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2013/08/24

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第八章 東京に於る生活 15 家内芸術


M209


図―209

 近頃私は日本の家内芸術に興味を持ち出した。これは我国で樺の皮に絵をかいたり、海藻を押したり、革細工、貝殻細工その他をしたりするような仕事と同じく、家庭で使用する物をつくることをいう。意匠の独創的と、仕上げの手奇麗な点で、日本人は我我を徹底的に負かす。この問題に関する書物は、確かに米国人にも興味があるだろうし、時間が許しさえすれば、私はこの種の品物を片端から蒐集したいと思う。台所には、深いのや洗いのや、色々形の違ったバケツがあるが、そのどれにも通有なのは、辺から一フィートあるいはそれ以上つき出した、向きあいの桶板二枚で、それ等を横にむすぶ一片が柄になる。これ等各種のバケツは、それぞれ用途を異にする。桶もまた非常に種類があり、図209のような低いのは足を洗うのに使用し、他の浅い形のは魚市場で用いる。桶板のあるものが僅かに底辺から出て、桶を地面から離しているのに気がつくであろう。博覧会には結構な漆器、青銅、磁器にまざって、いろいろな木で精巧を極めた象嵌(ぞうがん)を施した、浅い洗足桶があった。装飾の目的に桶を選ぶとは変った思いつきであり、そして我々を驚かしたのは意匠、材料及び用途の聳動(しょうどう)的新奇さである。米国人で日本の芸術を同情的に、且つ鑑賞眼を以て書いた最初の人たるジャーヴェスは、欧州人と比較して、特にこれ等の特質を記述している。曰く「それは装飾的表現に於て、より精妙で、熱切で、変化に富み、自由で、真実に芸術的であり、そして思いがけぬことと、気持のよい驚愕と、更に教義のあらゆる程度にとって、理解される所の美的媚態と、美的言語の魅力とを豊富に持っている。」

[やぶちゃん字注:底本では末尾の「持っている」の「る」の右に注記指示記号のアスタリスク「*」が附されて、有意な一行空きの後に以下の注記が記されている。底本では注記は全体が一字下げのポイント落ちである。]

 

 * ジェー・ジェー・ジャーヴェス著『日本芸術瞥見』一八七六年。(J. J. Jarves, A Glimpse at the Art of Japan.

[やぶちゃん注:「ジェー・ジェー・ジャーヴェス」James Jackson Jarves(一八一八年~一八八八)ジャーヴェスはアメリカの新聞人にして美術評論家。ボストン生。視力障害と健康上の理由からハーバード大学への進学を断念、南アメリカ・太平洋の島々を巡った後にハワイに居住。ハワイで最初の新聞“The Polynesian”をホノルルで発刊した。ハワイ政府から委任されて外交使節として欧米とハワイの条約締結交渉に携わった。一八五一年にはヨーロッパを訪問、フィレンツェに住んで美術収集に従事してメトロポリタン美術館を始め。多くのギャラリーや美術館に美術品を入れた。ここに記された「日本芸術瞥見」の書誌は“New York: Published by Hurd and Houghton, 1876.”。なお、ジャーヴェスはその書の中で近世までの日本について、『元冠の役や秀吉による朝鮮侵犯があったが、ほぼ対外的にはどこからも侵犯されることはなかった「偉大な平和の国」“Land of Great Peace”(ジャーブス30頁以下)と表現している。そして、この「偉大な平和の国」の下で、ヨーロッパの中世から近代にかけての血なまぐさい宗教戦争に比して庶民と宗教諸制度との親和的調和がなされ、勤勉であること、洗練されたマナーと独自のフアッションなどが創られたと』絶賛している。以上の事蹟と引用は雄松堂書店の公式サイト内のエメ・アンベールの「幕末日本図絵」についての「吉田隆「『幕末日本図絵』出版の背景-日本の「開国」と「日本研究」―」の本文及び注を引用・参照させて戴いた。そこでは背表紙であるが当該“Glimpse at the Art of Japan”原本画像もある)。

 なお、この注記後にも有意な一行空きがある。]

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