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2013/09/22

耳嚢 巻之七 恩愛奇怪の事 / 本日これにて閉店

本日 文楽 「伊賀越道中双六」第二部に参るによって これにて閉店   心朽窩主人敬白



 恩愛奇怪の事

 神田明神前よりお茶の水へ出る所は、船宿(ふなやど)ありしが、文化三年六歳に成りし娘有し。彼(かれ)貮三歳の時より筆取(とり)て物を書(かく)事成身(せいしん)の者の如く、父母の寵愛大かたならず。いつしか船宿をも仕廻(しまはし)て兩國邊へ引越しけるが、彌(いよいよ)彼娘の手跡(しゆせき)人も稱讚せし處、文化三年流行の疱瘡を愁ひ以の外重く、父母は晝夜心も心ならず介抱看病なしける、其甲斐なく身まかりしとかや。母は歎きの餘り色々の事にて狂氣の如く口説(くどき)歎きしに、彼娘こたへて神田へ參り候て又逢可申(あひまうすべし)、あんじ給ふなといへるを、母はうつゝの如く其言葉たがへずとかこちけるが、扨しもあらねばなきがらを野邊の送り抔して、唯ひれふし歎きくらしけるよし。神田の知人共に立かわりけるに有が中、彼娘と同年くらいの娘を持(もち)ける者ありて、彼娘兎角兩國へ參り度(たし)と申(まうす)故、召連(めしつれ)て右の船宿へ尋(たづね)しに、召連し娘何分宿へ歸るまじ、此所に差置(さしおき)給へと言(いふ)故、いかなる事にてと尋しに不思議成哉(なるかな)、今迄筆とりたる事もなき娘、物書(ものかく)事死に失せし娘と聊(いささか)違ひなければ、何れも不思議成(なり)と驚き、神田なる親も召連れ歸らんといへど彼娘、我は爰許(ここもと)の娘なり、歸る事はいたすまじきとて合點せず。無據(よんどころなく)兩國に差置(さしおき)實親は歸(かへり)しと、專ら巷ありと人の語りぬ。

□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。直近の都市伝説霊異譚で五つ前の文化二年の「幽靈を煮て食し事」と直連関(但し先のものは擬似霊異譚)。「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年夏であるから、アップ・トゥ・デイトな噂話である。
・「神田明神前よりお茶の水へ出る所」湯島聖堂があった現在の外神田二丁目の神田川の外堀通り沿いに当たろう。
・「神田の知人共に立かわりけるに有が中」底本では「有が中」の右に『(ママ)』注記を附す。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、
 神田の知る人共に立代(たちかは)り尋(たづね)けるに、あるが中
となっている(正字化し読みも歴史的仮名遣に変えた)。これで訳す。
・「巷あり」底本では右に『(説脱カ)』と注記を附す。カリフォルニア大学バークレー校版『巷説』とある。

■やぶちゃん現代語訳

 恩愛が奇怪なる現象を引き起こした事

 神田明神前よりお茶の水へ出ずる所に、船宿(ふなやど)があった。
 文化三年、当年とって六歳になる娘が御座った。
 この子は二、三歳の時より、筆を執ってはいろいろと書写致すこと、これ、大人の者のそれの如き素晴らしき能筆にて、父母の寵愛は、それはもう、大かたならざるもので御座った。
 いつしか、船宿をも移転致いて、両国辺りへ引っ越したと申す。
 いよいよ、かの娘の手跡(しゅせき)は人も神童なりと称賛致いた御座ったが、ちょうど文化三年に流行致いた疱瘡を患(わずろ)うたが、これ、以ての外の重き病いにして、父母は昼夜を分かたず、心痛致し、親身に介抱看病を致いたものの、その甲斐ものぅ、これ、身罷ったとか申す。
 さても臨終の間際、母は歎きのあまり、いろいろと叫びたて、それはもう、狂気致いた者の如くにて、娘の生死につきて、訳の分からぬことを、あれやこれやと口走っては歎いて御座ったと申す。
 すると、かの娘は熱にうなされながら、
「……懐かしい神田へ参りまして御座います……さればこそ……また……お逢い申すことが叶いましょう……ご案じなさいますな……」
と答えたと申す。
 母は、それを聴くと、夢うつつのうちに、
「――その言葉、よもや、たがえること、ないな?!……」
と歎き叫んで御座ったとも申す。
 さても、最早、息を引き取って後、野辺の送りなんども済ましたが、両親はただただ、ひれ伏し、歎き暮すばかり。
 神田に住まう旧知の人どもも、入れ替わり立ち代わり、弔問に参ったが、その中に、かの娘と同い年ほどの娘を持ったる者が御座って、その娘がしきりに、
「……両国へ……参りとう御座います……」
と申すゆえ、ちょうど、弔問にもと思うて御座ったゆえ、かの亡き娘の両親のおる船宿へと訪ねて参ったところが、同道した娘は、
「……もう決して――神田へは帰りませぬ――ここに――どうか、おいて下さいませ!」
と言い出す。孰れの親も、吃驚致いて、
「……い、如何なる訳か?……」
と、質いたところが、
――不思議なことじゃ!
――今まで筆なんど執ったこともなきその娘が、
「筆を!――」
――ときっぱりと申したによって
――筆を執らしてみたところが
――そのさらさらと書き記す手跡
――死に失せし娘のそれと
――聊かの違いも
――これ
――御座いない!
 両家の親もこれまた、
「……な、なんとも不思議なることじゃ!……」
と吃驚仰天、神田の実の両親が、これを無理に連れ帰らんと致いたものの、かの娘は、
「――妾(わらわ)はもともと茲許(ここもと)の娘で御座いまする! 帰ることは――とてものこと、叶いませぬ!」
と、これまたきっぱりと申しは、いっかな、合点致さなんだ。
 よんどころなく、両国にその娘をさしおいたまま、実の親どもは取り敢えず引き上げざるを得なんだと申す。……
……とは、専らの巷説として今も噂致いて御座る。
……とは、知れる人の語ったことにて御座る。
……これ、後のこと知りや……

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