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2013/01/30

耳嚢 巻之六 妖は實に勝ざる事

 妖は實に勝ざる事

 

 ある僧、祈禱・呪(まじな)いなんどをなして、藝州の家中へも立入りけるが、信仰の者も多く、人々の手を出させ惡血(あくち)をとり候由にて、小刀を拳(こぶし)の上へ釣りて持(もち)、勿論拳へ小刀はつかざれど、手の甲より血ながれ出る事奇妙なりと、いづれも不思議がりしを、物頭(ものがしら)を勤(つとめ)ける、名は聞落(ききおと)せし由、大に憤り、妖僧の爲に武家の身としてたぶらかされ、其身より血の出るを不思議なりと稱する事歎しき事にて、藝州一家中に、右體の妖僧を屈伏させざる事、外聞ともに不宜(よろしからず)、我も右僧に對面せんとて面會いたし、我等も惡血有べき間、とりて給(たまは)り候へかしと手を出しけるに、彼(かの)僧いへるは、御身に惡血なし、とるに及ばざる由を答へければ、彼物頭申けるは、惡血あるなしは如何してわかり候や、惡血在者(あるもの)、血をとりて見せ給へと責(せめ)けるに、彼僧甚だこまりて、今日は不快の由斷りければ、彼物頭氣色を替、不快にたくし斷(ことわり)なれども、我等も望(のぞみ)かゝりし事なれば是非見申度(まうしたく)、其業(わざ)難成(なりがたき)上は全く人を欺く賣僧(まいす)の所業なりと、切(きつ)て捨てべき勢ひゆゑ、彼僧大いに恐れ、誤(あやまり)入る旨申ければ、然る上は當家江戸在所共、急度立入申間敷(きつとたちいりまうすまじく)、武士の手へ刄(やいば)を當(あて)ず血を取る抔と妖法をなす段、不屆の至りなりと大きに愧(はぢ)しめければ、彼僧も(一トちゞみに成り)鼠の如く迯(にげ)歸りしとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:妖しげな僧のマジックを気骨ある武士が喝破する変形ではあるが、武辺譚連関。しかし、この話、既出の「耳嚢 巻之二」「妖術勇気に不勝事」にコンセプトが完全に酷似している。しかし、これだけ似ていると、これを記しながら、根岸がその酷似に気づかなかったことは考え難く、やはり、「妖術勇気に不勝事」で注したように、根岸は都市伝説として再三蘇えってくるものをも、煩を厭わず(というより、プラグマティックに言えば、百話、ひいては既にターゲットとして意識し始めていたであろう千話の数を稼ぐためと言ってもよいであろう)洩れなく記そうとしたものとも思われる。しかし、こういう話柄が複数存在するということは、こうした下らないマジックを以って取り入った連中が実際に多くいたこと、それ以上に騙される連中たちが多かった事実を示すものでもあろう。因みに、この血は勿論、被験者の血ではなく、僧によって用意された血糊であると思われる(疵が少しでも残れば、これはいっかな腰抜け侍でも気色ばむ)。甲を凝視させていれば、上から(例えば袖に隠し持った)血糊を降り掛けても、恰も甲から噴き出したように錯覚する。いや、もしかすると、何らかの薬物二薬の化学反応を用いているのかも知れない。事前に透明な甲薬を秘かに手の甲の上に塗っておき、呪いの途中で透明な乙薬を秘かに降り掛けて発色させているのかも知れない。物頭は恐らく自分の目の位置まで拳を挙げ、僧の裾の内や、僧が手の甲に触れようとする瞬間を凝っと観察していたものと思われ、僧のトリックがどうやっても見破られる見方であったのであろう。そういうシチュエーションで訳してみた。

・「物頭」武頭(ぶがしら)とも。弓組・鉄砲組などを統率する長。

・「惡血在者(あるもの)」実は底本では、ここは『惡血在者(あらば)』(「在者(あらば)」は底本のルビ)となっている。しかし、これでは如何にも文意が通り難い。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版に『悪血あるもの血を取て見せ給へ』とあるのを参考に読みを変えた。

・「(一トちゞみに成り)」底本には『(尊經閣本)』によって補正した旨の傍注がある。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 妖術は誠心に勝てぬという事

 

 ある僧、祈禱・呪(まじな)いなどをなして、安芸国の御家中へも大手を振って立ち入って御座ったが、この妖しげな僧を信仰する者も、これ多く、何でも、人々に手を出ださせ、

「悪血(あくち)をとり申そうず。」

との由にて、小刀(さすが)を拳(こぶし)の上へ釣り下げて持ち――勿論、一切、拳へ小刀の刃先も刃も接することは、これ、無きにも拘わらず――見る見るうちに、

……じんわりと

……手の甲より

……一筋の血が流れ出でて参る――

「……いや! まっこと、奇妙なことじゃ!……」

と、誰もが不思議がっておったを、たまたま物頭(ものがしら)を勤めて御座った――姓名は聞きそびれたとの由――大いに憤り、

「――妖僧がために、武家の身でありながら、誑(たぶら)かされたばかりか――その御主君がための、一箇の大事なる肉身(にくみ)より――あろうことか、血の吹き出ずるを、これ、不思議なり、なんどと称すること、これ、甚だ歎かわしきことじゃ! 安芸国一家中にあって、右体(てい)の妖僧を屈伏させずにおると申すは――これ、武士の一分に於いても――また御当家の外聞に於いても、宜しからず!――我らも、その僧とやらに対面(たいめ)せん!」

と、即刻、呼びつけて面会致いた。

 しかして、

「――我らも悪血あるによって、お取り願おうではないか。」

と、

――グッ!

と、握った手を僧の眼前へ、

――ヌッツ!

と、己れの目の高さに突き出だいて、

――キッ!

と、眼を据えて、僧の挙措動作を凝っと睨んで御座った。

 すると、かの僧の言うことに、

「……い、いや……御身には、これ……悪血は御座らぬ……取るには、及びませぬて……」

と答えたによって、かの物頭、畳み掛けて、

「――悪血の有る無しは、これ、如何して分かって御座るものか!――我らにない、となれば――では――悪血有る者を、ここに呼ぶによって、その悪血を、取って見せ給え!」

と責めたてたところ、かの僧、甚だ困惑致し、

「……いや、そのぅ、今日は……拙僧、聊か気分が、すぐれざれば……」

とか何とか申し、断って御座ったゆえ、かの物頭、痛く気色ばんで、

「不快を口実の断りなれども、我らも、たっての望み――相応の覚悟を掛けてのことなればこそ――是非とも見申したく存ずる!……もしも……その業(わざ)、成しがたしと申す上は――これ、全く以って、人を欺く売僧(まいす)の所業じゃッ!!」

と、太刀の柄に手を添え、今にも斬って捨てんとの勢いで御座ったゆえ、かの僧、大いに恐れ、

「……お、お許し下されぃ!……へっ! どうか、ご勘弁のほど!……」

と這い廻る如、ひらに謝ったによって、物頭曰く、

「――然る上は、向後、当家江戸・在所ともに、急度(きっと)、立ち入らざること!――そもそも、武士が手へ、刃(やいば)を当てずに血を取るなんどと申す、いかがわしき法をなす段! これ、不届き至極! 淫猥なる僧形の悪人めが! とっとと、国境(くにざかい)を越えて消え失せるがよい! 二度とその腐った面を!――見せるでない!!」

と大いに辱め、罵倒致いたによって、蟇蛙の如、這い蹲って御座ったかの僧は、

――ギュウッ

さらにひと縮み致いて、今度は鼠の如、逃げるように退出致いた、とのことで御座る。

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