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2013/09/04

耳嚢 巻之七 淸潔の婦人の事

 淸潔の婦人の事

 上總國長者町何某の養女こと、同國岩倉村といへるは七面山の半腹の所へ嫁しけるに、聟は婚禮の席一寸出し儘にて、親類抔打寄(うちより)けれ共婚儀も不調(ととのはず)、打寄候親類も皆々立歸り、右娘は先(せん)かたなく一間に入(いり)て、何(いづ)れ曰(いはく)もあらんと、今宵婚調不調とも又しかたやあらんと獨り臥(ふせ)しに、折ふし七面山の嵐も物さびしくねられぬまゝに枕をかたむけきけば泣聲にて、三日は置(おか)ぬといふを聞(きけ)ば、全く大怪(たいくわい)ならんと身の毛よだつ斗(ばかり)なれば、彼(かの)女氣丈なる者にて其夜を明(あか)しけるに、兎角聟も來らず。暫く過(すぎ)て或夜來りて夫婦の交りをなせしが、其後は又きたらず。不思議に思ひ段々聞(きき)つたへしに、右亭主は弟ありて近比(ちかごろ)みまかりしに、後家(ごけ)なる弟嫁と密通なせし故、彼(かの)弟嫁亭主を防ぎて夫婦寢をさせざるよし聞しより、始て過(すご)し夜の女の泣聲を大怪にあらざるをさとりしが、去(さる)にても、弟みまかりて間もなく其弟嫁と密通せし夫の心底人倫にあらず、恨むべき事也と見限りて里へ戻りしに、一夜の交りに懷(くわい)たいなしけるぞ是非なき。其後安産してうみし子は夫の方へ遣し、其身は江戸表へ奉公に出しが、今に其女は存在のよし。

□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。一見、怪談仕立ての市井貞女譚。所謂、俠女、根岸好みの話という気がする。
・「上總國長者町」現在の千葉県いすみ市岬町(みさきまち)長者。
・「岩倉村」未詳。長者から西北西に約四キロメートルの同いすみ市岬町内に岩熊という地名があるが、疑問(次の七面山の注を参照)。
・「七面山」長者から南西約十五キロメートルの千葉県勝浦市杉戸にある日蓮宗長福寺の裏山の、三二〇段の石段(神力坂(じんりきざか)を登った山頂に日蓮の高弟日朗作と伝えられる七面大明神像を祀る七面堂があり、ここを七面山と呼称している。この杉戸地区の直近の西には「中倉」という地区が存在するから、先の「岩倉」はもしかすると「中倉」の誤りかも知れない。
・「婚調」底本には右に『(婚姻カ)』と注する。
・「大怪」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では二箇所とも『夭怪』。「えうくわい(ようかい)」は「妖怪」と同義で、こちらの方が訳し易いので、ここは大いなるアヤカシではなく、妖怪と訳した。
・「身の毛よだつ斗(ばかり)なれば、彼女氣丈なる者にて其夜を明しけるに」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『身の毛もよだつ斗なれど、彼女氣丈なる者にて其夜を過しけるに』(正字化して示した)とあって逆接の接続助詞が自然。接続部はこちらの方で訳した。

■やぶちゃん現代語訳

 清廉なる婦人の事

 上総国長者(ちょうじゃ)町に住まう何某(なにがし)は己が養女を、同国岩倉村と申す、七面山(しちめんさん)の中腹辺りの在所の独り者の元へ、嫁入させて御座ったと申す。
 ところが婚礼の当日は、聟(むこ)殿は席にちょいと顔を出したきりにて、親類などもすっかり打ち寄って面子(めんつ)も揃ったれど、肝心の聟がおらざれば婚儀も成し得ず、親類の者どもも夜も更け、遂に痺れを切らし、三々五々、皆々、立ち帰ってしもうた。
 かの新妻は詮方なく、奥の閨(ねや)に独り入りて、
『……何(いづ)れ、ご主人さまには……何か深い訳のおありになることであろう。……今宵は婚礼の儀、これ調わずとも……それなりのご対処をお考えになれておらるるのであろうほどに……』
と思い直し、独り臥して御座った。
 折から――聞き慣れぬ七面山から吹き降ろす風の音の――そのもの寂しげなるに寝(い)ねられぬまま――馴染まぬ新しき枕を少し傾ぶて耳を澄ましておると――何やらん――人の泣き声が戸外に致いた。
「…………三日とは…………ここへ…………置かぬぞぇ…………」
と呟く。
『……こ、これは……全く以って……妖怪に相違ない――』
と、身の毛もよだつばかりになったれども、この女子(おんなご)、すこぶる気丈なる者にて御座ったれば、そのまま凝っと我慢致いて、一夜(いちや)を明かしたと申す。
 しかし翌朝になっても一向に、聟殿は姿を現わす気配も、これ、御座ない。
 そのまま暫く過ぎた、ある夜のことで御座った。
 かの聟殿、ぶらりと現われたかと思うと、閨へ導き、夫婦(めおと)の交わりをなした。
 ところが――未だ深更にも至らざるうちに――またしても、家から姿を消して御座った。
 そうして、そのまんま、また、何日も姿を現さず御座ったと申す。
 あまりに不思議と申すより、最初の夜のアヤカシの言葉も不審に思うたによって、近隣の者なんどに、それとのう訊いたところが……
……この独り者の亭主なる男には、唯一の近親と申す血を分けた弟が御座った。ところが、つい最近のこと、身罷ってしもうたと申す。然るにこの兄なる男、その後家(ごけ)となった弟の嫁と、葬儀のその夜に早くも密通をなし、懇ろになった。されば、この度の婚儀が持ち上がってからと申すもの、かの弟の嫁、妬心(としん)甚だしく、かの男をなんやかやと亡き弟の家に押し留めては、男を新所帯(あらじょたい)へと行かさぬように致いて、夫婦(めおと)の契りもなし得ぬように、日々見張っておる由、聞き出だいて御座った。
 これによって始めて、過ぎしあの夜の女の泣声は、これ、覗きに参ったその弟の後家の恨みの声にして、妖怪にてはあらなんだことを悟り得たが、
「……それにしても……弟の身罷ったその涙の干ぬ間に、その亡き弟の嫁と密通致いたと申す――そが妾(わらわ)が夫の心底――これ、男として、いやさ、人倫にあらざる振舞いじゃ。当たり前の人の情けを持った御方ならば、誰もが、これ、恨むべきことにて御座いまする!――」
と、夫の親族の誰彼の方へと赴いて小気味よき啖呵を切っては、見限って、さっさと里へと戻って御座ったと申す。
 しかしながら、一夜(ひとよ)のみの交わりでは御座ったが、これもまあ、天命か、懐胎なして御座ったと申すは、是非もなきことで御座った。
 後(のち)に安産致いて、産んだ子(こお)はこれ、かの元夫の方へと遣わし、かの女子(おんなご)は江戸表へ奉公に出でた。
 本話を語った者の言によれば、今もその女子(おんなご)はこの近所にて、元気に奉公なしおるとのことで御座る。

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