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2013/08/05

象徴の本質 萩原朔太郎

  象徴の本質

 前項で象徴のことを述べたから、序でに象徴の本質を一言しよう。けだし日本の詩壇では、早くから象徴詩の語が輸入されたにかかはらず一もそれに關する眞の觀念がなく、皮相な上すべりの解説のみが行はれた爲、ひいてこの語の本質を全く誤り、遂には一種朦體なる特殊の詩などを、詩壇的に象徴詩などと呼ぶやうになつてしまつた。最も甚だしき謬見に至つては、高踏派などのクラシツクの詩風さへも、一概に象徴派と呼ぶ人がある。何たる馬鹿馬鹿しい謬見だらう。我が詩壇に於て「象徴」の語が誤られて居ること、實に久しいと言ふべきである。
 思ふに我が詩壇に於て、かく象徴の語が偏見されてゐるのは、最初にそれを輸入した詩壇が、盲目的西洋崇拜の詩壇であつて、かの國におけるマラルメやイエーツの象徴詩論を、そのまま直譯的に擔ぎあげた結果である。成程象徴(シムボル)といふ言葉は、昔の日本には無かつたからして、それが西洋人の發明であることも、したがつてその直譯が合理的であるべきことも考へられる。しかしながら反省せよ。元來歐洲における近代の象徴主義は、東洋文化の間接な影響から、新しく刺激された彼等の新觀念に屬することを。
 そもそも象徴といふ語の廣い觀念は、説明と對照される言語である。十字架がキリスト教の象徴であるといふわけは、それが説明によらずして表象に訴へるからである。自分は前の項に於て、比喩と象徴とを區別して説いたけれども、象徴といふ語のずつと一般的な意味に於ては、もちろん比喩も寓意も廣義の象徴に屬してゐる。ただその中に、純と不純との程度があるから、純粹象徴に屬するものを特に言ふ場合に、之れを比喩や寓意と區別して考へるのである。
 所で西洋のあらゆる文化や藝術は、本質的に説明主義のものであつて、純の象徴に屬するものは殆んどすくない。説明とは、事物や觀念を部分に分析して之れを概念上に配別する方法である。即ち科學はそれの代表的なものであつて、之れが實に西洋文明の本質を象徴してゐる。哲學と稱するものが、また同樣にさうであつて、失張科學と同じく概念を抽象上に分列系統する。
 ここで所謂哲學のことを一言しておかう。けだし彼等は自ら稱してそれを形而上學と稱してゐるから。然るに眞の形而上學といふべきものが、果して西洋にあるだらうか。西洋のあらゆる思想は始めから相對主義の立場に立つてゐる。もし絶對主義の見地に立てば、一切概念を超越した色即是空の思想に達し、或は不立文字の禪學的直觀主義になつてくるから、始めから科學も哲學も生じない。或は印度における如く一種の哲學はあるにしても、その哲學は直感による冥想で、西洋の如く專ら概念の抽象的分析を試みる所謂哲學とは別物である。
 かくして西洋の所謂哲學は、最初から相對主義の見地に立つて概念のみを取り扱つてゐる。然るに概念的である限りには、物それ自身の本有する形而上的精神に觸れないのは當然である。何となれば實有は相對の概念でなく、概念を超越した絶對の世界に屬するから。故に眞の意味でのメタフイヂツク(形而上學)と言ふべきものは、ただ東洋にのみ存在するのである。西洋の所謂形而上學は、その實一種の概念分析學であり、當然廣義の科學に屬するものに外ならない。
 かくの如く、西洋文明は科學と哲學に立脚してゐる。あらゆる精神の根據は概念であり、その自然觀人生觀の基調をなすものは相對主義である。したがつて彼等の情操生活を表現する藝術も、當然また相對的説明主義の傾向を帶びざるを得ないだらう。果して見よ。彼等の繪畫がいかに入念にデテールを描き、いかに寫實的の説明主義であるかを。之れが我々の東洋と、いかに本質的にちがつて居るだらう。我々の支那や日本では、視覺に映した物象の「形」を描寫しないで、感覺以上の實在する物の精神、即ちその物の特質たる強みや、厚みや、直情性や、艷めかしさや、さらにまた進んでは自然の中におけるそれの氣品とか、寂しさとか、餘情とかといふ深いものまで描出する。だから我々の繪畫における物象――竹とか、虎とか、風景とか――は、その寫眞的デテールの形象描寫で、到底西洋の油繪に及ばないが、その事物が有する形而上の精神を把捉して、よく竹の本質たる剛直性、虎の本質たる勇猛性を表現する點で、逢かに説明的の洋畫にまさつてゐる。けだし東洋畫に於ては、線は形の描寫に用ゐないで、物の實有する特質を現はすべく、專ら筆致の柔強等に重きをおくからである。つまり言へば、彼が形象の説明によつて現はす所を、我は線の感觸によつて象徴的に描出する。
 獨り繪畫ばかりでなく、他のあらゆる藝術が皆同樣である。たとへば劇がまたさうである。西洋の劇は徹頭徹尾寫實的で、人生の生活樣式をその視覺や聽覺に映ずる通りに全く形象的に説明して演出する。然るに日本の能樂や歌舞伎劇は、かかる感覺的な形を演出しないで、それの本質に實有する氣分や情感を直接に象徴する。けだし西洋人の藝術觀は、すべてが皆感覺主義である。彼等はその視覺や、聽覺や、觸覺にふれる所の、すべての外在的事物をその感覺のままに描出する。したがつてそれは形の上で實在によく似てくる。しかもその眞は單なる感覺である。皮相な末梢神經に映る形象の眞である。之れに反して東洋人は、事物を感覺的に見ずして精神的に見る。即ち所謂「眼で見ないで心で見る」態度を持し、形を輕視して内部的に實在する眞の本質――形以上のもの、形而上のもの――を直感する。彼の感覺主義に對して、我は即ち精神主義であり、彼の説明的なるに對して、我は即ち象徴的である。
 詩に於ても、この事實はまた同樣である。ホーメルの敍事詩以來、西洋の所謂「詩」といふものが、いかにくどくど念入りに説明する寫實的の文學であることぞ。敍事詩はこの場合別としても、敍情詩が矢張同樣に一種の小説である。古代西洋の詩といふものは、我々日本人の所謂小説や傳記であつて、東洋的意味では詩といふ言語に適應しない文學である。近世に至つて、漸く始めて出來たバイロンやテニソンの短篇詩と雖も、尚我々の眼から見れば一種の短篇小説であり、詩といふべくあまりに記述的、説明的の文學でありすぎる。西洋の詩がいくぶん始めてその説明體を脱したのは、最近十九世紀末葉に例の象徴詩が起つて以來のことである。
 所がこの俳蘭西の象徴詩といふ奴が、我々日本人の眼からみれば實に生ぬるい似而非象徴で、全くはむしろ比喩や寓意の程度にしか屬して居ない。特にマラルメ一派の象徴なるものは、言語の陰影とか香氣とかいふ觀念を、特に意識的に詩の中に織り込んでゐるのであつて、眞の「象徴そのもの」ではなく、むしろ概念されたる「象徴の詩學」である。即ち象徴そのものの實在に入つてゐるのではなく、之れを外部から認識して相對的に説明してゐるのである。象徴を稱へながら、しかも尚且つ彼等はその象徴を概念してゐる。西洋人は遂にどこまで行つても西洋人なる哉だ。かく要するに、彼等の象徴詩及び象徴主義なるものは、一の不徹底にして曖昧なる觀念にすぎなかつた。けだし當時に於て、始めて發見されたこの東洋的メタフイすヂカルの新觀念は、彼等にまで一の廻轉されたる新しき藝術の世界を示したもので、それ自身が極めてセンセーシヨナルなる「物珍らしきもの」に屬してゐた。したがつてそれは、充分に本體の解明されたものでなく、むしろ曙光的な輪廓のみが、おぼろげに暗示されたものであつた。之れ象徴といふ語が、當時の意味に於て何等か神祕的な、宿命的な、或る東洋的妖怪然たる魔法のメスメリズム的鬼氣を帶びて居たことによつても明らかだ。(象徴といふ語が、今日でもしばしば神祕的意味の聯想を伴ふのは、貰にかうした言語的起原に原因する。勿論その本體が解明してゐる今日では、何の神祕でもエリキシイルでもありはしない。この語感に伴ふ神祕性は、既に既に消滅させて好いのである。)
 歐洲の象徴主義が、眞にその觀念を明らかに解明し、したがつて眞の意味での象徴文學を生じたのは、全くこれより後、漸く昨今に至つてのことである。即ち最近詩壇の印象派、未來派、立體派、表現派等の藝術こそ、實に象徴主義の解明された本質に立脚するもので、此所に始めて歐洲にも、東洋と一味相通ずる近代派の敍情詩が生れてきた。特に獨逸表現派の立脚地は、歐洲における最も解明された象徴主義を代表してゐる。彼等は言ふ。
「表現派は一つの美的な言葉も無用な文句言はない。どうしても必要なことだけを、できるだけ緊縮して言ふのである。一つの言葉は、他の言葉の中にその根をもつてる。言葉はそれ自身としては存在せずに、それが召使ひとなつてる所の、言葉の觀念のためである。……表現派は、できることなら、全く言葉なしで表現したいのである。」(イヷン・ゴル。谷京作氏譯)
 この表現派の精神こそ、それ自ら象徴主義の根本美學を語るもので、同時にまた日本詩歌の表現哲學を代辯してゐる。實に我が國の和歌や俳句の立つ所は、一の無用な言語も言はず、一つの粉飾的な美辭も用ゐず、あらゆる心象の實有性を直ちにつかんで、表現の最高度における緊縮を主とするのである。しかし之れに就いては、尚後の章に詳説しよう。とにかく象徴主義の本質が、東洋的藝術の根據する特色にあること、したがつて表現派を始め、印象派、立體派、未來派等、西洋近代のあらゆる詩風が、本質的に我々のものと接近つつある事實を明示し得るのである。
 此所で歐洲十九世紀詩壇の所謂「象徴派」と、廣義の象徴詩たる近代詩(印象派、表現派、未來派)との、根本的な特色が區別されたことと思ふ。十九世紀詩壇の所謂象徴詩とは、前に言ふ如くシムボリズムの物珍らしき曙光期に出たもので、したがつてその詩風の特色には、象徴といふ言語における不可思議な魔術的鬼氣、即ち神祕性や、暗示性や、幽靈性や、東洋的宿命性やが、殆んどその著るしい特色となつてゐるのである。之れに反して、その後に發展した開明後の象徴詩(即ち一般近代詩)は、象徴主義の根據に立つて居ながら、象徴の語の起原にまつはるかかる神祕感を持つて居ない。
 故に詩壇の所謂「象徴詩」と、實の「象徴主義の詩」とは、判然と之れを差別して考へなければならない。所謂象徴詩とは、象徴の語における起原的語感を考へる場合のみ、正しきその語意を判斷され得る。即ちそれは、或る特殊な意味における、特殊な狹い内容の象徴詩である。したがつてこの意味での象徴詩は、この時代的詩派に屬するものであつて、今日既に歐洲では過去に屬するものとなつてる。しかもこの詩派によつて暗示され、後に漸く本體を解明してきた象徴主義、及びその主義による一切の藝術は、その各の詩派的特色を別として、根本上には普遍恆久の精神に立つものである。
 要するに歐洲詩壇の所謂「象徴詩」と「象徴主義そのもの」とは別である。前者は特殊な一詩派の一詩風に屬するもので、後者は一般のあらゆる近代藝術に共通する哲學である。(日本詩壇で言はれた所謂象徴詩は、之れまた歐洲詩壇のそれと大いに趣きを異にしてゐる。日本詩壇の意味した象徴詩は、概念上にマラルメ等の説を直譯に紹介したが、實の藝術的作品の上からは、殆んど多くは象徴詩の名に價しない別のものであつた。)
 かく西洋の藝術が、近來始めて象徴主義の新表現を知つた結果、次第にそれが我々のものに近づいてくるとは言へ、尚矢張西洋人らしい感覺主義がつきまとつて、實には未だ遠く眞のメタフイヂツクに入つて居ない。たとへば例の立體詩など言ふも、その立體なる言語の解釋が全く視覺上のものであつて、實の本質的なる立體の精神をつかんでゐない。即ち詩語をビラミツド的形態などに配列して、皮相な視覺上からそれを立體と思つてゐる。その稚氣、その子供らしさ、むしろ我々に取つて無邪氣な笑殺に價する。畢竟西洋人は感覺以上の世界に入ることができないからである。
 しかしながらとにかくにも、最近西洋のあらゆる文化が、著るしく東洋化して來つつあることは事實である。獨り詩ばかりでなく、美術、音樂、哲學等の一切が、東洋的メタフイヂカルの精神に接近し、したがつて甚だしく象徴主義になつて來た。例へば繪畫の如きも、日本の浮世繪の影響からして、例の後期印象派が生れてきた。この美術における後期印象派は、丁度詩における象徴詩の連動と一對すべきものであつて、歐洲藝術における近代精神――即ち象徴主義――の新しき精神を始めて展開したものである。即ちたとへば、ゴーホは自然を描出するに視覺上の形象説明を用ゐないで、太陽の熱に燃える線の感じなどから、感覺以上の本有する自然の内奧精神を現はしてゐる。セザンヌがまた同樣であり、物象の輪廓する形や色を寫生しないで、物それ自體が特有する内在本質、即ちそれの厚み、深み、硬さ、柔らかさ等を直接に摑み出してる。そして此等のやり方が、すべて支那畫や日本畫の固有な表現精神であること言ふ迄もない。
 かくして、今や次第に世界全體が象徴主義の文化にならうとしてゐる。
 以上述べた所によつて、所謂「象徴」といふ語の本體が明らかになつたであらう。即ちそれは相對主義に對する絶對主義に根據してゐる。したがつてまた形體主義に對する形而主義、概念に對する直感、感覺に對する精神、説明に對する暗示を指してゐる。故に要するに東洋の文化や藝術は、西洋のそれに比してすべて皆象徴である。そしてまたその中でも、能樂は歌舞伎に比してより一層象徴的、墨繪や南畫は浮世繪に比して特に純象徴的であることも解るであらう。
 最後に、象徴に關する最も根本的な、しかも最も普遍的に行はれてる世の謬見を啓蒙して、この觀念の本質を徹底的に明らかにしておかう。けだし世の多くの人は、象徴について次のやうな考へを抱いてゐる。曰く、象徴とは物の實體を描く代りに、それの影を以て代表させる手段であると。即ち實體の代りに符號を用ゐて現はすのが象徴だと。かうした皮相の淺見が、今日一般的に普遍してゐるのは、むしろ驚くべき事實である。もし果してそれが象徴ならば、所謂象徴とは實體なき幽靈術、物を描かずしてそれの影を描く朦朧藝術の謂である。そして尚且つ象徴とは、實數の代りに符號を用ゐる代數であり、それ自ら純粹に抽象的な概念に屬するだらう。しかも我が國の能樂や芭蕉の俳句――人々はそれを象徴の代表と見てゐる――が、果してそん虛數的な幽靈藝術であるだらうか?
 かうした思想の根抵には、思ふに一の基調的な誤謬がある。即ちこの場合での「實體」といふ觀念が、そもそも始めからちがつてゐるのだ。此所で彼等の指してる實體とは、物が五官に感覺する所の、その末梢神經的なる現象界を意味する。たとへば眼に映るままの器物の形、手に觸るるままの存在、それが即ち彼等の所謂實體なのだ。しかもそれが果し實體だらうか? もし實體とするならば、そは單なる感覺的な實體――現象的事物――にすぎぬ。なぜならば器物の眞の本有性は、かかる皮相の形や色になくして、それの内部に實在する眞の性質――感覺ではなく、心眼に映ずる器物の特色、たとへばセザンヌの繪がそれを示して居る――にあるからだ。眞の意味での「實體」とは、實にかうした物の形而上的本質に存するのだ。
 然るに象徴主義の目的は、物の皮相な形象や事物を捨てて、直ちにそれの實有する形而上的本體をつかむのだから、それ自ら眞の意味での「實體を描く」のである。「實體を描かずして影を描く」のは、實には却つて説明主義の藝術である。何となれば彼等は、事物の内在的本性を見ることなくして、單に寫眞器のレンズに映じたままの事物の形象――影の影――のみを描くから。象徴を以て「物の影を描く朦朧藝術」「實物の代りに符號を用ゐる代數藝術」とする考へほど、思想の根本に於て誤つた見解はない。
 しかしかうした見解が生ずる所由は、所詮「實體」といふ觀念の立て方によるのである。吾人は絶對主義の見地に立つて、形而上的本質を宇宙の眞理と認める故に、しぜん實體は象徴の側に屬する。然るにもし相封對主義の立場に立つて、物質世界の感覺的現象を眞理とすれば、反對に「實體」は形而下の物に屬し、したがつて象徴はそれの影となつてくる。故に始めから相對主義の哲學に立ち、唯物的概念によつて思想する西洋人が、象徴を解して「實體の影を描くもの」と見たのは當然である。實に彼等は、始めから非象徴主義の立場に立つて、象徴の概念を考へてゐるのだ。故にその思考は、いかにしても象徴の眞核に徹底せず、進めば進むほど誤つてくる。
 前に述べた朦朧美學の象徴詩人――彼等は象徴の特色を朦朧にありと解してゐる――が、かうした誤つた西洋人の象徴觀から出たものであることは、此所に至つて全く明瞭になつたであらう。この朦朧詩派の根柢には、象徴が「實體を描かずしてその影を描く」といふ先入見が根を張つてゐる。所が眞の象徴詩人たる芭蕉等は、常に如何にして物の實體を把へようかといふ觀念で動いてゐた。一方では、強ひて物の影を描かうとして苦心し、一方では物の確實な實體を捕へよと弟子に教へてゐる。いかに不思議にして奇妙なコントラストだらう。けだし西洋象徴派では、始めから「實體」の觀念を感覺的事物に置いてるから、實體を避けて影を見よといふ意味が、實は芭蕉の教へる「實體をつかめ」といふ形而上的意味になるのである。以ていかに西洋の所謂象徴的なるものが、本質的精神に於て非象徴主義的であるかが解るであらう。彼等は始めから象徴を以て幽靈的な虛數と見て居る。なぜならば、それは實體でなくして影であるから。
 かうした西洋人の象徴觀が、我々にとつて全く不徹底で馬鹿馬鹿しいものであることは言ふ迄もない。しかもベルグソンの如き哲學者ですら、彼自身が眞のメタフイヂツクを説く哲學者、即ち言はば象徴主義の哲學であるにかかはらず、その著に於て象徴の語をひどく排斥してゐる。何となれば象徴は事物の陰影であり、實體でなくして虛數であり、實體でなくして符號あるからと言ふのである。之れによつてベルグソンは、象徴の語をそれの丁度正反對の意味、即ち「概念」や「抽象」と同じに使つてゐる。けだし象徴を實體の符號と考へる以上には、必然的にそれは概念と同じ意味の言葉になる。そしてベルグソンのかうした鮮釋は、もちろん佛蘭西の象徴詩から得たものだらう。なぜならばその派の詩論は、象徴を以て上述の意味に解してゐるから。吾人は彼藝洋人の象徴觀を笑殺し、さうした藝術の馬鹿馬鹿しさを痛感する。しかも尚一層、それにもまして馬鹿馬鹿しく笑殺すべきは、この不徹底にして不可思議なる西洋詩壇の象徴評論を直譯して、それを聖典の如く我々の頭上に戴かうとした、前代日本詩壇の所謂象徴派詩人である。
 象徴と言ふ語の眞の本質的解説は、之れより外に斷じて有り得ない。かの象徴を朦朧と解る如き見解の、いかに淺薄皮相な偏見であるかは言ふまでもないであらう。けだしかくの如き偏見の生じた所由は、當時の舊式なるハルトマンあたりの美學や、當時歐洲に流行した一派の朦朧哲學――美は朦朧の中にありと説く――に影響され、之れを發生期の不徹底な象徴思想と混同した結果に外ならぬ。
 今や我が詩壇は、眞の象徴の觀念を固く把持して、過去の謬見されたる幽靈概念を廢除しなければならないだらう。けだし眞の象徴は、それ自ら藝術の根據する本質であり、特にまた我々の立つべき民族的根據でなければならぬ。實に象徴主義の精神を離れて近代詩の特色はなく、就中特に日本の詩の特色はないのである。尚次章に於て、日本詩歌の象徴的特質を一言しよう。

[やぶちゃん注:『日本詩人』第六巻第十一号・大正一五(一九二六)年十一月号に、前の「靑猫スタイルの用意に就いて」の後、次の「日本詩歌の象徴主義」の前に掲載された。後に「詩論と感想」(昭和三(一九二八)年二月素人社刊)に所収された。底本は筑摩版全集第八巻の校訂本文を用いた(校異を見る限り、「詩論と感想」版には表記上の誤りが多いため)。
「エリキシイル」“elixir”錬金術で言う不老不死の霊薬。]

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