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2013/02/18

耳嚢 巻之六 祝歌興の過たる趣向の事

 祝歌興の過たる趣向の事

 

 或人、狂歌なども一通りの趣向は面白からず、一ふしあるこそ嬉しけれと、祝歌(いはひうた)を望みしかば、去(さ)る滑稽の人詠(よみ)ておくりしと、

  土左衞門に君はなるべし千代よろず萬代すぎて泥の海にて

 

□やぶちゃん注

○前項連関:長寿の言祝ぎで連関。但し、この言祝がれる人物が実際に長寿であったかどうかは判然とせぬ。

・「土左衞門に君はなるべし千代よろず萬代すぎて泥の海にて」正字表現で分かり易く書き直すと、

 土左衞門(どざゑもん)に君は成るべし千代(ちよ)よろづ萬代(ばんだい)過ぎて泥の海にて

「土左衞門」は無論、「泥の海」の溺死体であるが、「泥の海」の「泥」で「土」=泥まみれの遺体を掛ける。因みに、水に浮いた水死体を土左衛門と呼ぶのは江戸期からのことで、呼称の由来について、山東京伝の「近世奇跡考」巻一には「案ずるに江戸の方言に溺死の者を土左衞門と云ふは成瀨川肥大の者ゆゑに水死して渾身暴皮(こんしんぼうひ)ふとりたるを土左衞門の如しと戲れゐひしがつひに方言となりしと云」とある。水死の場合、死体は一旦は水底に沈むが、腐敗が始まると体内ガスが発生、更に組織が水を吸ってぶよぶよになり、体が膨満して真っ白になった様態で浮かび上がることがある。この様子が享保年間に色白で典型的なあんこ型体形(締まりのない肥満体)で有名だった大相撲力士成瀬川土左衛門に良く似ていたことからこの名がついたというものである。力士の四股名には伝統名として繰り返し襲名されるものが多いが、この土左衛門はこの成瀬川の後、一度も襲名されることがなかったという(以上の水死体の土左衛門についてはウィキ水死」の「土左衛門」の項に拠った)。

――泥まみれの土左衛門に――貴殿はきっとなるであろう――しかしそれは――千年万年もの――永い永い時が過ぎた――この豊葦原の国が――その上(かみ)の「くらげなすただよへる」泥の海へと戻る時――遠い遠い世になってからのこと……

というぶっとびの長寿の言祝ぎである。しかし、私はこの程度のものでは、凡そ「祝歌興の過たる趣向」とは思わぬ。だいたいが狂歌とはこういうものである。私なら喜んで押し頂き、成瀬川と河童が相撲を取る戯画を添えて床の間に飾るであろう。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 祝い歌とは言えども興が過ぎたるおぞましき趣向の狂歌の事

 

 ある人、

「――狂歌などにても、そんじょそこらに御座る一通りの趣向にては――これ、最早、面白うない。――つ、巧みにヒネリの御座る一首こそ、嬉しいものじゃ。――どうか一つ、かような長寿の祝いの狂歌を――」

と望んだによって、さる滑稽の人、詠みて贈れる、その歌、

  土左衞門に君はなるべし千代よろず萬代すぎて泥の海にて

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