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2013/08/22

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第八章 東京に於る生活 9 モースによる帝都東京の原風景のスケッチ

 九月八日。気持のいい天気で、新鮮な、勢をつけるような風が、故郷に於ると同様に、我々をシャンとさせる。私は追々我々のに比べると、時に恐ろしくじゃれる猫のやり方が、快活な犬とまるで違うように違う、日本の習慣に慣れて来る。この広い都会を歩くのにも、いくらか見当がついて来て、もう完全に旅人ではないような気がしている。昏迷と物珍しさとは、ある程度まで減じたが、これは私に古い事を更に注意深く観察し、新しい事をよりよく会得する機会を与える。人力車で町々を通ったり、何度も何度も大学へ往復したりするのは、常に新奇で、そして愉快な経験である。必ず何か新しい物が見えるし、古い物とて見飽きはしない。低い妙な家。変った看板やバタバタいう日除け。長い袖を靡かせて、人力車の前を走りぬける子供達。頭髪をこみ入った形に結って、必ず無帽の婦人。老女は家鴨のようにヨタヨタ歩き、若い女は足を引きずって行く。往来や、店さきや、乗っている人力車の上でさえも、子供に乳をやる女。ありとあらゆる種類の行商人。旅をする見世物。魚、玩具、菓子等の固定式及び移動式の呼び売人、羅宇屋(らうや)、靴直し、飾り立てた箱を持つ理髪人――これ等はそれぞれ異った呼び声を持っているが、中には名も知れぬ鳥の啼声みたいなのもある。笛を吹きながら逍遙(さまよ)い歩く盲目の男女。しゃがれた声と破れ三味線で、歌って行く老婆二人と娘一人。一厘貰って家の前で祈禱する禿頭の、鈴を持った男。大声で笑う群衆にかこまれて話をする男。興味のあるお客をのせて、あちらこちらに馳ける人力車。二人で引く人力車には、制服を着た士官が、鹿爪らしく乗っている。もう一台のでは、疲れ切ったらしい男が二人、居ねむりをして、頭をコツンコツンやっている。別のには女が二人、各々赤坊を抱いている。もう一台のには大きな子供を膝にのせた女が一人、子供は手に半分喰った薩摩芋を持ち、その味をよくするつもりで母の乳房を吸っている――これ等の光景の全部は、我々の目をくらませ、心を奪う。とても大きな荷物を二輪車に積んだのを、男達が「ホイ サカ ホイ、ホイダ ホイ」といいながら、曳いたり押したりして行く。歩道は無いので、誰でも往来の其中を歩く――可愛い顔をした、小さな男の子が学校へ行く。奇麗な着物を着て、白粉をつけた女の子達が、人力車をつらねて何かの会合へ急ぐ――そして絶間なく聞えるのは固い路でカランコロンと鳴る下駄の音と、蜂がうなるような話し声。お互に、糞丁寧にお辞儀をする人々。町の両側に櫛比(しっび)する店は、間口がすっかり開いていて、すべての活動を、完全にさらけ出している。傘づくり、提灯づくり、団扇に絵を描く者、印形屋、その他あらゆる手芸が、明々と照る太陽の光の中で行われ、それ等すべてが、怪奇な夢の様に思われ、そしてこれ等の種々雑多な活動と、混雑した町々とを支配するものは、優雅、丁重、及び生れついたよい行儀の雰囲気である。これが異教の日本で、ここでは動物を親切に取扱い、鶏、犬、猫、鳩等がいたら、それを避けて行くなり、又はまたいで行くなりしなくてはならず、米国では最も小心翼々としている鴉でさえも、ここでは優しく取扱われるので、大群をなして東京へ来るのだという、争う余地のない事実へ、私の心はしょっ中立ち戻るのである。
[やぶちゃん注:「ありとあらゆる種類の行商人。旅をする見世物。魚、玩具、菓子等の固定式及び移動式の呼び売人、羅宇屋、靴直し、飾り立てた箱を持つ理髪人――」原文は“peddlers of all kinds; traveling shows; restaurants; stationary and peripatetic hawkers of fish, of toys, of candy; pipe-repairers; shoe-menders; barbers with their ornamental box, —”で、“restaurants”「食い物屋」が落ちている。]

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