フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 薔薇の誘惑 大手拓次 | トップページ | 夢と子供 萩原朔太郎 »

2013/07/17

フランツ・カフカ「罪・苦痛・希望・及び眞實の道についての考察」中島敦訳 8

          8

 Aはひどく自惚れてゐた。彼は、自分が德性に於て非常な進歩を遂げたと信じてゐた。といふのは、(明らかに、彼がより挑戰的な人間になつたためであるが)彼が、今迄知らなかつた種々な方面から、次第に多くの誘惑が攻めてくるのを見出すやうになつたからだ。だが、本當の説明は、より強力な惡魔が彼を捕へ、さうして、より小さい惡魔共の宿主が、より偉大な惡魔に仕へるために走つて行つたといふことである。

[やぶちゃん注:原文。前章で述べた通り、引用元では前章からナンバーのずれが発生し、しかもここも連番で示され、中島の訳とは番号がずれる。

                                 9. 10
A. ist sehr aufgeblasen, er glaubt im Guten weit vorgeschritten zu sein, da er, offenbar als ein immer verlockenderer Gegenstand, immer mehr Versuchungen aus ihm bisher ganz unbekannten Richtungen sich ausgesetzt fühlt. Die richtige Erklärung ist aber die, daß ein großer Teufel in ihm Platz genommen hat und die Unzahl der kleineren herbeikommt, um dem Großen zu dienen.

 新潮社一九八一年刊「決定版カフカ全集3」飛鷹節氏訳。前章同様に以下のように、「9」と「10」が独立して訳されてあり、原文と同じく、以降は中島の訳とは番号がずれる。

 九 Aの自惚れようはひどい。彼は、自分が善においておおいに進歩したと信じている。その証拠に、あきらかに自分がひとをひきつけてやまぬ存在となったからこそ、これまでまったく無縁であった方面の誘惑に、しだいに多くさらされるようになったではないか、と言うのである。
 一〇 しかしこの場合の正しい説明は、彼のなかに大悪魔がどっかと居坐ったからこそ、無数の小悪魔たちが大王に仕えるためにやって来はじめた、ということだろう。

 一般的な解釈に従えば、「A」とは旧約聖書に登場する、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じるところの『聖典の民』の始祖とされ、ノアの洪水後に神による人類救済の一人として祝福された最初の預言者にしての『信仰の父』である、子孫にカナンの地を与えるという神との契約を受けた、かのアブラハム(Abraham)を指すとされている。参照したウィキの「アブラハム」によれば、ユダヤ人はイサクの子ヤコブを共通の祖先としてイスラエル一二部族が派生したとし、アブラハムを「父」として崇め、また「アブラハムの末(すえ)」を称するとある。
 私はアブラハムとは、終生確執が絶えなかったカフカの父ヘルマンを指しているように思われる。
 カフカとは、父のために自らを犠牲とするイサクであったのではなかったか? 「判決」のように……]

« 薔薇の誘惑 大手拓次 | トップページ | 夢と子供 萩原朔太郎 »