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2013/07/29

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 18 「はうどおゆうどお」と「ぐつどばい」/硬い桃

M182
図―182

 図182は実験所の流し場を、外から見た所である。この家を建てた人は、水の吐口ということを丸で考えなかったので、このような突出部を取りつけ、そこから水を自由に流すようにした。

 ここ二週間、私は米と薩摩芋と茄子(なす)と魚とばかり食って生きている。私はバタを塗ったパンの厚い一片、牛乳に漬けたパンの一鉢その他、現に君達が米国で楽しみつつある美味(うま)い料理の一皿を手に入れることが出来れば、古靴はおろか、新しい靴も皆やって了ってもいいと思う。

 この村の先生が私を訪問して、儀式ばった態度で“How do you do?”といった。そのアクセントは、彼が英語を僅かしか知らぬことを示していたが、後で彼が白状したことによると、彼の英語の知識はこの挨拶と“God-bye”とに限られているのである。彼が英語を知っている以上に、私が日本語を知っている――といった所で大したものではないが――と思うと、一寸気が楽になる。昨夜私は数週間前、最初に泊った向う側の宿屋の人々を訪問した。私は富士山が更によく見える場所をさがしている時、彼等と知り合いになったのである。結局私が坂をずっと上った所に宿を定めたに拘らず、彼等は私に会うと、前と同様気持よくお辞儀をした。行って見ると、家族は非常に忙しそうにしていた。彼等の中の四人はその日の会計をやりつつあって、銭を数えたり、帳面づけをしたりしていた。彼等は、いう迄もなく、床に坐っていたが、机は低い腰かけに似ていて、一人がその前に膝をついていた。日本の家産の照明は至極貧弱なので、この時も暗すぎて、写生をする訳には行かなかった。私は日本人が、子供達に親切であることに、留意せざるを得なかった。ここに四人、忙しく勘定をし、紙幣の束を調べ、金を数え等しているその真中の、机のすぐ前に、五、六歳の男の子が床に横たわって熟睡している。彼等はこの子の身体を越して、何か品物を取らねばならぬことがあるのに、誰も彼をゆすぶって寝床へ行かせたりして、その睡眠をさまたげようとはしない。彼等は私に酒を出した。そして番頭の一人が、奇麗に皮をむいた桃を二つ皿にのせて持って来てくれたが、それは非常に緑色で煉瓦みたいに固かった。一口嚙(かじ)ってから、私は気持が悪いことを表示し、無言劇の要領で胃のあたりを撫でて見せたら、彼等はその意味をすぐ悟った。今これを書いている時、往来の向うで召使いが二人、廊下の手摺によっかかって桃を食っている。この桃は未熟なので、嚙むごとに事実その音がここ迄聞える程である。彼等はまるで最も固い林檎を食ってでもいるかの如く、桃をしっかり握りしめている。

 私はこれ等の優しい人々を見れば見る程、大きくなり過ぎた、気のいい、親切な、よく笑う子供達のことを思い出す。ある点で日本人は、恰も我国の子供が子供染ているように、子供らしい。ある種の類似点は、誠に驚くばかりである。重い物を持上げたり、その他何にせよ力の要る仕事をする時、彼等はウンウンいい、そして如何にも「どうだい、大したことをしているだろう!」というような調子の、大きな音をさせる。先日松村氏が艪を押したが、その時同氏はとても素敵なことでもしているかのように、まるで子供みたいに歯を喰いしばってシッシッといい、そしてフンフン息をはずませた。ある点で彼等は我国の子供によく似ているが、他の点では大きに違う。悲哀に際して彼等が示す沈着――というより寧ろ沈黙――は、北米のインディアンを想わせる。

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