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2013/08/04

あなたのこゑ 大手拓次

 あなたのこゑ

 

わたしの耳(みゝ)はあなたのこゑのうらとおもてもしつてゐる。

みづ苔(ごけ)のうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、

グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、

つめたい眞珠のたまをふれあはせて靄(もや)のなかにきくやうなあなたのこゑも、

銀(ぎん)と黄金(こがね)の太刀(たち)をひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、

月(つき)をかくれ、

沼(ぬま)の水をかくれ、

水中(すゐちゆう)のいきものをかくれ、

ひとりけざやかに雪(ゆき)のみねをのぼるやうな澄(す)んだあなたのこゑも、

つばきの花(はな)やひなげしの花(はな)がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、

うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、

まひあがり、さてしづかにおりたつて、

あたりに氣(き)をかねながらささやく河原のなかの雲雀(ひばり)のやうなあなたのこゑも、

わたしはよくよく知つてゐる。

とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりがを、

わたしは夜(よる)のさびしさに、さびしさに、

 いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。

 

[やぶちゃん注:本詩は本詩を所収する詩集類で、極めて有意な異同がある。

 一つは昭和二六(一九四一)年創元社刊創元文庫「大手拓次詩集」で、初行が、

 

わたしの耳(みゝ)はあなたのこゑのうらおもてもしつてゐる。

 

となり(下線部やぶちゃん)、終曲部は、

 

とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりがを、

わたしは夜(よる)のさびしさに、さびしさに、いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。

 

で、「うつりか」と清音になり、最終行は前行に連続してしまっている。

 次に昭和五〇(一九七五)年現代思潮社刊現代詩人文庫「大手拓次詩集」であるが、創元文庫と同じ箇所を見ると、初行は何と、

 

わたしの耳(みみ)はあなたのこゑのうらとおもてしつてゐる。

 

となって(「みみ」は踊り字が正字化している)、終曲部は、

 

とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりがを、

わたしは夜のさびしさに、さびしさに、

いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。

 

最終行が改行されている代わりに、底本のような一字下げは行われていない(「よる」のルビもない)。

 前者の創元文庫版は底本を底本としている旨の記載があるから、総てを誤植と判断してよいかも知れない。

 また、底本の最終行一字下げというのは、同詩集の他の詩では見られない特異なもので、底本自体の組み誤りともとれないことはない(その可能性は大であるとさえ言い得る)。

 現代思潮社刊現代詩人文庫は、これ、私はかねがね、同書に対してすこぶる不満を持っているのであるが、同詩集はその総てに亙って何を底本にしたかが、どこにも注記されていないのである。従ってこの詩形を正しいとする根拠が私にはない。これだけ大きな違いが認められるということは、恐らくは最も信用に足るはずの白鳳社版「大手拓次全集」に拠ったものとは推測出来るが、以上のような杜撰さによって(私が白鳳社版「大手拓次全集」を所持しないことも手伝って)、今はこの詩形を正当と支持し得る立場にない。

 しかし乍ら、敢えて言わせてもらうならば、私は、

 

あなたのこゑのうらとおもてもしつてゐる(詩集「藍色の蟇」)

       うらもおもてもしつてゐる(創元文庫)

       うらとおもてをしつてゐる(思潮社現代詩文庫)

 

の三つを並べられたならば、これが恋い焦がれた女へ語りかける切ない言葉であるとするなら、「うらとおもてをしつてゐる」という冷静で論理的な語り掛けは絶対にしない。そして「うらもおもてもしつてゐる」という畳み掛けて追い詰めるストーカーのような脅迫もせぬ。……僕だったなら……

 

……僕は……あなたの透き通った芳しい声の……その「うらとおもて」の……微妙でいて……それでいて……真実(まこと)の吐息の……その幽かな違い「も」「しつてゐる」……

 

と声かけるであろう……と思うのである。――これは僕の勝手な空想である。……

 

「グロキシニヤ」双子葉植物綱ゴマノハグサ目イワタバコ科オオイワギリソウ(大岩桐草) Sinningia speciosa。)。以下、ウィキグロキシニア」によれば、ブラジル原産で園芸植物として鉢植えなどで温室栽培される。熱帯雨林の下草として自生していた植物を改良した種で、不定形の塊茎をもち、草丈は二〇センチメートル程度、ロゼット(根生葉:地面からいきなり出ているように見える葉。)は大きな箆(へら)状又は倒卵状で、茎に対生する葉は長楕円形をなし、天鵞絨(ビロード)のような柔毛が密生している。花は適温が維持できれば常時咲くが、通常は六月から九月頃を開花期とする。花径五~七センチメートルの漏斗形、花色は紅・藍色・紫・ピンクなどで、星が散ったり縁取りを持ったりするバリエーションも多く、近年は八重咲品種も多く出回っている、とある。専ら花が画像の中心ではあるが、グーグル画像検索「Sinningia speciosaで「グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうな」彼女の幽玄な声を、お聴きあれ。……]

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