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2013/06/14

自作詩の改作について 萩原朔太郎

 自作詩の改作について

 昔自分が作つた著作の詩や文章を、後に手を入れて改作するといふことは、もとより作家の自由權内であり、他から文句を入るべきことではない。しかしその改作が、原作に比して甚だ拙い改惡だつたり、もしくは原作の情趣を破壞した別作だつたりする場合は、その原作の愛讀者にとつて、貴重の寶石を傷つけられたやうな寂しさと憤りを感じさせる。この場合に作家の方では、自分の作つた自分の物を、自分で壞すのだから勝手であると言ふだらうが、既に發表されて讀者の公有となつたものは、美術館に陳列された名畫と同じで、いかに作者の畫家と雖も、勝手に墨を塗ることはどうかと思ふ。もちろん作家自身は原作が意に充たないから手を入れるので、自ら改惡を意識して改惡する人は、狂人に非ざる限り無い筈である。だが往々にしてその結果が、作家自身の意に反するので、此處に作者自身の主觀批判と、讀者の側の客觀批判とが、鑑賞上の法廷に對決して、正邪の判決を爭ふ必要が生じて來る。
 此處で自分が、特にかういふ問題を提出したのは、詩人に於てそれが著るしく、改正是非の問題論が、絶えず詩壇にあるからである。詩は他の散文とちがつて、言葉の一言一句に修辭を凝らし、一語一語が内容の生命となる文學だから、少しく藝術的良心に富んだ詩人は、常に自分の作品を反省して、多少でも意に充たない個所を發見すると、改作せずには居られない焦慮と義務を感ずるのである。そこで過去の詩集や作品やが、後に再度發表刊行されるやうな場合になると、殆んど先づ大抵の詩人が、原作の幾分かを改正するのが普通である。その結果として、原作の未熟や生硬が修正され、一層完美した藝術品と成る場合と、逆に原作の美を傷つけ、あたら寶玉を汚損する場合とがある。
 ところで問題は、その「改良」と「改惡」とが、どんな原因事情によつて、どうして區別を生ずるかといふことである。この宿題を説くためには、人間の意識生活が、常に流動變化してゐるものだといふこと、したがつて意識主體としての個人は、永久不變の一人者でなく、年齡や境遇の變化によつて、資質的に別な人物となつてることを、前提に常識しておかねばならない。そこでこれを具體的に説明すれば「若きエルテル」を書いた靑年時代のゲーテは、後に自らこれを否定して、愚にもつかぬ感傷主義と自嘲した老年時代のゲーテと、全くその意識内容を異にしてゐる二人の別な藝術家だつた。この場合にもし老年のゲーテが、「若きエルテル」を改作したらどうであらうか。おそらく彼はその舊作を、ぺたぺたに墨で塗りつぶしてしまふか、もしくはそれを全く原作とちがふところの、別な情趣の物に書き直してしまふであらう。そしてこれが、一般に「改惡」と言はれるものの場合である。即ち原則的に言ふと、その舊作を書いた時とは、全く人生觀を異にし、思想感情を變化してしまつた後の作者が、後の立場に於て、前の舊作を加筆訂正した場合がさうなのである。この場合には、藝術に對する鑑賞の方式やイデーやも、過去に舊作を書いた時とは、おのづから別のものになつてゐるから、その後の立場で前の原作を改正するのは、全く藝術上の主義流派を異にする他の作家が、自分と別派に屬する他の人の作品を、勝手に自己流に書き改めるやうなものである。
 ところでかうしたことが、二人の全く別な作家の間に起つた時、たとへばAといふ一人の作家が、自分と全く主義傾向を異にする、他のBといふ作家の創作を、自己流の藝術批判で加筆訂正した場合は、明らかに原作者への冒瀆であり、一種の著作權侵害になる。たとへば最近の歌壇で、アララギ派の歌人たちが、石川啄木の歌に加へた冒瀆の如き、その最も著るしい惡例であつた。子規の寫生主義をモットオとしてゐる現歌壇人は、「明星」の浪漫主義を系統した啄木の詩精神とは、全く藝術上の對蹠的關係に立つものであり、和歌に於ける鑑賞上の美學イデーを逆にしてゐる。にもかかはらず前者のアララギ歌人は、啄木の歌を稚拙として誹謗するため、故意にその歌を添削加筆し、以てやや歌の體を得たりと嘲弄した。だが彼等が改作して、歌の體を得たりと爲したものは、啄木の原作とは全く似もやらぬ駄歌であつて、原作の詩的な情熱やヒユーマニチイが、殆んど跡形もなく消滅され、代へるに平淡無味の散文精神が、アララギ的寫生歌の形式で表現されたものであつた。即ちその改作されたものは、石川啄木の歌ではなくして、實際にアララギ歌人の和歌であつた。
 かうした場合、啄木がもし地下に生きて居たら、その無理解な改作者等に向つて、藝術上の冒瀆罪を訴訟し得る。だがこれが上述のゲーテの如く、同一作者の場合ならどうであらうか。この場合には、改作した人とされた人と、冒頭した人と冒瀆された人とが、同一個體に屬する作家であるから、責任者への民事訴訟は成立しない。しかし啄木が死んだ後にも、啄木の藝術の愛好者が居るやうに、ゲーテが感傷主義を捨てた後にも「若きエルテル」の愛讀者は多數に居る。さうした作家と作品の愛讀者は、彼等の寶石を汚損する者に對しては、それが他人であると同一作家であるとに關らず、ひとしく一樣に、冒瀆者としての憤りを感ずるのである。
 さて私が、此處にこんなことを長々と敍べたのは、明治大正の詩壇に於て、私の最も崇敬愛慕する先輩の詩人たちが、現にしばしばさうした「改惡」を反覆して、折角に貴重な原詩を汚損し、珠玉を壞して瓦石に變へるの愚を爲して居るからである。たとへば私の知つてる範圍で、薄田泣菫氏や蒲原有明氏がその例である。特に、蒲原有明氏は、この惡癖(?)が甚だしく、氏の藝術の誠意ある愛好者等を、常に怨めしく歎かせて居る。有明氏の作品が、改作する毎に惡くなつて來るのは、天下の詩人識者が皆知るところで、いやしくも氏の藝術を愛する讀者が、口をそろへて惜しみ悲しむところである。もつともそれだつたら、改作の方の詩を見ないで、原作の舊版を讀めば好いわけだが、悲しいことに、原作の舊版詩集は、今日悉く絶版して、全く市場に影を絶つてるので、今日の讀者たちは、否應なしに改作の新版を讀まねばならぬ。現に第一書房から出てゐる「有明詩集」も、岩波文庫や新潮文庫の「有明詩抄」も、悉く皆後に幾度か手を入れた改作詩集で、その多くの詩篇は、殆んど原作の純な詩情を喪失して居る。そのため私の如きも、前から久しく蒲原有明論を意圖しながら、文獻に缺乏して、今日まで手をつけかねてる有樣である。(昔持つてゐた初版本は、概ね手許から散失してしまつた。)
 世評に對して敏感な有明氏は、かうした世の非難に應へるために、幾度か自ら釋明を試みて居る。氏はかう言つてゐる。詩は言葉の藝術であり、言葉を洗煉修辭し、言葉を一層深く彫琢づけることによつて、同時に内容のポエトリイを充實させることができるのである。それ故に自分が、新版毎に著作を添削するのは、それによつて自分の詩藝術を、より充實したものに完璧させようとするところの、止むを得ない藝術的良心によるのであると。まことに詩といふ藝術は、氏の言ふ通りのものであり、また氏の潔癖にして熾烈な藝術的良心に對しては、何人も畏敬の念を禁じ得ないことであるが、しかも氏の改作の精神に關しては、容易に同感できない疑問がある。

 詩が改作によつて善くなる場合と、改作によつて惡くなる場合があることは、前に既に敍べた通りであるが、改作によつて善くなる場合は、過去にその舊作を書いた當時の意識内容(感情や、思想や、藝術觀や、人生觀や)が、依然として人格の本質に一貫してゐながら、文學する修辭上の技術だけが、習練によつて一層老巧になつた場合である。たとへばボードレエルの或る多くの詩篇の如きは、改作によつて初めて初期の稚拙を脱し、世界的の名詩となつたと言はれて居るが、この場合のボードレエルは、初期の浪漫的な抒情精神を、一貫してその意識内容に持つてゐたのである。然るに有明氏の場合は、これと事情が異なるやうに思はれる。今日の老境に入つた有明氏には、おそらく初期の「草わかば」や「獨絃哀歌」時代の抒情精神――ロセツチの影響を受けたあの若々しいリリシズム――が、殆んど多分に涸燥してゐると思はれる。今の有明氏は、ずつと遙かにクラシツクの美を尊ぶ、主知的形式主義者になつたにちがひない。さうした今日の有明氏が、今の心境による美學批判の鑑賞眼で、過度の全く別な心境で書いた舊作の詩を讀む時、多くの苦々しい不滿と缺陷を感ずるのは當然だが、それによつて著作を添削するのは、晩年のゲーテが「若きエルテル」を抹殺し、アララギ派の歌人たちが、石川啄木の歌を改作するのと同じやうに、明らかに自作への冒瀆を爲す業である。先輩に對する非禮を犯し、あへて氏に獎めたいことは、かかる改作を試みるよりは、むしろ現在の氏の心境で、現在の氏の美學と詩精神によつて、別の新しい詩を創作されたいことである。
 かつて北原白秋氏の歌集「桐の花」が、久しい絶版の後で復刻した時、白秋氏もまた有明氏と同じ心境から、その著作に對する不滿を敍べられ、加筆添削の意あることを語られたので、私は一應反對の意見を敍べたが、聰明にも白秋氏は、自ら反省して意をひるがへし、全く元の原作のままで再版した。之れに反して與謝野晶子氏は、新版の出づる毎に、しばしば舊作の歌を添削される。たとへば最近、改造紅から出版された文庫中の「みだれ髮・小扇・戀衣」中で、氏はその有名な「和肌の熱き血潮」の歌と竝んで、「みだれ髮」中の代表作と言はれた「春みじかし何に不滅の命ぞと力ある乳を手に握らせぬ」を「春みじかし何に不滅の命ぞと力ある血をおさへずわれは」と改作されてるが、詩操上からも修辭上からも、舊作の方が格段にすぐれてることは明らかである。尚晶子氏は、その選集の後書にかう話してゐる。「現在と過去とを分けるのに、昨日と今日といふ言葉を用ゐるなら、私の初めの頃の歌を云ふには、一昨日といふ假定を設けなければならない。私はこの一昨日を厭はしく思つてゐる。人から傳記を求められるのに筆を取らぬのも、更に甚だしく、一昨日を惡む情があるからである。咋日のことについては、訂正すべきはするが、一昨日といふものは手のつけられない過去で、自分の歌が非常に疎い他人の作としか思はれない。」と。ゲーテが晩年になつて想念した靑年時代も、おそらくこの晶子氏と同じ「一昨日」であつたらう。晶子氏が自白してゐる通り、さうした一昨日の自分は、現在の自分とは別の人格に屬する作家で、「非常に緣の疎い他人」としか思へないものであらう。のみならずその上にも、現在の自分にとつて、むしろ厭はしく忌むべき者にちがひない。ゲーテがエルテルを否定したのも當然だし、晶子氏が舊作を厭ふ氣持ちも自然である。しかしまたそれ故にこそ、さうした現在の作家たちは、過去の別人格に屬する自己の舊作を、自由に改作する權利がないのである。藝術上にもし法律といふものがあるならば、さうした作家等の自由權利を、適度に制限する條文があつてもよい。
 私の崇敬する先輩の詩人中で、かうした點に最も聽明な見識を持つて居られるのは、實に島崎藤村氏一人である。藤村の選詩集は、文庫その他で澤山出版されてゐるけれども、殆んど皆原作通りで、後から手を入れたと思はれるものが無い。多少添別されたと思惟されるものも、却つてむしろ舊作以上に善くなつてゐる。これは藤村氏が聰明であることよりも、實には文學者としての藤村氏が――龜井勝一郎氏の言ふ如く――詩人としての出發以來、終始一貫して「漂泊者の旅情」を精神してゐる爲であらう。つまり抒情詩を書いた頃の藤村氏と、今日の小説を書いてる藤村氏とは、年齡の差を除いて、文學上のエスプリには全く同一人者なのである。私がかつてある小論で、藤村氏を「永遠の詩人」と呼んだのはこの爲であつた。しかし風聞する所によると、近くその藤村氏が、過去に書いた「新生」、「春」等の小説を、新たに改作して書き直すさうであるが、どうした心境の變化かわからない。詩と小説はちがふけれども、文學としての本質點では同じだから、やはりその改作に對して、私は疑問をもたずには居られない。

[やぶちゃん注:『知性』第三巻第三号・昭和一五(一九四〇)年三月号に初出し、後にエッセイ集「歸郷者」(昭和一五年十月白水社刊)に所収された。底本第十一巻の校訂本文を用いた(『帰郷者』本文との異同の六箇所は総て表記上誤りか、不自然による納得出来る改訂であるため)。冒頭行の「だが往々にしてその結果が、作家自身の意に反するので」というところに、萩原朔太郎の既にしてこれから語るべき本音が示されていることに注目されたい。]

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