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2013/09/08

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第一章 一八七七年の日本――横浜と東京 16 製茶場


M20


図―20

 

「茶を火にかける」建物は百尺に百五十尺、長く低い竈(かまど)の列(竃というよりも大きな釜が煉瓦に取りかこまれ下に火を入れる口がある)があって、中々面白い場所である。これ等の釜の列が広々とした床――それは土間である――を覆っている(図20)。釜は錫か亜鉛に似た合金で出来ていて、火は日本を通じての燃料である所の木炭によって熱を保つ。釜二個に対して人――男、女、娘――一人がつく。彼の任務は茶の葉を焦げぬように手でかきまわすことである。時として横浜の空気がこの植物の繊美な香で充満するということを聞くと、火を入れるために茶が香気を失うのではあるまいかと想像する人もあろう。ここの暑さは息づまるばかりであった。男は犢鼻褌一つ、年取った女の多くは両肌ぬぎ。どの人も茶道具を持っていた。小さなパイプを吸っている者も多かった。大小いろいろな嬰児達が、あるいは竈の列の間を走り廻り、又は煉瓦を組んだ上に坐っていた。母親の背中にいるのもある。子供達は殆ど如何なる職業にも商売にも、両親より大きな子供に背負われてか、あるいは手を引かれるかして、付き物になっている。日本人があらゆる手芸を極めて容易に覚え込みそして器用にやるのは、いろいろな仕事をする時にきっと子供を連れて行っているからだ、つまり子供の時から見覚えているからだ、と信じても、大して不合理ではないように思われる。

[やぶちゃん注:これは特に描写からは焙(ほう)じ茶の製茶場の光景のように思われる。ウィキほう茶」によれば、『葉が赤茶色に変わるまで強火で焙じて作る。日本茶業中央会の定める緑茶の表示基準では「ほうじ茶とは、煎茶や番茶などを強い火で焙って製造したもの」と定義されて』おり、現在の製法は一九二〇年代に『京都において確立されたといわれる』。『製茶業者は専用の大がかりな焙煎器を使用する』とあるから、ここに記されたそれは今日の焙じ茶の製法以前の工法を伝える貴重な図と記載であると思われる(実際、幾ら検索をかけてみてもこの図に示されたような機器は見つからない)。]

 

 輸出向きの茶は、空気が入らぬようにハンダで密封する板鉛の常に納めるにさき立って、先ず完全に乾燥しなくてはならぬ。すこしでも湿気があると黴が生えて品質が悪くなる。内地用の茶は僅かに火を入れる丈であるから、香気を失うことがすくない。その結果最初の煎じ出しに対しては微温湯(ぬるまゆ)さえあればいいので、この点我国の「湯は煮たぎっているに非ざれば……」云々なる周知の金科玉条とは大部違う。

[やぶちゃん注:「湯は煮たぎっているに非ざれば……」原文は“"unless the water boiling be," etc.,”。紅茶の正しい淹れ方は一般に、熱湯を使うこと及び茶葉をジャンピングさせることとあり、この二項は実は不即不離の関係にあって、茶葉をジャンピングさせるには通常では摂氏九十八度以上の温度が必要であると言われていることに由来する。]

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