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2013/08/20

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第八章 東京に於る生活 5 第一回内国勧業博覧会で(2)



M194
図―194

 

 図194は長いテーブルで、娘が十人ずつ坐り、繭(まゆ)から絹を紡(つむ)いでいる所を写生した。これを百年記念博覧会に出したら、和装をした、しとやかな娘達は、どんなにか人目を引いたことであろう。紡ぐ方法は実に興味があった。私は一本の糸を繭から引き出してほぐすものと思っていた。繭は三十か四十、熱湯を入れた洗い鍋に入れ、写生図のテーブルの一隅にある刷毛を用いて、それ等を鍋の中でジャブジャブやる内に、繊維がほぐれて来て刷毛にくっつく。すると、くっついた繊維を全部紡ぐので、一本一本、切れるに従ってまた刷毛でひっかける。鍋の湯の温度は蒸気の管で保ち、上には紡のついた回転棒がある。

[やぶちゃん注:流石はモース先生、生物学者だ。繭を茹でる際には相当な臭いがしたはずで、室内にはその独特の臭気が籠っていたはずであるが、一言も言っていない。]

 

 何百人という人々を見ていた私は、百年記念博覧会を思い浮べた。そこには青二才が多数いて、薑(しょうが)パンと南京豆とをムシャムシャやり、大きな声で喋ったり、笑ったり、人にぶつかったり、色々なわるさをしたりしていた。ここでは、只一つの除外例もなく、人はみな自然的に、且つ愛らしく丁寧であり、万一誤ってぶつかることがあると、低くお辞儀をして、礼儀正しく「ゴメンナサイ」といって謝意を表す。人々の多くは、建物に入るのに、帽子を脱いだ。だが三人に一人は、扇子か傘で日をよける丈で、頭をむき出しにしているので、脱ぐべき帽子をかぶっていない者も多い。

[やぶちゃん注:「薑パン」原文“gingerbread”。ジンジャー・ブレッドは生姜を使った洋菓子の一種であるが、ここではジンジャー・クッキー(ginger cookie)を指しているように思われる。ジンジャー・クッキーは生姜を入れたクッキーの一種でクッキーの中でも伝統的なもので、「ジンジャー・ビスケット(ginger biscuit)」、アメリカでは「ジンジャー・スナップ(gingersnap)」などとも呼ばれる。参照したウィキの「ジンジャークッキー」の写真を見ると腑に落ちる。そこにはまた、『しばしばジンジャーブレッドとも混同され、両者の違いは必ずしも明確ではない』とも記されてある。]

 


M195
図―195

 

 虫の蝕った材木、即ち明かに水中にあって、時代のために黒くなった板を利用する芸術的な方法に就いては、すでに述べる所があった。この材料で造った大きな花箱に、こんがらかった松が植えてあった。腐った株の一片に真珠の蜻蛉(とんぼ)や、小さな青銅の蟻や、鉄線でつくった蜘蛛の巣をつけた花生けもある。思いがけぬ意匠と材料とを使用した点は、世界無二である。長さ二フィートばかりの、額に入っていた黒ずんだ杉板の表面には、木理をこすって目立たせた上に、竹の一部分と飛ぶ雀とがあった。竹は黄色い漆(うるし)で、小さな鳥は一種の金属で出来ていた(図195)。別の古い杉板(図196)の一隅には竹の吊り花生けがあり、金属製に相違ない葡萄(ぶどう)の蔓が一本出ていた。蔓は銀線、葉と果実とは、多分漆なのだろうが、銅、銀等に似せた浮ぼりであった。意匠の優雅、仕上げ、純潔は言語に絶している。日本人のこれ等及び他の繊美な作品は、彼等が自然に大いなる愛情を持つことと、彼等が装飾芸術に於て、かかる簡単な主題(Motif)を具体化する力とを示しているので、これ等を見た後では、日本人が世界中で最も深く自然を愛し、そして最大な芸術家であるかのように思われる。彼等は誰も夢にだに見ぬような意匠を思いつき、そしてそれを、借用し難い程の、力と自然味とで製作する。彼等は最も簡単な事柄を選んで、最も驚く可き風変りな模様を創造する。彼等の絵画的、又は装飾的芸術に於て、賛嘆すべき特長は、彼等が装飾の主題として松、竹、その他の最もありふれた物象を使用するその方法である。何世紀にわたって、芸術家はこれ等から霊感を得て来た。そしてこれ等の散文的な主題から、絵画のみならず、金属、木材、象牙(ぞうげ)で無際限の変化――物象を真実に描写したものから、最も架空的な、そして伝統的なものに至る迄のすべて――が、喧伝(けんでん)されている。

 

M196

図―196

 

[やぶちゃん注:「虫の蝕った材木、即ち明かに水中にあって、時代のために黒くなった板を利用する芸術的な方法に就いては、すでに述べる所があった」とは、先行する「第四章 再び東京へ」で日光から東京に帰る途中に宿泊した旅籠屋の庭を述べた描写で、『庭には水をたたえた小さな木槽があった。その材木は海岸から持って来たのである。事実それは船材の一部分で、色は黒く、ふなくい虫が穴をあけたものである。その中には岩と水草と真鍮の蟹その他が入っていた(図92)。それは誠に美しく、我国にでもあったら、最も上等な部屋の装飾として、熱心に探し求められるであろうと思われた』(太字「ふなくい虫」は底本では傍点「ヽ」)とあるのを指す。

「二フィート」約61センチメートル。]

 

 この地球の表面に棲息する文明人で、日本人ほど、自然のあらゆる形況を愛する国民はいない。嵐、凪(なぎ)、霧、雨、雪、花、季節による色彩のうつり変り、穏かな河、とどろく滝、飛ぶ鳥、跳ねる魚、そそり立つ峰、深い渓谷――自然のすべての形相は、単に嘆美されるのみでなく、数知れぬ写生図やカケモノに描かれるのである。東京市住所姓名録の緒言的各章の中には、自然のいろいろに変る形況を、最もよく見ることの出来る場所への案内があるが、この事実は、自然をこのように熱心に愛することを、如実に示したものである。

[やぶちゃん注:「形況」「けいきょう」と読む。有様。様子。状況。

「カケモノ」掛軸・掛物であるが、実は原文が“kakemono”となっているから石川氏はかく訳しているのである。

「東京市住所姓名録」原文“the directory of the city of Tokyo”。但し、PDF版を見てもこれは書名のようには見えず、当該英文や和訳のそれで検索してもそれと一致するものは見当たらない。これは何らかの機関か組織が、居留する在留英米人向に作成したの総覧的な東京府内在住外国人紳士録で、その冒頭に簡単な日本概説及び国内案内(ツアー・ガイド)風のものが書かれていたものかとも思われる。書物の体裁をとっていないリーフレットかパンフレットのようなものであったから、モースは特に書体を変えていないのではなかろうか? 識者の御教授を乞うものである。]

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