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2013/03/26

一言芳談 一二四

   一二四

 

 然阿(ねんあ)上人云、三心(じん)を具せざる者も、おして決定往生と思へば、この故實によりて、はじめて三心をば具するなり。

 

○然阿上人、良忠上人なり。

○おして決定、此のおしてといふが肝要なり。一枚起請の所詮も決定の二字なり。

 

[やぶちゃん注:「然阿上人」(正治元(一一九九)年~弘安一〇(一二八七)年)は浄土僧。諱は然阿(ねんな)。謚号記主禅師(示寂七年後の永仁元 (一二九三) 年に伏見天皇より贈)。浄土宗第三祖とされる。太政大臣藤原師実六世の孫である円実の子といわれ(この出自はⅡの大橋氏の注に拠る。以下でもウィキ忠」を元にしながら、浄土宗公式サイトの記主良忠上人略年譜と校合、補塡した)、石見国三隅庄(現在の島根県那賀郡三隅村)出身。園城寺(三井寺)に入って出家、嘉禎二(一二三六)年頃、法然の弟子である聖光房弁長に謁して弟子となり、翌年、郷里に帰国して安芸国・石見国等に浄土教を弘めた。仁治元(一二四〇)年には幕府の重臣北条経時の帰依を受けて鎌倉佐助ヶ谷に蓮華寺(現在の材木座にある光明寺の前身)を創建、宝治二(一二四八)年には後嵯峨上皇に円頓戒を授戒している。この間、浄土・天台・真言・法相・三論・華厳・律・禅等の教学を精力的に学んだ。関東において広く浄土教を布教し、日蓮と論争もしている。

「三心」既注であるが、再注する。念仏信仰で浄土に生れるための至誠心・深心(しんじん)・回向発願心(えこうほつがんしん)の三つの信心(安心(あんじん)とも)を指す。「至誠心」とは誠心を以って素直に阿弥陀仏の「誠心」を受け止める心、「深心」は己の凡夫たることを知り(機の信心)、弥陀の四十八誓願の教えを深く信ずること(法の信心)。「回向発願心」は以上を得て、阿弥陀仏と向き合って自らの極楽往生への願を発すること。
「三心を具せざる者も、おして決定往生と思へば、この故實によりて、はじめて三心をば具するなり」この「故實」とは古えよりある決まりや習わし、先例となる事例の意。
――三心(さんじん)を具えていないと心配する者でも、その末期(まつご)に臨んで、『往生は決定(けつじょう)している。』と思えば、そのやり方で、初めて瞬時に三心は既に具しておるのである。――
という謂いであろう。
「一枚起請」法然の「一枚起請文」。全三八七字から成り、念仏の要義を一枚の紙に平易な文章で書き記して釈迦・弥陀に偽りのないことを誓った文。「一枚消息」とも呼ぶ。以前にも出ているが、ここで全文を示しておく(原文はウィキ・アーカイブの「一枚起請文」から引用したが。引用元の親本「法然上人全集」黒田真洞・望月信亨共編(一九〇六年宗粋社刊)の注によれば『黒谷金戒光明寺にある原本を写したもの』とする。なお、踊り字「〱」を示す部分は正字化した。やぶちゃん整序版は、これを私が恣意的に正字化、読みや読点・送り仮名も追加し、漢文訓読の鉄則たる助詞・助動詞の平仮名化を行って、法然自身の誤りも含めて一部の歴史的仮名遣の誤りを訂すなどして示したオリジナルな読みである)。

 

〇原文

もろこし我がてうにもろもろの智者のさたし申さるゝ觀念の念ニモ非ズ。叉學文をして念の心を悟リテ申念佛ニモ非ズ。たゞ往生極楽のタメニハ南無阿彌陀佛と申て疑なく往生スルゾト思とりテ申外二ハ別の子さい候はず。但三心四修と申事ノ候ハ皆決定して南無阿彌陀佛にて往生スルゾト思フ内二籠り候也。此外におくふかき事を存ゼバ二尊ノあはれみニハヅレ本願にもれ候べし。念佛を信ゼン人ハたとひ一代ノ法を能々學ストモ。一文不知ノ愚どんの身ニナシテ。尼入道ノ無ちノともがらに同して。ちシャノふるまいヲせずして。只一かうに念佛すべし。

爲證以両手印

淨土宗の安心起行此一紙二至極せり。源空が所存此外二全ク別義を存ゼズ。滅後ノ邪義ヲふせがんが爲メニ所存を記し畢。

建歴二年正月二十三日

 

○やぶちゃん整序版

 唐土(もろこし)・我が朝(てう)に諸々の知者の沙汰し申さるる觀念の念佛にも非ず。又、學文(がくもん)をして、念の心を悟りて申す念佛にも非ず。ただ往生極樂の爲には「南無阿彌陀佛」と申して疑ひなく往生するぞと思ひとりて申す外には、別の子細、候はず。但し、三心四修(さんじんしじゆ)と申す事の候ふは、皆、決定(けつじやう)して「南無阿彌陀佛」にて往生するぞと、思ふ内に籠り候ふなり。此の外に奧深きことを存ぜば、二尊の慈(あはれ)みに外(はづ)れ、本願に洩(も)れ候ふべし。念佛を信ぜん人は、縱令(たと)ひ一代の法を能々(よくよく)學(がく)すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智の輩(ともがら)に同じうして、智者の振舞(ふるま)ひをせずして、ただ一向に念佛すべし。

證の爲に兩手印を以つてす。

淨土宗の安心起行、此の一紙に至極せり。源空が所存、此外に全く別儀を存ぜず。滅後の邪義を防がんが爲に所存を記し畢んぬ。

建暦二年正月二十三日

 

既注であるが、「四修」とは恭敬修(くぎょうしゅ)・無余修(むよしゅ)・無間修(むけんしゅ)・長時修(ぢょうじしゅ)という念仏の正しい称え方や保ち方を指す。「恭敬修」は恭しく敬った心を持って、「無余修」は雑念をなくして、「無間修」何時でも何処でも、「長時修」は生涯かけて、念仏を修せよとの謂いである(「三心四修」についての注は大阪府高槻市の浄土宗光松寺(こうしょうじ)のHPにある「仏教質問箱」の記載を参考にさせて戴いた)。

「所詮」仏教用語では、経文などによって表される内容を意味し、能詮(のうせん:経典に説かれる意義を表すところの言語。文句。)の対語としてある。ここは、そう採らずとも、所謂、最後に落ち着くところは、の意で採っても「一枚起請文」という切り詰めた文章の場合、間違いではあるまい。]

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