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2013/06/19

戀を戀する人 萩原朔太郎 (初出形) /[やぶちゃん注: 意外なことに萩原朔太郎の詩には薔薇を詠み込んだ作品が殆んどない事実を発見した。]

 戀を戀する人

わたしはくちびるにべにをぬつて、

あたらしい白楊の幹に接吻した、

よしんば私が美男であらうとも、

わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、

わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない。

わたしはしなびきつた薄命男だ、

ああ なんといふいぢらしい男だ。

けふのかぐはしい初夏の野原で、

きらきらする木立の中で、

わたしは水色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、

腰にこるせつとをはめてみた。

かうしてひつそりとしなをつくりながら、

わたしは娘たちのするやうに、

こころもちくびをかしげて、

あたらしい白楊の幹に接吻した。

くちびるにばらいろのべにをぬつて、

まつしろの高い樹木にすがりついた。

[やぶちゃん注:『詩歌』第五巻第六号・大正四(一九一五)年六月号に掲載された。太字は底本では傍点「ヽ」。後に詩集「月に吠える」初版(大正六(一九一七)年二月感情詩社・白日社出版部共刊)に掲載されたが、そこでは以下のように改変されている。

 戀を戀する人

わたしはくちびるにべにをぬつて、

あたらしい白樺の幹に接吻した、

よしんば私が美男であらうとも、

わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、

わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、

わたしはしなびきつた薄命男だ、

ああ、なんといふいぢらしい男だ、

けふのかぐはしい初夏の野原で、

きらきらする木立の中で、

手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、

腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた、

襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた、

かうしてひつそりとしなをつくりながら、

わたしは娘たちのするやうに、

こころもちくびをかしげて、

あたらしい白樺の幹に接吻した、

くちびるにばらいろのべにをぬつて、

まつしろの高い樹木にすがりついた。

因みに、萩原朔太郎の詩には調べてみると、意想外に、バラ(薔薇)を詠んだり、その語を詠み込んだ作品が殆んどない。これはその数少ない「ばら」の語を含む一篇である。]

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