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2013/03/24

耳嚢 巻之六 鼬も蛇を制する事

 鼬も蛇を制する事

 

 雉子(きじ)蛇を食ふに、羽がひを蛇にまかせて羽ばたきすれば、其蛇寸々に切れるといふ事、いにしへより傳へ聞(きき)しが、上總(かづさ)出生の者來りかたりけるは、鼬も蛇にまかれて其蛇を制する事、度々上總にて見及びし由。鼬身をちゞめ十分に蛇にまかれて、惣身(そうみ)腹(はら)共(とも)張りて身をふるふに、蛇すんずんに切れける由もの語りぬ。大き成(なる)鼬、少しの穴より潛りいるを見れば、さる事も有(ある)べき事なり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:標題自体が蛇を退治する動物の類話であることを表示する確信犯的連関。この本文、妙に岩波のカリフォルニア大学バークレー校版と細部が異なる。以下に示す(正字化、長谷川強氏によるルビも歴史的仮名遣に変更した)。たまにはこうした比較も楽しい。

 

 鼬(いたち)も蛇を制する事

 

 雉子(きじ)蛇を喰ふに、羽がひを蛇にま卷かせて羽たゝきすれば、其蛇直(ぢき)に切れるといふ事、いにしへより傳へ聞しに、上總出生のもの來り語りけるは、「鼬も蛇にまかれて其(その)蛇を制する事、度々上總にて見及びし」よし。鼬身を縮め十分に蛇にまかれて、惣身(そうみ)腹共張て身を振るふに、蛇直に切れける」よしもの語りぬ。大きなる鼬、少しの穴より潛り入るを見れば、さる事も有(ある)べきなり。

 

・「雉子蛇を食ふ」雉子は地上にある植物の芽・葉・種子や動物では昆虫・蜘蛛類・多足類・蝸牛などの軟体動物を捕食し、また、地中の根・球根・昆虫類などを爪で地面を搔いて食べたりするが、時には蛇なども積極的に襲って食べることがある。動画でその実際が見られる。

・「はがひ」羽交い。狭義には鳥の左右の翼が重なる箇所を言うが、ここは単に、鳥の羽、翼の謂い。

・「すんずん」底本では「ずん」の部分は踊り字「〱」であるから「すん」となるが、敢えて「ずん」とした。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 鼬も蛇を制するという事

 

 雉子(きじ)が蛇を食ふ際、羽根を蛇に巻かせて羽ばたきをすると、その蛇は一瞬にして寸々に千切れるということ、これ、古くから伝え聞いておるが、上総出生(しゅっしょう)の者が私の元に来たって語ったことには、鼬(いたち)も蛇に巻かれても、その蛇を逆に成敗することが出来るということを、たびたび上総にては見及んだとの由。

鼬は身体をきゅっと縮めると、十二分に蛇に巻かせておいて、頃を見計らうと、瞬時に総身(そうみ)――特に腹(はら)の部分――をぷぅうっつ! と膨らませて身を振るう。

 すると――蛇は寸々に千切れてしまうとのこと、物語って御座った。

 大きな鼬が如何にも小さな穴より潜り入るのをしばしば見かけるから、そのようなこともあるであろうと思われる。

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