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2013/07/13

フランツ・カフカ「罪・苦痛・希望・及び眞實の道についての考察」中島敦訳 4 附注 グスタフ・ヤノーホ著吉田仙太郎訳「カフカとの対話」よりの引用

 
          
4

 死んだ人々の影の多くは、死の河の波を啜ることにのみ沒頭してゐる。何故といつて、死の河は我々の所から流出してゐて、なほ我々の海の鹽の味がするからだ。かくして、河は、胸をむかつかせ、逆流して、死人共を再び生に掃きもどす。併し、彼等は狂喜し、感謝の頌歌を唱へ、そして、憤激せる河を抱擁するのである。

[やぶちゃん注:原文。

 4

Viele Schatten der Abgeschiedenen beschäftigen sich nur damit, die Fluten des Totenflusses zu belecken, weil er von uns herkommt und noch den salzigen Geschmack unserer Meere hat. Vor Ekel sträubt sich dann der Fluß, nimmt eine rückläufige Strömung und schwemmt die Toten ins Leben zurück. Sie aber sind glücklich, singen Danklieder und streicheln den Empörten.
 

 新潮社一九八一年刊「決定版カフカ全集3」飛鷹節氏訳。

 四 おびただしい死者たちの影が、死の河にむらがり、その水をなめることにしか余念がない。死の河が、もともとわれわれ生者から発したもので、われわれの海の塩辛さをまだ保っているからだ。だがやがて死の河は、あまりの嫌らしさにむかっ腹を立てて、逆流しはじめ、死者たちを生の世界へ押しもどしてしまう。ところが、かれらはすっかり幸福になり、感謝の歌をうたい、逆上した死の河をやさしく撫でる。

 以下、台詞の引用は総て、私の愛読書であるグスタフ・ヤノーホ著吉田仙太郎訳「カフカとの対話」(筑摩書房一九六七刊)より。

 一九二〇年の十一月末か十二月初旬、カフカの結核は進行していた。友人ヤノーホにカフカは近日中(新潮社版全集年譜によれば十二月十八日)にホーエ・タトラ(タトラ高原)のサナトリウムへ療養に赴くことを告げた。ヤノーホが、

「できるだけ早くお出かけになることです――可能性がおありなら」

と挨拶すると、カフカは悲しげに微笑み、

「それは精根を凅らすほどに難しい。じつに多くの生活の可能性があります。ただそのすべてに、己の存在の避け難い不可能が影をおとしているのです」

と答え、烈しく咳き込んだが、カフカはそれを素早く鎮めた。ヤノーホが、

「そら、その通りです」「すべてがきっとよくなります」

と向けると、カフカはゆっくりと、

「これで、もういいのです」「私はすべてを肯定したのです。だから苦しみは魅惑となり、死は――、死は甘美な生の、ある一部に過ぎないのです」

と答えた。

 カフカがタトラへ旅立つ前、別れに行ったヤノーホが、

「すっかりよくなって、健康になって帰っていらしゃいます。未来がすべてを償ってくれます。すべてが変わってしまうに違いありません」

と挨拶すると、カフカは再び微笑みながら、右手の人差指を自分の胸に当て、

「未来はすべて私のここにあるのです。変るということは、隠れた疵が露わになるということにすぎないのです」

と答える。不安から黙っていられなくなったヤノーホが思わず、

「恢復をお信じにならないのだったら、ではどうして療養所へお出かけになるのです」

と投げかけると、カフカは机の上に身を屈めながら、

「すべて被告というものは、判決の延期を希って努力するものです」

と言った。――]



この注は僕にとって非常に意味深いものとなった。何故なら、僕が僕の愛読書たるグスタフ・ヤノーホの「カフカとの対話」を初めて引用したものだからである。
僕は29の時に本作を読み、唯円の「歎異抄」を読んだ時のような、「こゝろ」の「先生」の生の台詞に不可解な短調の旋律を感じたような、謂わば、
激しい不思議な戦慄を覚えたことを告白しておきたい。
カフカ好きで、これを読んだことのない方は、是非、お薦めである――というより――読まない方は絶望的に不幸である――と断言しておきたいのである――

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