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2013/08/27

耳嚢 巻之七 俠女凌男子事

 俠女凌男子事

 

 神田三河町に車引(くるまひき)に又八といへる者、米屋に借り有しに度々米やより丁稚(でつち)抔催促に差越(さしこせ)共(ども)、不相濟(あひすまず)。右米やに仕ふる米舂(こめつき)の大男、我なんなく請取(うけとり)見すべし迚彼(かの)又八方へ至りしに、又八は留守にて女房而已(のみ)ありしが、右米舂勢いに乘じ少し戲れを交(まぢへ)て、女房へ催促なしけるに、右言葉戰(あらそ)ひ女の心に障りしや、右女房ぐつと尻まくり、汝らごときの野郎に非をうたるゝべきや、いわんや汝らに慰まるゝ者にあらず、前借(まへがり)は亭主のもの也、けつでもしてみよと罵られ、流石の大男赤面してしほしほ戻りしと、其隣(となり)の者語りける。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし。久々の艶笑譚。米舂き男がからかった艶笑的台詞も記載されているともっと面白かったのだが。

・「俠女凌男子事」岩波版の長谷川氏の読みを参考にすると、「俠女(けふぢよ)事男子(なんし)を凌(しの)ぐ事(こと)」と読む。

・「俠女」勇み肌で粋な姐御(あねご)。「俠」には「御俠」で「おきゃん」(「きゃん」は唐音)、若い女性でも活発で慎みのない者のことやその様をいう用法が、今も生きているのは御存知の通り。俠客滅びて御俠残る、である。

・「神田三河町」ウィキの「三河町」によれば、現在の東京都千代田区内神田一丁目と神田司町二丁目付近及び神田美土代町(みとしろちょう)の一部に当る。町名は徳川家康が入府した際に帯同した三河の下級武士がこの地に移り住んだことに由来する。江戸で最も古い町の一つであり、一丁目から四丁目まであった。後、この一帯は明治に入ってから都市スラム化し、大正一〇(一九二一)年に刊行された「東京市内の細民に関する調査」によると約二千人の細民人口が計上されている。因みに岡本綺堂の「半七捕物帳」では、主人公半七親分は神田の三河町に居を構えているという設定となっている、とある。

・「前借は亭主のもの也、けつでもしてみよ」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『前陰は亭主の物也、穴(けつ)にても仕(し)て見よ』で、あからさまに分かりよく書かれている。即ち、「前の方の陰門は亭主又八(名前もハマっている)のもんだから、後ろの尻(けつ)の穴の方でも、舂(つ)いてみな!」で、借金取りの催促に来た大男の仕事が米舂きというのを連想させて、まっこと、エロい(と感じるのは私がエロいからか)。しかし、如何にもストレート過ぎる嫌いがないでもない。折衷して訳してみた。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 粋な姐御は男を凌ぐという事

 

 神田三河町に、車引きを生業(なりわい)と致いておる、又八と申す者が御座った。

 この者、米屋に大層な借りがあって、たびたび米屋より丁稚なんどを催促に差し越させたけれども、一向に払う気配がない。

 ある時、この米屋に奉公して御座った米舂きの大男、

「儂(あっし)が、難なく、しっかと請け取って参りやしょう!」

と請けがって、かの又八方へと訪ねたところが、又八は留守にて、女房ばかり御座ったと申す。

 されば、その米舂き、旦那のおらぬを、これ幸いと、女と見くびって、調子に乗って、ちょいと卑猥な軽口なんどを交えては、女房へ借金の催促を致いたところが、その言い合いの中で、何やらん、男が口にした言葉が、かの女房の勘に触ったものか、その女、

――グッ!

と尻捲くり致いて、御居処(おいど)を露わに致すと、

――キュッ!

と腰を捻り、米舂き男に餅のようなそれを突き出して、

「――お前(めえ)さん如き輩(やから)に非難される筋合いは、これ、あちきには、ねえワ!

――況や、て前(めえ)らなんぞの粗チンにて、慰まるるような、あちきでもネエ!

――米の前借りは、それ、亭主のヤッたもん!

――この前の穴(ケツ)っぽは亭主のもんじゃて!

――されば!

――それ!

――この、後ろの方(かた)の尻(けつ)の穴(あな)にでも!

――一と舂(つ)きしてみいなッツ!」

と罵られ……流石の大男も……思わず赤面致いて……これ、しおしおと帰って御座ったと申す。……

……さてもこれは、その又八の隣りに住んでおる者が、これ、直(じか)に見聴き致いた、という話で御座った。

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