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2013/06/19

芥川龍之介「河童」決定稿原稿 八 現行「河童」のルビの決定的誤りを発見!

この「八」の一箇所――「笑ひ声を後に」の「後」を初出及び現行の「河童」が「うしろ」とルビしているのは「あと」の――ほぼ100%誤りである!

御存じでない方のために一言申し上げておくと、例えば泉鏡花などは自筆原稿も総ルビで、自分で驚くべき緻密さでルビを振っているのであるが、実は近代の作家の多くは、こう読んでほしいという部分にしか原稿にルビを振らないのである。
芥川の場合もそうである。
では総ルビの作品のルビは誰が振るのか?
文選工や植字工であり、それをゲラ校正者が確認し訂正、作者がそれを以って最終校正してOKするのである(だから作者にも責任は勿論ある)。
ちょっと意外な気がされる方も多いと思うが、それが実情である。

だからこそ、最初の岩波の芥川龍之介全集(元版と呼ばれる)の編集者の一人であった弟子の堀辰雄は、全作品をルビなしで、という編集提案をしているのである(しかしこれは結局、通らなかった)

だから実は、総ルビという読み易く見える作品群は、実は作者の読みとは違うリブが振られてしまい、そこまでいちいち見るのをおろそかにしたり、見落としたりしれば、それがそのままその作者の金科玉条の「定本」となってしまうというリスクが格段に高かったのである。

今回の発見はそうした一つであると私は信じて疑わない。論理的な証拠も示した。お暇な時にでも、そこだけでも管見して戴けると恩幸これに過ぎたるはない。



■原稿69

       〈七〉**

 

[やぶちゃん注:「八」は五字下げ。

●一行目の罫外上方やや右寄りから、四マス目にかけて赤インクで、

 芥川氏つづき

とあり、同じく赤インクで「八」の右手に

 2ポ

の校正指示がある。また、この頁の左罫外ナンバリング・ノンブル「69」は最20行目7マスの左側と、やけに低い位置にあって、その上に本文とは微妙に異なるインクによる

 ך

型のチェック(?)が入っており、その上には左上方の斜めになった「改造よ印」のゴム印のすぐ下に大書した同じ、
 改造よ印
の手書き文字がごく薄く読み取れる(鉛筆書きのものを消しゴムで消したようにも見えるが、字の続き方から見るとペン書きのものが薄くなったものらしい)。なお、最初の赤インクによるものと思われる汚損が、3~4行め中間に有意に濃く左上から右下へ向かって直線状に約二センチメートルあり、また4~5行目の行間を中心に上下合わせて9箇所近く、さらに原稿罫外左下方にも認められる。

 

 僕は硝子會社の社長のゲエルに〈勿論反感〉*不思議にも好意*

持つてゐました。ゲエルは資本家中の資本家

です。恐らくはこの國の河童の中でも、ゲエ

ルほど大きい腹をした河童は一匹もゐなかつ

たのに違ひありません。しかし茘枝に似た細

君や胡瓜に似た子供を〈ひきつれ〉*左右にし*ながら、〈にこ

にこ笑つて散歩し〉*安樂椅子に坐つ*てゐる所は殆ど幸福そのも

のです。僕は時々〈■〉**判官のペツプや〈医者のチヤツクにつれられて〉医者のチヤツクにつれられてゲエル〈の〉家(け)の晩餐へ出か

[やぶちゃん注:当初、芥川が、

 僕は硝子會社の社長のゲエルに勿論反感を持つてゐました。

としていた事実に着目すべきであろう。確かに実は、続く逆接の、

 しかし茘枝に似た細君や胡瓜に似た子供をひきつれながら、にこにこ笑つて散歩してゐる所は殆ど幸福そのものです。

という叙述は、ここが「反感」であってこそ自然であったことに気づくのである。そうして社長資本家であるゲエルへ「勿論反感」を持っていた、と突如切り出すところに、芥川龍之介の当時の赤裸々な立ち位置が明瞭にみて取れたはず、であったのだ。そこを芥川はお茶濁ししていることに着目したい。しかし同時に、「僕は硝子會社の社長のゲエルに勿論反感を持つてゐました」という謂いは、これ、如何にもな食えない投げであって、芥川的ではない――龍之介が嫌った直情径行的表現――であることも、これまた、事実なのである。]

 

■原稿70

[やぶちゃん注:以下の3行目と4行目の「+」記号部分は行を繫げる「」の校正指示があることを元の空マスの数分で示した私の記号である。]

けました。又ゲエルの紹介状を持つてゲエル

やゲエルの友人たちが多少の関係を持つてゐ

るいろいろの工場〈を〉**見て歩きました。〈その〉++++

+そのいろいろの工場の中でも殊に僕に面白

かつたのは書籍製造会社の工場です。僕は〈まだ年

の若い〉*年の若い*河童の技師とこの工場の中へはいり、水力電

気を〈利用した〉*動力にし*〈無数〉*、大きい*機械を眺めた時、今更

のやうに河童の国の機械工業の進歩に驚嘆し

ました。何でもそこでは一年間に七百萬部の

本を製造するさうです。が、僕を驚かしたの

[やぶちゃん注:

●4行目は当初、推敲で改行して新しい段落を作っていたものを、また元通りに続けたことを意味している。]

 

■原稿71

は本の部數ではありません。それだけの本を

製造するのに少しも手数のかからないことで

す。何しろこの國では本を造るのに唯〈大きな〉

機械の〈中へ〉漏斗形の口へ紙とインクと灰色をした

粉末〔と〕を入れるだけなのですから。〈《機械はそ

れ》→無数の機械は〉*それ等の原料*は機械の中へはいると、〈まだ〉*殆ど*五分とたたな

いうちに菊版、四六版、菊半截版〈等の〉*など*の無数

の本になつて出て來るのです。僕は〈《その無数

の本が》《中に》→《瀑の》やうに流れ落ちるの〉*瀑のやうに流れ落ちるいろいろの本*を眺め〈て〉**

ら、〈《ちよつとした》→僕を案内した〉*反り身になつた*河童の技師にその灰色の粉

 

■原稿72

末は何と云ふものかと尋ねて見ました。する

と技師は黒光りに光つた機械の前に佇んだま

ま、つまらなさうにかう返事をしました。

 「これですか? これは馿馬の腦髓で〔す〕よ。え

え、一度乾燥させてから、ざつと粉末にした

だけのものです。時價は一噸二三戔ですがね。」

 〈《僕は》→それはほんの一例です。〉*〈しかし〉**勿論**かう云ふ工業上*の奇蹟は〈製〉書籍製造会

社にばかり起つてゐる訣ではありません。繪

畫製造會社にも、音樂製造會社にも、同じや

うに起つてゐるのです。實際又〈■〉*ゲエルの話*によれば、こ

 

■原稿73

の国では平均一箇月に七八百種の機械が新案

され、何でもずんずん人手を待たずに大量生

産が行はれるさうです。從つて又職工の〈■〉**

されるのも四五萬匹を下らないさうです。〈僕〉

の癖まだこの国では〈罷業があつたと云ふこと

を聞きません〉*毎朝新聞を讀んでゐても、一度も罷*業と云ふ字に出會ひません。僕

はこれを妙に思ひ〈■〉**したから、或時又〈チ〉**ツプ

やチヤツクとゲエル〔家〕の晩餐に招かれた機会に

このことをなぜかと尋ねて見ました。

 「それはみんな食つてしまふのですよ。」

 

■原稿74

 〈ゲエルは〉食後の葉卷を啣へたゲエルは如何にも無造

作にかう言ひました。しかし「食つてしまふ」と

云ふのは何のことだかわかりません。すると

〈チヤツクは〉鼻眼鏡をかけたチヤツクは僕の不審を察した

と見え、横あひから説明を加へてくれました。

 「その職工を〈皆〉みんな殺してしまつてね、肉を

食料に〈する〉*使ふ*のです。〈よ。〉 〈今朝(けさ)の〉*ここにある*新聞を御覽なさ

い。今月は〔丁度〕六萬四千七百六十九匹の職工が解

雇されましたから、それだけ肉の價段も下つ

た訣です〈。」〉よ。」〈そら、さつき我々の食べた燒き〉

[やぶちゃん注:ここには、2箇所の初出・現行との有意な相違がある。

●「鼻眼鏡」初出及び現行「河童」では、「鼻眼金」。

●「殺してしまつてね、」初出及び現行「河童」では、

 殺してしまつて、

と「ね」がない。]

 

■原稿75

 「職工は默つて殺されるのですか?」

 「それは騷いでも仕かたはありません。職工

屠殺法があるのですから。」

 これは山桃の鉢植ゑを後ろに苦(にが)い顏をして

ゐたペツプの言葉です。僕は勿論不快を感じ

ました。しかし主人公のゲエルは勿論、ペツ

プやチヤツクもそんなことは當然と思つてゐ

るらしいのです。現にチヤツクは笑ひなが

ら、嘲るやうに僕に話しかけました。

 「つまり餓死したり自殺したりする手数〈は〉**

 

■原稿76

家的に省略〈するので〉*してやる*のですね。ちよつと有毒

〈斯〉**を嗅がせるだけですから、大した苦痛

はありませんよ。」

「けれどもその肉を食ふと云ふのは、………」

「常談を言つ〈ちや〉*ては*いけません。あのマツグに

聞かせたら、さぞ大笑ひに笑ふでせう。あな

たの国で四階級の娘たちは賣笑婦になつ

てゐるではありませんか? 職工の肉を食ふ

ことなど〈を〉**憤慨〈するのは〉*したりす*るのは感傷主義です

よ。」

[やぶちゃん注:

●「〈斯〉**」の訂正元の字は(つくり)「斤」になっていない。誤字訂正である。]

 

■原稿77

 かう云ふ問答を聞いてゐたゲエルは手近い

テエブルの上にあつたサンド・ウィツチの皿を

勸めながら、恬然と僕にかう言ひました。

 「どうです? 一つとりませんか? これも

職工の肉ですがね。」

 僕は勿論辟易しました。いや、そればかり

ではありません。〈ベ〉ペツプやチヤツクの笑ひ声

を後にゲエル家の客間を飛び出しました。そ

れは丁度家々の空に星明りも見えない荒れ模

樣の夜です。僕はその闇の中を僕の住居へ帰

[やぶちゃん注:ここには、次の2箇所の初出・現行との相違がある、と私は思う。

●「サンド・ウィツチ」この促音「ィ」は明らかに他に比して小さく書かれている。従って、初出及び現行もそうなってよいはずであるが、実際には初出も現行も、

 サンド・ウイツチ

である。促音表記をしないという統一規制が勝手に働いたものか。

●「笑ひ声を後に」私はこれは「わらひこゑをあとに」と素直に読む。ところが、初出及び現行では、なんと、

 笑ひ聲を後(うしろ)

とルビが振られているのである(下線部やぶちゃん)。芥川は、ここより前で、これを「うしろ」と読ませる場合には、通常は「後ろ」と、「ろ」を送っているのである(芥川に限らず、現在の標準的な送り仮名でもそうである)。私はこれは文選工・植字工・ゲラ校正担当者のミスであり、芥川自身もそれに気づかなかったのではあるまいか、と考えている。これはもう、ルビの誤りとしか、私には言いようがないのである!

●「〈ベ〉ペ」便宜上、かく標記したが、実際には「べ」と濁点「゛」を打ったその濁点のみをペンで修正して、半濁音「ぺ」の記号「゜」にしている。]

 

■原稿78

りながら、〈《■》→苦?〉**べつ幕なしに嘔吐(へど)を吐〈き〉**まし

た。夜目にも白じらと流れる嘔吐を。

[やぶちゃん注:この原稿の右罫外上には薄い1センチ5ミリ程の赤インクのやや薄い縦筋の跡が見える。但し、これは原稿用紙の裏側に附着した赤インクの透過した滲みのようにも見える。以下、8行余白。]

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