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2013/05/24

こんなことを考えて鬱々としている

どこかの国のジャーナリストが広島の被爆を「神の懲罰」であるとするのなら、そのコラムシストは、エニウェトク環礁の村人もチェルノブイリや福島の人々も皆その「懲罰」を受けて当然の人々であると言って憚らない人物であるということになる。彼が新聞人失格である以前に、それを載せて平然としていられる新聞社自体の愚劣さに反吐が出る。愚者の慰安婦へのおぞましい発言への返報として差別的に返すその言葉は結局、何らの正義をも平和をももたらしはしない。

先日、多くの悲惨な犠牲者を出した竜巻のエネルギを、その国は気象学者の算定に基づいてと称して、原爆の8倍から600倍と公的に報じている。僕はこれに激しい違和感を覚えた。しかし日本のメディアはどこもその違和感を指摘しないのは何故だ!? 今の日本人は、その報道を、何の抵抗もなく素直に納得してしまうようになってしまったのだろうか? 原爆を落とした国の悪逆なるこの正当化の一端をうさぎ小屋の飼いならされたうさぎはへらへらと認めるようになってしまったのか!? 日本で天変地異が起こり、その凄惨な被害をもたらしたエネルギを原爆何個分などと報じたら、その日本のメディアは失格である。私はその換算自体を非科学的だと言っているのではない。その換算自体が倫理的に「人間ならば」許されないということを、言っているのである。

福島第二原発の汚染と向後の状況は我々日本国民が『認識させられている』程度のものではない。もっともっと深刻である。私の知人には、まさに事故直前まであそこに関係していた人物がいるが、「汚染の深刻な事実は隠蔽されている」とはっきり言っている。

この数日、僕はそんなことを考えて、鬱々としていた。

ただ言えることは、こうした感じ方を僕が失っていないことは――僕にとっては――すこぶる附きで『幸せ』だということである。僕が僕であるために――である。

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