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2013/09/06

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第一章 一八七七年の日本――横浜と東京 10 墓地・火の用心・按摩

 我々は散歩をしていて時々我国の墓地によく似た墓地を見た。勿論墓石の形は異っている。我国で見るような、長くて細い塚は見当らず、また石庭の芸術品である所の見栄を張った、差出がましい代物が無いので大いに気持がいい。日本人はいろいろな点で訳の分った衛生的な特色を持っているが、火葬の習慣もその一である。死体の何割位を火葬にするのか私は知らないが、兎に角多い。

 

 夜中に時々、規則的なリズムを持つ奇妙なカチン カチンという音を聞くことがある。これは私設夜警が立てる音で、時間をきめて一定の場所な巡回し、その土地の持主に誰かが番をしつつあることを知らせるために、カチン カチンやるのである。

[やぶちゃん注:「カチン カチン」原文は前が“a clacking sound”、後はそれを受けた“these sounds”に相当。]

 

 また昼夜を問わず、疳(かん)高い、哀れっぼい調子の笛を聞くことがある。この音は盲目の男女が彼等の職業であるところの按摩を広告して歩くものである。このような按摩は、呼び込まれると三十分以上にもわたって、たたいたり、つねったり、こすったり、撲ったりする。その結果、それが済むと、按摩をして貰った人が、まるで生れ更ったかのように感じるような方法でこれを行うのだが、この愉快さを味って、而もたった四セント払えばいいのである! この帝国には、こうやって生活している盲人が何千、何万とある。彼等は正規の学校に通って、マッサージの適当な方法を学ぶ。これ等不幸な人達は疱瘡(ほうそう)で盲目になったのであるが、国民のコンモンセンスが種痘の功徳を知り、そして即座にそれを採用したので、このいやな病気は永久に日本から消え去った。我々は我国にいて、数字や統計の価値を了解すべく余りに愚鈍である結果、種痘という有難い方法を拒む、本当とは思えぬ程の莫迦者共のことを、思わずにはいられなかった。このような人達は適者生存の法理によって、いずれは疱瘡のために死に絶え、かくて民族は進歩の途をたどる。「私は盲です」という札を胸にかけている乞食は一人もいない――第一乞食がいないのである。それから、食物その他を売って歩く行商人の呼び声は、極めて風変りなので、ただちに人の注意を引き、その声を聞くために後をついて行くことさえある。花売りの呼び声は、死に瀕した牝鶏の鳴き声そのままである。

[やぶちゃん注:「疱瘡で盲目になった」後の第七章 江ノ島に於る採集 14 按摩を是非、参照されたい。]

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