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2013/06/22

耳嚢 巻之七 商家義氣幷憤勤の事

 商家義氣幷憤勤の事

 近き比の事也とや。伊勢より一所に江戸え出しとや、又同じ親[やぶちゃん注:ここまで錯文。注を参照されたい。]素(もと)より放蕩者にて親しき智音も無(なく)、傍輩の看病にて部屋内にてありしが、渠(かれ)が女房にて夫の無賴故に、本所邊の四六鄽(しろくみせ)と歟(か)いへる隱賣女(かくしばいた)え賣(うり)て勤居(つとめゐ)けるが、彼(かの)女房來り病躰を見て暫(しばらく)藥を與へ、傍輩へも厚く禮を述(のべ)て歸りしが、又來りて介抱などなしけるに、其病ひよからざりしかば請人(うけにん)の方へ下げければ、猶右の女請人方へ來り介抱をなしけるが、何卒右の方へ引取度(たき)よしを乞(こひ)ければ、當時勤(つとめ)の身にていかゞして引取(ひきとる)べきやと請人もいなみ止めしに、親方へも願ひて裏店(うらだな)をかり置(おき)たり迚(とて)念比(ねんごろ)に尋(たづね)ければ、然(しから)ばとて駕にて乘せて右裏借家(うらじやくや)へ引移り、厚く看病なしけるが終(つひ)にはかなくなりぬれば、彼(かの)死骸は請人方へ取置(とりおき)候由なれども、投込(なげこみ)とかいへる取捨(とりすて)同樣の事と聞(きき)、兼て彼(かの)女の元へ深く馴染來る回向院の塔頭の坊主ありしが、彼女の去難(さりがたき)緣有(ある)者といひて布施抔ほどこし、彼坊主を賴(たのみ)弔ひ囘向して葬りける。右彼、右女極(きはま)る年を切增(きりま)して、右金子を以(もつて)諸事を取(とり)まかなひける由。女房をうかれ女(め)に賣(うり)ける程の男を、死後迄かくなしける事、いやしき女には誠に貞烈たとへん方なしと山本幷(ならびに)我元(わがもと)へ來る者玄榮といへる醫師語(かたる)。

□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。
・「近き比の事也とや。伊勢より一所に江戸え出しとや、又同じ親」底本には、『(「同じ親」マデハ後出ノ「商家義氣の事」ノ冐頭部分ヲ誤リ寫シタモノカ)』とある。「商家義氣の事」は四つ後に出、確かに冒頭は「近き比の事也とや、伊勢より一所に江戸表に出しとや、また同じ親方に仕へ……」と酷似する。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版を見ると、ここにはその後の「商家義氣幷憤勤之事」が掲げられており、その直後に、
 鄙婦貞烈の事
という条が入っており、その内容はまさにこの冒頭部を除いて、鈴木氏が錯文とした直後の、「素より放蕩者にて親しき智音も無……」以下と内容がほぼ一致する。その「鄙婦貞烈の事」の冒頭は以下の通り(恣意的に正字化し、読みも歴史的仮名遣とした)。
   *
 文化二年の秋成りいしが、山本豫州の大部屋中間(おほべやちゆうげん)、部屋頭(がしら)にて重く煩(わづら)ひけるが、元より放蕩者にて[やぶちゃん注:以下略。]
   *
これが元の正しい文章であったと推測出来るので、題名と冒頭の部分のこちらの「素より」(バークレー校版の「元より」)までは、このバークレー校版によって現代語訳した。
・「文化二年秋」「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年夏であるから、ホットな世話物である。
・「山本豫州」(バークレー校版の内容)岩波版長谷川氏注に『伊予守茂孫(もちざね)。文化二年当時田安家家老』とある。
・「四六鄽」四六店・四六見世とも書く。これは夜は「四」百文で昼は「六」百文で遊ばせた謂いで、天明(一七八一年~一七八九年)頃から江戸の吉原や諸所の岡場所(吉原に対しての「傍(おか)」、「わきの場所」の意で、江戸で官許の吉原に対して非公認の深川・品川・新宿などにあった遊里のこと)にあった下等な娼家のことをいう。四六。
・「隱賣女」前注に示した通り、私娼のこと。
・「右彼」底本には右に『(右故カ)』とある。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版にはない。直下の「右女」の衍字ともとれる。
・「極る年を切增して」岩波の長谷川氏注に、『きめていた年季を延長する契約をして。』とある。
・「玄榮」不詳。

■やぶちゃん現代語訳

 田舎の卑賤なる女のすこぶる貞女たりし事

 文化二年の秋のことで御座る。
 山本伊予守茂孫(もちざね)殿の大部屋中間(おおべやちゅうげん)で、部屋頭(へやがしら)を勤めておった者が重う患って御座ったが、もとより、放蕩者にして親しい知音もこれ御座なく、傍輩の看病を受けながら、部屋内に養生致いて御座ったと申す。
 さても、この男の女房は、夫の無頼ゆえに、本所辺りの四六見世(しろくみせ)とか申すところへ、夫がために隠売女(かくしばいた)として売られ、勤めて御座ったと申す。
 ところが、夫が重う患っておると聴きつけたかの女房、伊予守殿の御屋敷中間部屋を訪ね参り、その病勢の重きを見るや、暫くの間、手ずから薬なんどを買い調えて与えたり、かの男の看病をして呉るる傍輩へも、厚く礼を述べては帰ったと申す。
 暫く致いてまた来たっては、介抱などなして御座ったが、かの男の病い、これ、如何にも重篤にてあれば、伊予守殿も最早これまでと、男の請け人の方へと通じ、屋敷よりお下げになられたところが、なおも、かの女は請け人の方へも参って、けなげに介抱致いて御座ったと申す。
 そのうち、その請け人に、
「……何とぞ、妾(わらわ)が方へ引き取りとう存じます。」
と乞うたによって、
「……引き取ると申すが……今の、その、そなたの勤めの身にては……これ、如何にして引き取ると……申すのじゃ?」
と、流石に請け人も、
「……とてものことじゃて……おやめなされ。」
と諭し止(とど)めて御座ったと申す。
 ところが、
「……妾が店の親方へも訳を話しまして、裏店(うらだな)を借り置きて御座いますれば。」とて、切(せち)に懇請して御座ったゆえ、
「……まあ、そこまで、言うのなら、の……」
とて、駕籠にて乗せて、請け人の家より裏借家(うらじゃくや)へと引き移したと申す。
 それからというもの、あさましき身売りの稼業の傍ら、暇まをやり繰り致いては、男の元へと足繁く通って、手厚う看病致いて御座ったと申す。
 されど、その看病の甲斐ものう、男は遂に、儚くなって御座ったと申す。
 さても、かの男の遺体は、請け人方へと引き取るとの話しにて御座ったによって、女もそれに従ったと申す。
 ところが、その後、かの女、その男の遺体が、投げ込みとか申す、所謂、取り捨て同然に扱われたという申すを耳に致いた。
 されば女は、かねてより自分の元へと深(ふこ)う馴染んで通うておった、回向院の塔頭の坊主の御座ったによって、
「……妾の去り難き縁ある者なれば……どうか……どうぞ……」
と涙ながらに相応の布施なんどまで施し渡いて、その坊主になんとか頼み込み、弔い、回向致いて、葬って御座ったと申す。
 そうした次第なればこそ、かの女、決められて御座った年季は、これ、もうとっくに済んで御座ったにも拘わらず、それを自ら延ばし、それで得た金子を以って、男の葬儀と滅後の供養諸事全般を取り賄って御座ったと、申す。

 「……さても……己れを浮かれ女(め)に売り払(はろ)うたほどの男を……死んで後までも、かくなして御座ったこと……これ、賤しき女にしては……いや、まっこと、またとなき貞女の鏡……いやいや……言葉にては、これ、譬えようも御座ない……」
と、山本殿も仰せられ、また、そのことをたまたまよう知って御座った、私のもとへしばしば来たるところの、玄栄と申す医師も、かく語って御座った。

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