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2013/05/25

耳嚢 巻之七 痘瘡の神なきとも難申事

 痘瘡の神なきとも難申事

 

 予がしれる人の方にて柴田玄養語りけるは、いづれ疱瘡には鬼神のよる所もあるにや。名も聞(きき)しが忘れたり。玄養預りの小兒に疱瘡にて、玄養療治しけるが、或時病人の申(まうし)けるは、早々さら湯をかけ、湯を遣ひ度(たき)よし申ける故、未(いまだ)かせに不至(いたらざる)時日故、難成(なりがたき)よし申ければ、かゝる輕き疱瘡にはかさかゝり候はゞ不宜(よろしからず)とて、何分早く湯を可遣(つかふべき)由強(しひ)て申(まうす)故、兩親も甚(はなはだ)こまり、玄養え呼(よび)に越(こし)候故參りけるに、しかじかの事なりと語りける故、輕き疱瘡なれ共、未(いまだ)詰痂の定日(ぢやうじつ)にもいたらず、玄養直々彼(かの)病人に向ひて道利(だうり)を説聞(とききか)せけるに、かゝる疱瘡に長(ながく)かゝり合せては迷惑なり、我も外えゆかねばならぬ事也といふ故、いづ方え參る哉と玄養尋ければ、四ツ谷何町何某(なにがし)と申(まうす)町家え參る由答ける故、奇なる事と思へども、父母と申合(まうしあはせ)、酒湯(ささゆ)のまなびしていわゐ抔してけるに、無程(ほどなく)肥立(ひだち)て無程相濟(あひすみ)ぬ。玄養歸宅のうへ、去(さる)にても怪敷(あやしき)事をと四ツ谷何町何や某(なにがし)と申(まうす)者方え人を遣して承りけるに、一兩日熱氣強(つよく)小兒疱瘡と存(ぞんずる)よし答ひける故、然れば彼(かの)疱瘡にて、鬼神のよる所ある、諺(ことわざ)に又うそならずと物語りせし也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:狐妖から疱瘡神の奇譚で軽く連関。疱瘡及び疱瘡神の話は、流石に死亡率も高い流行病であった故に「耳嚢」には多く出る。疱瘡(天然痘)については「耳嚢 巻之三 高利を借すもの殘忍なる事」の私の注を参照のこと。

・「柴田玄養」不詳。

・「さら湯」新湯・更湯で沸かしたばかりのまだ誰も用いていない風呂のことをであるが、後文から考えるとこれは酒湯で、「ささ湯」か「さか湯」の誤写の可能性が強いように思われる。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版も『さゝ湯』とある。「酒湯」(後注参照)で訳す。

・「かせ」「かさかゝり」は「痂」(かせ/かさ)。天然痘は発症である発熱の後、七~九日目に四〇度を越える高熱(発疹が化膿して膿疱となることによる)が発するが、それが収まって二~三週目に、発疹部の膿疱が瘢痕を残して治癒に向かう。その瘡蓋(かさぶた)状になった膿疱患部のことを指す。

 

・「詰痂」「つめかさ」と読んでいるか。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『結※』(「※」=「扌」+「加」)とある右に『〔痂〕』とする。この結痂(けっか)ならば、先に示した発症後二~三週目の発疹部の膿疱の瘡蓋化(「痂(かさぶた)」を「結」ぶ)の謂いで採れる。この意味で採る。

・「道利」底本には右に『(道理)』と補正注がある。

・「酒湯」底本の鈴木氏注に、『サカユ。疱瘡が治癒した後、温湯に酒をまぜて沿びさせること』とある。潔斎と寿ぎの禊ぎの意味があるのであろう。私は個人的な趣味から「ささゆ」と読むことにした。

・「答ひ」底本には右にママ注記がある。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 痘瘡の神なんどというものは存在しないとは言い切れぬという事

 

 私の知人の所でたまたま逢った、柴田玄養殿と申す医師の語ったことで御座る。

「……結局のところ……疱瘡の病いに於いては、これ……鬼神が憑くことによって発するという病因も、また一つ、あるのでしょうか……。」

と語り出した(その際、その患者の姓も聴いたが、失念致いた)。

「……主治医として担当して御座る〇〇家の小児が疱瘡に罹患致し、我らが往診療治致いて御座った。

 高熱を発して数日の後、病児が突如、看病して御座った家人に向かって、

「……早(はよ)う、酒湯(ささゆ)をかけてくんない……もう、湯を使いとうてならんのじゃ……」

と申したによって、

「……いやいや、未だ痂(かさ)も生じておらぬ頃合いなれば……とてものことに成し難きことなるぞ……」

と諭せども、

「……この程度の軽(かろ)き疱瘡の場合はの、痂(かさ)がかかってからでは酒湯を用いるは、これ、逆に良ろしゅうないのじゃ!……どうか……かえって悪うなってしまう前に……早(はよ)うに湯をつかわするがよろしいのじゃて!……」

と、しきりに訴え、その様子は、これ、この小児の謂いとも思われなんだと申しました。

 この奇体なる愁訴には、両親ともにはなはだ困って御座って、遂には我らが屋敷へ使いを寄越して御座ったによって往診致いた。

 かくかくしかじかの旨、聞き及んだによって、我ら、

「――軽い疱瘡にてはあれども、未だ、熱が下がって瘡蓋(かさぶた)が出来て良うなる頃合いにも、今は至ってはおらんでの――辛抱せい!」

と直々に、噛んで含むように道理を説いて言い聞かせました。

 ところが、

「……いや――このような軽(かろ)き疱瘡なんぞのために――長々とこの坊主に関わっておったのでは、こっちが迷惑じゃ!――我らも外(ほか)へ行かねばならぬ場所があるのじゃて!」

と、これまた、妙なことを口走って御座ったゆえ、

「――一体、何処(いず)方へ行くと申すか?」

と、我ら、すかざす糺いた。

 と――

「――四谷××町〇△□△申す町家へ参るじゃ――」

と答えたので御座る。

 我ら、怪しきこととは思えども、病児の父母とも相談の上、それから、一両日の内に酒湯(ささゆ)の儀の真似事を致いて、形ばかりの快癒の祝いなんどを執り行ったところが、これ、ほどのう、軽快致し、それからほどなく小児の疱瘡、これ、すっかり治って御座ったのじゃ。

 一方、我ら、その酒湯を成した日、帰宅致いてより、

「……それにしても……如何にも不思議なることを口走って御座ったのぅ……」

と、つい、気になって、

「四谷××町〇△屋□△と申す商家のあるやなしやを聴き、あったれば、今日只今、急患などのなきかと訊ねよ。」

と、使いの者を走らせて調べさせたところが、帰ったその者の曰く、

「――二日ほど前より、当家の小児が相当な熱を発し、まずは疱瘡に罹ったものと思わるるの由にて御座いました。」

との答えで御座った。……

 ……さればこそ、かの疱瘡にては……これ――鬼神がとり憑いたるによって発するものもある――と俚諺に申しまするも、強ち偽りにては御座らぬと存ずる。……」

と物語って御座った。

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