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2013/09/15

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第一章 一八七七年の日本――横浜と東京 26 ゴミなき美しき東京

 バー・ハーバア、ニューポート及びその階級に属する場所等を稀な例外として、我国に於る防海壁に沿う無数の地域には、村落改良協会や都市連合が撲滅を期しつつあるような状態に置かれた納屋や廃棄物やその他の鼻持ちならぬ物が目に入る。全くこのような見っともない状態が、都鄙(とひ)いたる所にあればこそ、このような協会も出来たのである。汽車に乗って東京へ近づくと、長い防海壁のある入江を横切る。この防海壁に接して、簡単な住宅がならんでいるが、清潔で品がよい。田舎の村と都会とを問わず、富んだ家も貧しい家も、決して台所の屑物や灰やガラクタ等で見っともなくされていないことを思うと、うそみたいである。我国の静かな田園村落の外縁で、屢々見受ける、灰や蛤(はまぐり)の殻やその他の大きな公共的な堆積は、どこにも見られない。優雅なケンブリッジに於て二人の学者の住宅間の近道は、深い窪地を通っていた。所がこの地面はある種の屑で美事にもぶざまにされていたので、数年間にわたってしゃれに「空罐峡谷」と呼ばれた。日本人はある神秘的な方法で、彼等の廃棄物や屑物を、目につかぬように埋めたり焼いたり利用したりする。いずれにしても卵の殻、お茶の澱滓(かす)、その他すべての家の屑は、奇麗にどこかへ持って行って了うので、どこにも見えぬ。日本人の簡単な生活様式に比して、我々は恐ろしく大まかな生活をしている為に、多くの廃物(ウェースト)を処分しなくてはならず、而もそれは本当の不経済(ウェースト)である。我国で有産階級は家のあたりを清潔にしているが、田舎でも都市でも、貧民階級が不潔な状態の大部分に対して責任を持つのである。

[やぶちゃん注:「バー・ハーバア、ニューポート及びその階級に属する場所」原文は“With rare exceptions, such as Bar Harbor, Newport, and places of that standing,”。“Bar Harbor”はモースの生まれたアメリカ東部のメイン州にある街。同州北東部のカナダとの国境にも近いマウントデザート島にあって、大西洋岸に面した漁師町。古くからリゾート地として知られ、二十世紀初頭にはロックフェラー2世等の大富豪の避暑地として著名になり、多くの別荘開発が行われた(英文ウィキ“Bar Harbor, Maineなどを参考にした)。“Newport”はアメリカ東部のロードアイランド州南東部、州都プロビデンスの南約48キロメートル、ボストンの南約100キロメートルの地点にある港湾都市で、ロードアイランド州に深く切り込んだナラガンセット湾(Narragansett)に浮かぶ大きな島アクイドネック島(Aquidneck、別名ロード・アイランド)の先端に位置し、湾の対岸とはニューポート・ブリッジという吊り橋を含む長大な海上道路で結ばれている。港湾のほかにも保養地や別荘地としても名高く、十九世紀末以降に建てられた豪邸が街の南の風光明媚な海岸に並んでいる。また、アメリカ海軍戦略大学(United States Naval War College)・海軍水中戦センター(Naval Undersea Warfare Center)その他アメリカ海軍の訓練施設などが立地あり、黒船を率いて日本や琉球などを訪れたペリー提督など、海軍所縁の出身者も多い土地柄である(ウィキニュポートロードアイランド州を参照した)。「及びその階級に属する場所」ここは――及びそのような(景勝のリゾートや海防上の要衝地といった)例外的な立地条件を持った場所――を稀な例外として、の意。「階級」というのはこなれない訳語である。

「ケンブリッジ」底本では直下に『〔ハーヴァード大学所在地〕』という石川氏の割注は入る。モースは一八五九年から二年余りの間、ハーバード大学のルイ・アガシー教授の学生助手を務めている。

「所がこの地面はある種の屑で美事にもぶざまにされていたので、数年間にわたってしゃれに「空罐峡谷」と呼ばれた。」“This land was so disfigured by a certain type of rubbish that for years it was facetiously called the "tin canyon"!”“tin”はブリキ缶、“canyon”はキャニオンで米南西部やメキシコに多いグランド・キャニオンで知られるようなああした峡谷のこと。ラテン語の「管」を意味する“canna”由来のスペイン語“cañon”、峡谷をパイプに擬えた語に由来。「ティン・キャニオン」「ブリキ渓谷」。石川氏は原文のモースの悪戯っ子テンションを抑え、エクスクラメンション・マークを、モースが讃えた節制深き日本人として穏やかに傍点に代えるという「洒落」た訳をなさっている。

「日本人の簡単な生活様式に比して、我々は恐ろしく大まかな生活をしている為に、多くの廃物(ウェースト)を処分しなくてはならず、而もそれは本当の不経済(ウェースト)である。」原文は“In our extravagant way of living in contrast to the simple life of the Japanese we have much waste to dispose of and it is truly waste.”。“waste”には名詞で浪費・空費・無駄使い、の意の外に廃棄物の意がある。その意を掛けてモースは“truly”(本当に)と洒落た。]

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