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2013/07/28

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 15 どおき君の手紙

 私が小使に新鮮な塩水(fresh salt water)を取って来てくれと頼んだら、彼はそれを混ぜるのかと聞いた。彼は英語で十まで勘定することを覚え、fresh water salt water 及び all right ということが出来る。松村氏も fresh salt water とは変だと思ったのである。そこで私は彼に真水は日本語で何かと質ねたら、それは「真実の水」で、他は「塩の水」であるとのことであった。これは最もいい呼びようらしく思われる。欧州人は真水を sweet water というが、真水は決して甘くはない。
[やぶちゃん注:底本では以下のように石川氏の割注が入っている。
「fresh water〔真水〕」
「salt water〔塩水〕]
「松村氏も fresh salt water とは変だと思ったのである〔fresh water は真水であるが、fresh なる形容詞には「新鮮」の意味がある〕。」
「sweet water〔甘い水〕」
「真実の水」原文“true water”。]

 私が部屋でやることのすべてが、他の部屋にいる好奇心の強い人々には、興味があるらしく、私の部屋を見ては、私の一挙手一投足を見詰める。彼等のやることが私に珍しいと同様に、私のやることも彼等には物珍しいのだということは、容易に理解出来ない。日本に来た外国人が先ず注意するのは、ある事柄をやるのに、日本人が我々と全く反対なことである。我々は、我々のやり方の方が疑もなく正しいのだと思うが、同時に日本人は、我々が万事彼等と反対に物をすることに気がつく。だが、日本人は遙かに古い文化を持っているのだから、或は一定のことをやる方法は、彼等のやり方の方が本当に最善なのかも知れない。
 日本人が知識を得ようとする熱心さは、彼等が公開講演の会場を充満する有様でも知られるが、更に若い人達が、我々の為に働き、自分が受けた教えに対しては、日本語を訳す手伝いをしたり、家の内外で仕事をしたりして報いようとして、努めることでも分る。先日若い男が一人、私の家へやって来て、一通の手紙を置いて行くことを許され度いと願った。彼は加賀から東京まで、二百マイル近くも歩いて来たのである。この手紙は日本紙に筆で――これはむずかしい仕事である――立沢な英語で書いてあった。それは学生が、外国の知識を得ようとする野心を示していると同時に、彼が私の「科学的動作」を観察することの重要さを、如何に感じているかを示して、興味が深い。
[やぶちゃん注:「二百マイル」約322キロメートル。これは単純に地図上での東京と加賀間の直線距離をとったものであろう(試みに現在の東京駅と加賀駅で計測すると直線で凡そ310キロメートルになる)。彼がどのルートで来たものか分からないが、歩行距離ならばこれでは全く足りない。恐らく400キロを遙かに越えていたはずである。
「それは学生が、外国の知識を得ようとする野心を示していると同時に、彼が私の「科学的動作」を観察することの重要さを、如何に感じているかを示して、興味が深い。」この一文の原文を示すと、“The letter is interesting as showing the ambitions of a student in regard to foreign studies and the high estimate he placed on the importance of observing my "scientific actions" !”で、もとは感嘆符があることに注意しておきたい。次のその手紙の引用部は前後に有意な一行空けが施されている。]

「先生、どうか私の乱暴な言葉と悪い文法とをお許し下さい。私の名前はT・DOKIであります。私は石川県から勉強するために東京へ送られた学生の一人であります。私は多くの理由によって自然の科学の一つを勉強する決心をしました。然しこれをする為に私は第一に、物理、化学、地質学、生理学、植物学、動物学その他の一般的科学を多少知っていなくてはなりません。そして私はこれ等の科学の知識は殆ど何も持っていません。そこで私が考えますに、私は先ずこれ等の準備的教課を勉強しなくてはならぬと思いますが、その為にはよい先生を得ねばなりません。然し私は色々な理由で東京大学の学生になることを欲しませんので私にこれ等の課目を教えて下さる程親切で暇のある先生を見出すことが出来ません。
 あなたが有名な博物学者で我々の為に多くのよいことをなされ、またもっとなさろうとの御希望であることをききました。私は以下の請願のお許しを乞わずにはいられません。
 あなたが非常にお忙しいということはよく知っておりますので、あなたが私を半召使い半学生としてお宅に生活させて下され、そしてお暇の時に一週間に三時間か四時間ずつ私が読んで判らぬ所を説明して下さらんことを希望いたします。かくて私は単に困難な点を説明して頂けるのみでなくあなたの科学的言辞を聞き、あなたの科学的動作を観察するの利益を得ることが出来ます。若しあなたが御親切に私のねがいを入れて下さるのならば私はよろこんで以下の条件に私自身を置きます――。
 一 私は毎日二、三時間あなたの為に何でも(出来ることは)いたします。
 二 私は以下の三条以外に何物をも要求いたしません。第一に毎週あなたの時間を三、四時間、第二にどんなものでも生きるに足る食物、第三にどんなのでも住むに足る場所。
 三 私は若しあなたがお受取りになるなら三円以下に於て如何なる金額をも差出します。
 これ等は私が自身を置こうとする条件のすべてではありませんが、一ケ月三円以内の費用でこれ等の課目をいい先生の下で学ぶことが出来さえすれば私は如何なる条件にも服します。御慈悲深く御許可下さい。御慈悲深く御許可下さい。」
[やぶちゃん注:「T・DOKI」不詳。土岐か土生の読み誤りか? 識者の御教授を乞うものである。……彼の『後の事しりたや』……]

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