出來ぬ」の部分こそが、本章「色の僞り」の眼目で、青魚などと同様のブルー・バック効果である。

「動物個體の集まり」丘先生は説明し出すと本章から離れるために、これで済ませておられるが、これを十全に読者が理解出来ているとは思われない。カツオノエボシの個体は実は四つの性能を特化したポリプ集団(刺胞動物の着生性適応の形態で一般には塔状の触手を伸ばした形状を持つ)が集合して一つの生物種を構成している、丘先生もおっしゃるようにサンゴなどと同じ群体である。

第1のポリプは海上に突出している気胞体

で主に二酸化炭素の入った浮き袋によって海面に浮遊する(但し、この気胞は必要に応じて萎むことが出来、一時的に沈降する場合もある)。気胞には三角形をした帆のような部分があって、風を受けて移動する(カツオノエボシ自身は殆んど遊泳力を持たない)。この中空の軸上部分総体が各群体の支持部分に当たり、幹(かん)と呼ぶ。カツオノエボシはクダクラゲ目の中ではこの幹が著しく短いのが特徴である。

第2ポリプは気胞体の下端(幹の基部)にある栄養体

で、垂れ下がる触手を出芽させて発達させる部分で、群体クラゲであるクダクラゲ目の中でもカツオノエボシはこの部分が著しく発達している。

第3のポリプはそこから海面下に長々と垂れ下がって周囲の海中にも展開する触手体(感触体)

で、細長い巻き髯状で、平均でも一〇メートル程度、長いものでは約五〇メートルにも達する。触手は表面に毒を含んだ刺胞に覆われており、各個虫は口は持たず、獲物の小魚や甲殻類を殺して摂餌する機能(触手は筋肉を使って獲物を消化を行うことに特化したポリプである食体へと導く)及びそれによって外敵から身を守る強力な防禦器官に特化しているが、その触手群は刺胞叢と呼ばれる独特で複雑な構造を有している。

第4のポリプは栄養体などと一緒に幹部分に発達する触手を欠く生殖体

で次代の生殖の役割を担うが、カツオノエボシでは一部のクラゲに見られるようなライフ・サイクルの中で当該部がクラゲとして独立することはなく、子嚢である。

群体とはいってもそれぞれか独立して生活を営むことは出来ず、以上の個虫は互いに融合して体壁は一続きになっており、内部には栄養や老廃物などを運搬するための共有する空洞が形成されている。

「この紐には處々に特殊の毒刺があつて、人間の皮膚にでも觸れると、そこだけ赤くなつて劇しく痛む」刺胞動物の刺胞は百分の一ミリメートル程のカプセル状のもので、内部は毒液で満たされていると同時に刺糸と呼ぶ中空の管が巧妙に小さく巻き込まれており、何らかの刺激を受けると、刺胞の内外を反転させるように一瞬にして発射されるようになっている。これらは現在二十三種のタイプに分類されるが、一種のクラゲであっても、生活史の時期や成体の部位によって異なったタイプの刺胞を持つ場合もある。発射の刺激については詳細は必ずしも明らかではないが、最初は接触による物理的発射がなされ、刺さった対象の傷口から放出されるグルタチオンなどのタンパク質に、今度は化学的に反応して一斉に刺糸が射出されることが分かっている。カツオノエボシの毒性はコブラの持つ毒の七十五%相当と言われ、成分は未だ解明されていないが、活性ペプチドや各種酵素、その他の因子からなる多成分系の総合作用により、神経系や呼吸中枢に作用し(刺毒による致死性は低くても海産危険動物にありがちな刺傷による意識喪失による溺死というリスクが高まる)、皮膚壊死性や心臓毒性も認められ、アナフラキシー・ショックの危険性も指摘される厄介なものである。海面に一個体の気胞を発見したら、その二十メートル圏内に侵入すると危険とも言われ(水面下で触手が四方へ広がっている可能性があるため)、漂着個体は勿論、干からびた個体であっても刺糸は発射されるので注意を有する。沖縄の修学旅行では、イノー観察の際、教え子が、小さなビニール風船と間違って(中にはコンドームと確信して――いや――実際に私は廃棄されたコンドームを和賀江島で見つけたことがあるが――実に――ようく似ている)意気揚揚と持ってきては私の眼前に棒の先に附けたそれを突きつけた男子生徒もいたが、私の説明に、それこそカツオノエボシのように真っ蒼になって捨て放ったのが懐かしい思い出である。いや、実は三十数年前、私は台風一過の由比ヶ浜でビーチ・コーミングをしていたのだが、そうした一センチに満たない本種の小個体が幾つも打ち上がっているのを見つけた。数十メートル先でふざけ合っている男子中学生の一群がいたが、中の一人が突然のたうち回り始めて、救急車で搬送されていったことがある。おそらくはやはり、これにやられたものであろう。コンドームを玩んでは……なるまいぞ……。

 なお、この外にもこのカツオノエボシや以下のカツオノカンムリの体を限定して食らい、且つ、その刺胞を発射させずに(!)飲み込んで、体内にそのまま吸収、背中にそれを蓑のように貯えて、ちゃっかり自分の防禦システムに用いているという(盗刺胞という)、トンデモ生物がいる。消化管内に気泡を生じさせて浮遊する、美しい軟体動物門腹足綱裸鰓目アオミノウミウシ Glaucus atlanticus である。この話をし出すと盗刺胞から藻類の核情報を盗み出して「葉緑体さん! 私はウミウシじゃあなくってよ! 藻なのよ!」と言って、葉緑体を盗み取っているらしい(盗葉緑体ははっきりしているがその盗核については一仮説段階ではある。しかし実際に盗核情報は一部で確認されている)といった大脱線へと向かってしまうので、ここは僕のブログアオミノウミウシと僕は愛し逢っていたのだ盗核という夢魔をお読み頂くことにして、そろそろ、このやめたくない注も、お開きと致さねばなるまい。
 

「かつをのかむり」ヒドロ虫綱花クラゲ目盤泳亜目ギンカクラゲ科カツオノカンムリ Velella velella。カツオノエボシと同じく暖海性外洋性の群体クラゲの一種で、黒潮海域に棲息し、鍋蓋状の気胞体(水辺板・盤部とも呼び、キチン質で出来ており、辺縁部分は鮮やかな青藍色で中央は無色透明、やはり丘先生の言う通りのブルー・バック機能を持つ)の上に三角形の帆があってこれで風を受けて移動する。やはり鰹の群れと一緒に見つかり、その気胞体が長径約五センチメートルの平たい楕円形を成すため、烏帽子ならぬ冠の名を冠する。下面には摂餌専用の個体である栄養体、周縁には餌捕獲を行なう触手状の青く短い感触体がある。気胞体の年輪様模様の中内部に気体が入っており、それで浮遊する。主に参照したウィキの「カツオノカンムリによれば(以下の引用もそれ)、群体個体の大きさからすると、感触体(触手体)が短いため、完全に水面を突き抜けて気中に顔を出している部分が結果として多くなり、これは他のクラゲには殆ど見られない本種固有の特徴と言える。多くの子供向けの図鑑等ではその特異な形態を面白く語っているだけのものが多いが、触手の刺胞毒はそれなりに強い(私は常々、子供向けのものだからこそ、傷害や毒性の少しでもある海洋生物には必ずその取扱いの注意を明記すべきであると考えている。特にこれらの死滅個体でも刺胞が有効であるものは猶更である)。『なお、このクラゲは群体性であるため、管クラゲ類に所属するものと考えられて来た。しかし、生殖個体として小さなクラゲを作る事から、クラゲに見えるのは、浮きをもつ、群体性ポリプであるとの判断となった。浮きをもつ固着性動物の群体というのは奇妙に見えるが、現世ではともかく、古生代のフデイシやウミユリには似た例が多く知られている。現在では生殖個体の形質から花クラゲ目に移されている』とある。なお、学名(属名と種小名が同じ私の好きなタイプである)“Velella”(ヴェレラ)は、荒俣氏の「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」によれば、ラテン語の“vēlum”(帆・帆布)と“ellum”(小さな)の合成である、とある。

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