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2013/07/12

悪魔の書 萩原朔太郎

      ●惡魔の書

 舊約全書! 人間の書いた書物の中で、これほどにも悲壯な、傷ましい、敍事詩的精神の高唱された文學がどこにあろうか! 舊約全書のすべての記事は、神に對する人間の叛逆と、虐たげられたる非力の者の、絶對權力に對する忍從の齒ぎしりで充たされている。

 見よ! 創世記の初めからして、人間は神に逆らい、不逞にも禁斷の果實を盜んで、無慙に樂園を追い出されて居る。しかも彼等の子供たちが、一度でもそれによって後悔し、神への隷屬を誓つたか? 反對に人間は、益〻叛逆の意志を強め、ノアの洪水によつて滅ぼされる迄、あらゆる不逞の罪惡を犯して來た。そして洪水が去つた後では、再度その同じ刑罰から脱れるために、大膽にも神と抗爭して、天に屆くバベルの高塔を建設した。到るところに人間は、神への叛逆を繰返し、そして萬軍の主なるエホバは、憤怒と復讐に熱しながら、彼の憎惡する人間を嚴罰すべく、無限の權力を以て電撃した。

 舊約全書のすべての記事は、人間の虐たげられた非力を以て、全能の神と戰はうとするところの、悲痛な、いたましい、不撓不屈の歷史である。あのヨブ記に於て高調されてる、敍事詩の精神は何を語るか? あれほどにも虐たげられ、神のあらゆる殘忍な刑罰と、運命の執拗な試煉とを受けながら、いかに長い間齒ぎしりして、不撓不屈の忍從を續けて居たか。ヨブ記に書かれた人物こそは、實に舊約全書の精神を表象してゐる、猶太悲壯劇の主人公(ヒーロー)である。(ついでに言つておくが、近時の聖書史家の調査によれば、ヨブは實在の人物であり、しかも聖書に書かれたものと、或る一つの點でちがつてゐる。實在人物としてのヨブは、あらゆる不運な天災にも氣屈しないで、最後まで神を呪ひ、さうした不合理な天意に對して、復讐を絶叫しつつ死んだのである。聖書の記事は、この點で神意をはばかり、別の潤色を加えて居る。)

 舊約全書こそは、明白に猶太人の歷史である。あの虐たげられ、迫害され、國を奪はれて漂泊してゐる民族の、壓制者に對する鬱憤と、あらゆる逆境に忍從して、永遠の復讐を誓つた歷史である。彼等は弱者の非力を以て、萬能の權力に抗爭しつつ、いつかは救世主の出現から、最後の榮光を勝ち得る希望を忘れなかつた。あの怒と復讐の神エホバこそは、すべての猶太人が夢みた幻想であり、正しく天の一方に實在して居た。彼はその全能の力によつて、火と水と電撃とから、地上のあらゆる壓制者と、權威によつて榮える人類の一切とを、いつかは蟲けらのように蹈みつぶし鏖殺し盡さねば止まないだらう。聖書の記者と猶太人とは、その遠い未來を信じ、血みどろの復讐によつて勝利される、最後の審判の物すごい日を、その民族的妄想の幻覺に浮べて居た。まことに舊約全書こそは、人間によつて書かれた書物の、最も深刻悲痛の敍事詩であり、惡魔主義の精神を高調した、世界最高の文學である。

[やぶちゃん注:昭和四(一九二九)年十月第一書房刊のアフォリズム集「虛妄の正義」の「意志と忍從もしくは自由と宿命」より。私は二十代に初めて「旧約聖書」の「ヨブ記」を読み、ヨブに激しく心打たれ、ヨブの隣人は勿論、ヤハウェの理不尽さに義憤を覚え、ユングの「ヨブへの答え」を読むに及んで遂に、ヨブは明らかに神を超えていると実感した勝手なヨブの私設親衛隊長である。私はこの萩原朔太郎の恐らくは信者からは冒瀆的とされるであろうヨブへの讃歌に、全面的に共感するものである。]

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