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2013/07/03

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第五章 大学の教授職と江ノ島の実験所 11



M126


図―126

 

 道を行く農夫達は、よく四角い莚を肩にかけて背中にまとっている。これは日除けにも雨除けにもなる。竹や材木を山程頼んだ駄馬にもちょいちょい溺出会うが、必ず繩で引かれて来る(図126)。駄馬や牛が沢山往来を歩いて行くにも拘らず、糞が落ちていないのに驚く。これは道路の清潔というよりも、肥料にする目的で、それを掃き集めることを仕事にしている、ある階級の人々が――ある階級とまでは行かないにしても、皆老人ではある――いるかららしい。図127に示すものは、このような農夫の一人が、道路清掃と背中にしょった赤坊の世話との、二重義務を遂行している所である。

M127

 

図―127

 




M128

図―128

 

 稲がのびると共に、稲の上に大きな麦藁帽子と胴体だけを出した農夫達が、一層変な格好に見える(図128)。だが、人間が身体を殆ど二つに折り曲げて、終日焦げつくような太陽の下で働いているとは! 男も女もこの仕事をする。

M129


図―129

 

 家の前の道路に水をまくのには、図129のような長い木造のポンプを使用する。長さは三フィート半で、かなりな水流を発射する。これは防火にも使う。

[やぶちゃん注:「長い木造のポンプ」所謂、江戸時代からあった竜吐水(りゅうどすい)の単筒型の簡易なものである。

「三フィート半」は凡そ1メートル強。]

 

 ある村を通り過ぎていた時、私は新しく生れた赤坊を抱いて、奇麗な着物を着た婦人の周囲に、同じく奇麗な着物を着た子供達が、嬉々として集っているのを見た。彼等は我国の洗礼名つけ式みたいな儀式のために、近くの神社か教会かへ行った帰りだということを、私は聞いた。女の子は三十三日日に、男の子は三十一日目にこの儀式に連れて行くそうである。私は人力車の上から彼等に向ってほほ笑み、そして手を振った。子供の中には応じた者もあり、人力車が道路の角を曲って了う迄それをつづけた。

[やぶちゃん注:これは乳児が無事生誕一ヶ月目を迎えたことを産土神(うぶすながみ)に感謝する初宮参(はつみやまい)りを活写している。一般には男の子は生後三十一日目か三十二日目に、女の子は三十二日目か三十三日に行われる(参照したウィキの「初宮参りによれば、京都では女の子が早くお嫁に行けるようにと、男の子よりも早い時期にお宮参りを済ませる風習があるとある)。]

 

 世界中、大抵の所で扇子や団扇は、顔をあおぐか、目に影をするかに使われるが、日本にはそれ等の変種が非常に多いばかりでなく、実にいろいろなことに使用される。油紙でつくった団扇は、水に入れて使うので、あおぐと空気が涼しくなる。火をおこす時には鞴(ふいご)の役をする。日本人はスープが熱いと扇でさます。舞い姫は優美な姿勢でいろいろに扇を使う。同時に扇は教育的でもあり、最もよい旅館や茶庭、或は地方の物産等の教示が一面に印刷され、反対面にはその地方の地図が印刷してあったりする。

[やぶちゃん注:冒頭で石川氏は「扇子や団扇」と訳しておられるが、実際には原文は“the fan”のみである。後文でも石川氏は「扇」「団扇」と訳し分けておられる。]

 

 我々が休んだある場所で、私は一人の男が、何でもないような扇を、一生懸命に研究しているのを見た。私にもそれを見せて呉れないかと頼むと、彼は私が興味を持ったことを非常によろこんだらしかった。その扇の一面には日本の地図があり、他の面には丸や、黒い丸や、半月のように半分黒い丸やを頭につけた、垂直線の区画が並んでいた。これは東京、尾張間の停止所の一覧表で、只の丸は飲食店、半黒の丸は休み場所、黒丸は旅人が「食い且つ眠り得る」場所を示している。道徳的の文句、詩、茶店の礼讃等もよく書いてある。封建時代には、大将達が、大きな扇を打ち振って、軍隊の運動を指揮した。これ等の扇には白地に赤い丸があったり、赤に黄金の丸があったり、黄金に赤い丸があったりした。日本の扇に関しては、大きな本が幾冊か出版されている。

 小さい子供にちょいちょい見受ける腹部(アブトミナル)の、そして厭忌(アボミナブル)すべき、膨脹は驚く程である。これは子供達に苦痛を与えるだろうと思われる。まったく彼等は、焼窯に入れるために腹に詰め物を押し込んだ鶏か何ぞ見たいに見える。これは事実上、胃壁を伸長させる米を、あまり無闇に食うから起るのである。

[やぶちゃん注:「小さい子供にちょいちょい見受ける腹部(アブトミナル)の、そして厭忌(アボミナブル)すべき、膨脹は驚く程である」カタカナはルビ。原文は“The abdominal, and I might say the abominable, protuberance often seen in little children and infants is astounding;”である。頭韻めいた洒落になっているのであるがしかし、この観察による解釈は若干おかしい気がする。モースが眼にとめた何人かのお腹の膨らんだ子らは、寧ろ、貧民の子であるように思われる。所謂、飢餓によって生じた腹水による腹部膨満ではあるまいか?]

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