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2013/07/02

海産生物古記録集■8 「蛸水月烏賊類図巻」に表われたるアカクラゲの記載

[やぶちゃん注:本邦最初の昆虫彩色写生図集で知られる「千虫譜」の作者栗本丹洲(宝暦六(一七五六)年~天保五(一八三四)年)の自筆本一軸「蛸水月烏賊類図巻」(たこくらげいかるいずかん) より。「海月蛸烏賊類図巻」とも称する。

 栗本丹洲は医師にして本草家。朝鮮人参の普及で知られる医師にして本草学者であった田村藍水の次男。幕府医官栗本昌友の養子となり、寛政元(一七八九)年に奥医師となり、文政四(一八二一)年には法印に昇った。医学館で本草学を教授する傍ら、虫・魚・貝類などを精力的に研究した。通称、瑞見。

 底本は国立国会図書館デジタル化資料「蛸水月烏賊類図巻」同書画像(9コマ)を元にした。「同書画像」に当該精密大判画像(描画彩色ともに頗る素晴らしい)をリンクさせてあるので別ウィンドウで並置して鑑賞して戴きたい。【二〇一四年十月十四日追記】国立国会図書館の二〇一四年五月一日からのサイトポリシー改訂により保護期間満了であることが明示された画像については国立国会図書館への申込が不要となったので、ここに華麗なる上記当該画像を掲げるものとする。


Akakurage

 
字配は原画に一致させたが、約物は正字化し、読み易くするために一部に平仮名で歴史的仮名遣で私の読みを附し、句読点や鉤括弧も加えた。「断」はママ。]

 

海※(くらげ)一種、色赤キ者アリ。備前ニアリ。方言「アコーラ」ト云。

形、傘ノ如クニシテ下ニ細長(ほそなが)ノ紐多シ。コレニ觸(ふる)ル時ハ断落(たちおち)シヤスシ。若(もし)、

人、手、誤(あやまり)テ其身及(および)紐ニ觸犯(しよくはん)セハ忽(たちまち)腫痛(はれいたみ)、忍フヘカラズ。甚(はなはだ)毒アリ。

漁人モコレヲ不取(とらず)ト云(いふ)。是(これ)、蘭山ノ説ナリ。

 

[やぶちゃん字注:「※」=「虫」+「宅」。]

 

□やぶちゃん注

・本種は絵図と記載内容から刺胞動物門鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科ヤナギクラゲ属アカクラゲ Chrysaora pacifica とほぼ同定してかまわないと思われるが、やや気になるのは傘の放射肋数「20」本と長尺の口腕(触手)数「4」本である。アカクラゲ Chrysaora pacifica は直径九~十二センチメートル、時に十五センチメートル以上になる傘に放射状の褐色の縞模様が「16」本走り、触手は長く、各八分画に「5」本から「7」本ずつあって合計四十~五十六本に達する、と参照したウィキの「アカクラゲ」にはあり、複数の画像を視認しても、この放射状の模様の「16」は動かないので、描画の誤りとしておく。口腕数の方は、相対的に短いものが絡んでいる場合は見ようによっては4本にも見えるし、本文にもあるように容易に脱落するので、描画個体がたまたま4本であったと考えても問題ない。また、このアカクラゲの北方種である Chrysaora melanaster では4本という記載が並河洋著「クラゲガイドブック」(TBSブリタニカ二〇〇〇年刊)にあるので(なお、この本では和名種アカクラゲを Chrysaora pacifica ではなく、Chrysaora melanaster としている。保育社平成七(一九九五)年刊西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」でもChrysaora melanaster であるが、最新であるウィキの記載を採用することとした)、結果としては特に問題としない。また、平凡社「世界大百科事典」ではアカクラゲの学名を Dactylometra pacifica(=Chrysaora melanaster)とし、傘の模様がまさに16条の海軍の旭日旗に似るところからレンタイキクラゲ(連隊旗水母)、また後掲するように触手の刺胞が乾いて鼻の中に入ると粘膜を刺激してクシャミが出るところからハクションクラゲ、4本(これも4本としている)の口腕が長いところからアシナガクラゲなどの別名があり、瀬戸内海では「アカンコ」と呼んで釣りの餌に用いるとある。

・「海蛇※」(※=「虫」+「宅」)古くはクラゲ類を、かく書いた。「※」は音「タ・ダ」(「タク・チャク」と読む場合はイナゴの一種であるツチバッタを指したと「廣漢和辭典」にある)で、この字自体がクラゲを指す漢字である。寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の同項もこの字で載る。

 また実は同じ丹洲の「千蟲譜 第九卷」(リンク先は私のテクスト)に鮮やかな紅色のクラゲ図とともに(リンク先は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜 第9冊」の当該精密画像で、これは本作より遙かに発色が鮮やかである)「赤クラゲ」がやはり記載されている。【二〇一四年十月十四日追記】同前理由によりここにやはり華麗なる上記当該画像(向かって右図)を掲げるものとする。

Akakurage_kurimoto


 ここにその本文も示したい(句読点等を配し、濁点を追加し、こちらでは一部に〔 〕にカタカナで字を補うなどして読み易く改変した。( )はルビ)。
 

   *
 

赤クラゲ 又「シヤグマクラゲ」ト云〔フ〕。腹下ノ長毛、赤熊ノ毛ノ如シ。故ニ此名アリ。備前兒島及〔ビ〕勢州鳥羽海中〔ニ〕産ス。薩州方言「イラ」ト云〔フ〕モノゝ類ナリ。大毒ナリ。人、手ヲ觸〔ル〕レバ、蕁麻(イラクサ)刺〔シ〕タル如ク腫〔レ〕痛〔ミ〕忍ベカラズ。又、麻木疼痛ス。赤毛落〔チ〕テ鮭菜(ザコ)・及〔ビ〕醤(アミ)蝦中ニ雑〔ヅ〕ル事アリ。誤リ食ヘ、バ腹、脹〔レ〕悶〔へ〕、亂死ニ至ルモノアリ。怖ルベキモノナリ。乾燥スルモノ、嗅〔ヒ〕ハ辛辣、胡椒ノ氣アリ。立ニ嚏ル事、猪牙皀莢〔ノ〕末〔ニ〕似〔タ〕リ。大毒アリト云〔ヒ〕テ漁人モ捨〔テ〕去〔ル〕也。丹州、按〔ズル〕ニ「本草」毒草部〔ノ〕毛莨〔ノ〕附錄ニ所載ノ海薑ナルモノ、是〔レ〕ナリ。「弘景注」〔ノ〕「鈎吻」〔ニ〕云〔ハク〕、「海薑生海中赤色状如石龍芮葉有大毒云々」。此〔レモ〕亦、クラゲノ形狀、恰モ石龍芮(タガラシ)〔ノ〕葉ニ似タリ。其〔レ〕乾キ、粉ニナリタルモノ、辛辣ノ氣、乾薑ノ如シ。憶フニ能〔ク〕其〔ノ〕狀ヲ説得タリト謂〔フ〕ベシ。姑ク図説ヲ設〔ケ〕テ同好ノ君子ニ示スト云〔フ〕。

 

   *

 

とある。リンク先は私のHPに於ける比較的古い仕事で電子化が主眼であるため、語注がない。今回、新たにここで簡単に語釈を施しておきたい。なお、この「千蟲譜」版は記載は、本記載より遙かに詳しいアカクラゲ Chrysaora pacifica の記載と同定出来るが、実はご覧の通り、絵の方は4本の口腕と12の触手を持つ図のクラゲで、見るからにアカクラゲではない。傘の16本の放射肋が全くなく、傘の縁に独特の切れ込みが入って、全体に強い赤色で彩色されている。この図はむしろ旗口クラゲ目オキクラゲ科オキクラゲ Pelagia panopyra を描いたものと私は見ている。

   *

●「麻木」は「マボク」と音読みしているか、若しくは「まひ」又は「しびれ」と訓じているのかも知れない。「麻木」とは現代中国語でも形容詞で感覚が麻痺している、痺れた、の意である。

●「立ニ」は「ただちに」と訓じているか。

●「嚏ル」は「はなひる」で、クシャミをすること。アカクラゲは現在でも別名ハクションクラゲとも呼ぶ。

●「猪牙皀莢」「チヨガソウケフ(チョガソウキョウ)」と読み、マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属ホソミサイカチ Gleditsia officinalis の実の莢から製した漢方生薬の名。去痰・覚醒・通便に用いると漢方サイトにあるので、恐らくコショウ同様の刺激性のものと思われる。

●「本草」「本草綱目」。

●「毛莨」音は「マウゴン(モウゴン)」。和訓では「きんぽうげ」であるが、厳密にはキンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属のキツネノボタン(狐の牡丹) Ranunculus silerifolius を指す。キンポウゲ属のウマノアシガタやタガラシ(後掲)と同様のラヌンクリン(ranunculin)という成分を含む有毒植物。誤食すると口腔内や消化器に炎症を起こし、また茎葉の汁が皮膚につくだけでかぶれる(ウィキの「キツネノボタン」に拠る)。

●「海薑」音「カイキヤウ(カイキョウ)」。「薑」は生姜のこと。

●「弘景注」陶弘景の『本草綱目集注』。

●「鉤吻」「コウフン」。漢方に於いてはリンドウ目マチン科ゲルセミウム属ヤカツ(冶葛・ゲルセミウム・エレガンス)Gelsemium elegans の根を水洗いして乾燥させたものをこう呼ぶ。ウィキの「ゲルセミウム・エレガンス」によれば、『世界最強の植物毒を持っていると言われるほどの猛毒植物。有毒成分はゲルセミン、コウミン、ゲルセミシン、ゲルセヴェリン、ゲルセジン、フマンテニリンなどのアルカロイドで、もっとも毒の強い部位は若芽で』、『最もポピュラーな中毒症状は呼吸麻痺であるが、これはゲルセミウム・エレガンスの毒が延髄の呼吸中枢を麻痺させることに起因する。心拍ははじめ緩慢だが、のち速くなる。ほかに、口腔・咽頭の灼熱感、流涎、嘔吐、腹痛、下痢、筋弛緩、呼吸筋周囲の神経麻痺、視力減退、瞳孔散大、呼吸の浅深が不規則になる(これが副次的にアシドーシスを引き起こす場合も)、嗜睡、全身痙攣、後弓反張、運動失調、昏迷などがある』(「アシドーシスは血液の酸性化をいう)。漢方では『喘息治療や解熱、鎮痛などに用いる。しかしあまりに毒性が強いため、本草綱目をはじめ数多の医学書には「内服は厳禁」と記されている』とある。また、正倉院御物の中にも「冶葛」が残されており、冶葛壷に十四斤(約十四キログラム)も『収められていたが、記録によればかなり使われた形跡がある(用途は不明)という』とし、現存するのは三九〇グラムしかなく、しかも一九九六年に千葉大学薬学部の相見則郎教授が依頼を受けて提供された二・八グラムのそれを分析したところ、一二〇〇年以上を経ているにも拘わらず、『ゲルセミン、コウミンなどのゲルセミウムアルカロイドが検出され、冶葛がゲルセミウム・エレガンスであることが証明された。正倉院の「冶葛」は、文献に記録された冶葛としては唯一現存するものである』と記す。恐るべき毒物、恐るべき使用量ではないか!

●「海薑生海中赤色状如石龍芮葉有大毒」自己流で訓読すると、

 海薑は海中に生ず。赤色、状(かたち)、石龍芮(たがらし)の葉のごとく、大毒有り。

で、「石龍芮」は次の訓「タガラシ」によって、先に掲げた有毒植物キンポウゲ属タガラシ Ranunculus sceleratus であることが判明する。タガラシはキツネノボタンなどによく似るが、果実が細長くなるのが特徴で、プロトアネモニンという毒をもち、キツネノボタン同様、誤食すると消化器官がただれたり、茎葉の汁に触ると皮膚がかぶれたりする(ウィキの「タガラシ」に拠る)。なお、真柳誠氏の論文「鴆鳥-実在から伝説へ」(山田慶兒編「物のイメージ-本草と博物学への招待」朝日新聞社一九九四年刊)に、陶弘景の「本草綱目集注」の毒鳥として著名な鴆(ちん)について、

 赤色狀如龍名海薑生海中亦大有毒(赤色、狀(かたち)、龍のごとく、海薑と名づく。海中に生じ、亦、大いに毒有り。)

という注が附されてあり(当該リンク先に添付された画像から視認し、私の訓読文を附した)、真柳氏はこれを、

   《引用開始》

赤色でかたちが竜のような、海薑と呼ばれるものが海に棲息し、それにも鴆鳥の羽よりもっと強い毒がある。

   《引用終了》

と訳しておられる。かの中国史上最強の鴆毒より強いというのである! 恐るべし! アカクラゲ!

●「姑ク」は「しばらく」と訓ずる。

   *

・「アコーラ」は恐らく「アカキイラ」で、「赤き蕁麻(いらくさ)」の略と私は推測する。

・「備前」現在の岡山県の南東部。

・「蘭山」本草家小野蘭山(享保一四(一七二九)年~文化七(一八一〇)年)。二十五歳で京都丸太町に私塾衆芳軒を開塾、多くの門人を教え、七十一歳にして幕命により江戸に移って医学校教授方となった。享和元(一八〇一)年~文化二(一八〇五) 年にかけ、諸国を巡って植物採集を行い、享和三(一八〇三)年七十五歳の時に自己の研究を纏めた「本草綱目啓蒙」を脱稿した。本草一八八二種を掲げた大著で三年かけて全四十八巻を刊行、日本最大の本草学書になった。衰退していた医学館薬品会を再興、栗本丹洲とともにその鑑定役ともなっており、親しい間柄であった。後にこの本を入手したシーボルトは、蘭山を『東洋のリンネ』と賞讃した(ウィキの「小野蘭山」に拠る)。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 海※(くらげ)の一種に極めて色の赤いものがいる。備前の海に棲息する。方言で「アコーラ」と呼称する。

 形状は、傘のようで、下部に細長い紐状のものが多く垂れ下がっている。これに物が触れたりした場合は、かなり簡単に千切れて、本体の傘から落剝する。万一、人が誤ってその傘本体及び紐状の部位に手を接触してしまったりすると、たちまちのうちに腫れ上って激しく痛み、その痛苦は大の大人であっても堪え難いほどである。それほどに極めて劇しい毒を持っている。

 漁師も決してこれは漁(すなど)らぬという。これは小野蘭山氏より聴いた話である。

[やぶちゃん字注:「※」=「虫」+「宅」。]

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