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2013/03/05

耳嚢 巻之六 商家豪智の事

 商家豪智の事

 

 文化元年夏のはじめ、予がしれる者王子へまうでけるが、心地よき事を見たりとて語りぬ。王子の近所何屋とかいへる料理茶屋のありしが、かの所によりて酒食などせしに、町人壹人鄽(みせ)に腰かけて酒食抔せしに、程なく徒士(かち)ていにていと無骨成(なる)おのこ、是も彼(かの)酒店(さかみせ)に來りしが、酒狂にや甚(はなはだ)法外にて、彼(かの)町人の腰の上をまたぎこし、あたりの人にかまはず、己が雪駄(せつた)を人の膳部へかゝるも不厭(いとはず)打(うち)はたきなどしけるが、彼町人と竝びて酒飮けるが、みだりにつばき吐(はき)などして、彼町人を專(もつぱ)ら目當に無禮のみなして、町人の方へ持出(もちいづ)る肴(さかな)やうのものをも、など町人づれよりは我にこそさきへ可持來(もちいきたるべき)とて奪ひなどせしを、彼町人はにが笑ひして一向不取合(とりあはざり)しが、暫くして彼町人、我等は疝氣(せんき)強く腹ひえて難儀に付(つき)、豆腐を熱く煮て、からしわさび抔つよく懸(かけ)て出し候やう亭主に申付(まうしつけ)、代料(だいりやう)を拂ひし故、早速調味して、いかにもあつくどんぶりに入(いれ)て差(さし)出しけるを、是は至極よろしきとて、箸にて一二口食し、彼どんぶりを手に持(もち)て、右のわる者のあたまより打(うち)かぶせ、さわぎのまぎれにいづちへかはづしかへりしとなり。倶(とも)に立(たち)よりし者も、彼徒士體のもの最初よりの始末を恨み居ければ、誰ありて氣の毒といふものなく、いづれも悦(よろこび)しとかや。彼徒士は、熱物(あつもの)をあたまより冠(かぶ)り、殊更からしわさびのからみに目口を痛め、葛醬油(くずじやうゆ)にて全身を燒床(やけど)して、誰相手なければ、腹たつのみにてかへりしを、人々どよみ悦びしとや。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:感じさせない。非常に痛快な笑い話である。少し訳では遊ばさせてもらった。

・「文化元年夏のはじめ」「卷之六」の執筆推定下限は文化元(一八〇四)年七月であるから、四ヶ月ばかり前のホットのな話題である。本巻は鈴木氏の執筆推定年が正しいとすると、クレジットの記された非常に新しい話題が特に目につくように思われる。

・「王子」現在の東京都北区岸町にある王子稲荷神社。徳川家康が王子稲荷・王子権現・両社の別当であった金輪寺に宥養上人を招いて以降、江戸の北地域では勢力をもった稲荷社であった。毎月午の日が縁日で今も賑わうと、参照したウィキの「王子稲荷神社」にあるから、このシークエンスの賑わいから見ても、四月の午の日の出来事かも知れない。……いや……もしかすると、この町人……縁日に、人に化けて浮かれ出た……お狐さまの……無法者へのお仕置きででも……あったのかも知れないな……面白いじゃん!

・「料理茶屋」岩波版長谷川氏注に、『海老屋・扇屋が有名』とある。

・「かち」徒侍(かちざむらい)。主家の外出時に徒歩で身辺警護を務めたりした下級武士。騎馬を許されないの謂いで、広く下級武士を指す。

・「疝氣」既出「耳嚢 巻之四」の「疝氣呪の事」の私の注を参照のこと。

・「葛醬油」醤油味の汁を煮立てた中に葛粉を溶いたものを混ぜた、とろみのある汁。長谷川氏注にはさらに、ここではその『豆腐に掛けてあり、葛で熱を逃がさぬので熱い』と、実に勘所を得た附言をなさっておられる。これぞ、注と言うもの!

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 商家の者の豪快な頓智の事

 

 文化元年の初夏のこと、私の知人が、

「……先日、王子稲荷へ詣でましたところ、これ、まっこと、爽快な一場を見て御座った。……」

と語った話。

 

……王子の近所に、何とか屋とか申す知られた料理茶屋が御座るが、そこに立ち寄って、軽き酒食なんどを致しましておりました。

 同じ店内にはまた、町人体(てい)の男が一人、やはり腰かけて、同じごと、酒食なんど致いておりました。

 そこに程のう、徒士体(かちてい)の、これ、如何にも――臭って来るような不良なる男が一人――これも、かの酒店(さかみせ)に来たって御座ったと思し召されい。

 これが、また、すでに一杯入っておる様子――所謂、酒乱の類いででも御座ったものか――これ、甚だ傍若無人の振舞いを致します。

 かの町人の腰の上をわざと理不尽にも跨ぎ越す。

 辺りの者にはまるで気づかいも致さず、己(おの)が雪駄(せった)を脱いでは、

――パン! パン! パパン!

――パン! パン! パパン!

と、これ、無暗矢鱈に打ち鳴らしは、そこから飛び散る砂埃が、人の膳へ舞い掛かるも平気の平左。

 そうして、その無頼の輩がまた、かの町人と並んで酒を呑み始めたので御座るが、これがまた、

――ペッツ! ペ、ペッツ!

――ペッツ! ペ、ペッツ!

と、濫りに唾(つばき)を吐きなど致いております。

 もう、何と申しましょうか、かの町人をもっぱらイビリの標的となし、無礼の限りを尽くすので御座る。例えば、町人が注文致いた酒の肴様なんどが運ばれ来たった折りにも、

「――なんじゃア?! 町人ごときよりは我れらにこそ、先へ持って来るが、筋じゃろうがア!」

と喚(おめ)くや、横から無理矢理、奪い取ったりなんど致す始末。……

 ところが、この町人、苦笑いを致すばかりで、これ、一向に取り合う様子も御座らぬ。

 まあ、あの荒くれようを見ては、これ、黙っておるしかあるまいと、我らも気の毒に横目で見て御座った。

 すると暫く致いて、かの町人、

「我らは疝氣(せんき)が強うて、ちょいと腹が冷えて難儀で御座るによって――一つ、豆腐を熱(あつー)く煮て――辛子や山葵(わさび)なんどを強(つよー)く懸けたものを――これ、出して下さらんかのぅ、ご亭主?」

と特に注文を申し付けて、気前よく、前払いで代金も支払って御座った。

 されば料理屋の亭主も、早速に言われた通りのものを存分に調味致いて、

――これ、如何にも熱(あっ)つ熱つに、丼(どんぶり)に入れたものを――

差し出いて御座った。

 町人は、それが出されると、

「これは! これは! 至極、塩梅のよろしゅう御座るのぅ!」

と……

――箸にて一口、二口摘まむ――

 如何にも熱く辛きが、その表情からも窺えました。

と……

……町人

……如何にも満足気に

……その丼を

……徐ろにゆっくら

……ゆっくらと

……両手で持ち上げたかと思うと

……かの不良侍の

……その頭に

――これ

――ズッポリ!

と、うち被せたから――たまりませぬ!

「フンギョエ! オエッツ! ウアッツ! 熱(あっつ)! 熱(あつ)! アッツツ!」

……もうもうと立ち上る湯気と

……だらだらと垂れる汁と

……それにまみれて

……かの不良侍めが――

――これ、馬鹿踊りをするように飛んだり跳ねたり!

……さても

……その騒ぎに紛れて、かの町人は何処(いずこ)ともなく、場を外して、立ち去って姿が見えずなって御座った。

 拙者を含め、その折りに、ともにかの茶屋に立ち寄って御座った者、皆、かの徒士体(かちてい)の者には、これ、当初よりのおぞましき振舞いに、悉く恨みを抱いて御座ったれば、誰(たれ)一人として、気の毒がるものも、これ、御座らなんだ。

 拙者を始めとして誰(たれ)もが――まさに心の底より――快哉を叫んで御座ったように見受けられ申した。

 さても、かの徒士は、羹(あつもの)を脳天より深々と冠(かんむり)の如く被って御座ったゆえ……また、殊更に辛子やら山葵やらの、極めつけの辛味によって……目や口をさんざんに痛めるわ……また、しっかりと熱を持ったところの、ねっとりべたべたと、へばりついたるあつあつの葛(くず)醬油にて……これ、総身(そうみ)に火傷(やけど)を負うわ……されど……やはり、誰(たれ)一人、これ、可哀そうに思う者も……介抱致す者も……とんと、御座らぬ。

……ただ……男の……火傷で真っ赤になって腫れあがった唇から、言葉にならぬ腹たち紛れの言葉が発せらるるばかり。……ところが、これがまた、

――ヒョエッフ!

とか、

――ヒェ、ヒエトゴロヒ!

とか、

――ヒクシャフメム!

とか、訳も分からぬ物言いなれば……

……またしても一同、どっと笑って御座るうちに……

……火傷の痛みに堪えかねたもので御座ろう……

……尻をからげて……

ほうほうの体(てい)にて、逃げるように帰って行きました。

……さればこそ! はい! それでまた、我ら、どっと、どよんで……いやぁ、もう、誰も彼もが、心底、悦に入って御座いました。はい……

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