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2013/10/26

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 12 明治初年の中禅寺湖に於いてマシジミの移植実験が行われていた驚きの事実

 蜻蛉(とんぼ)が何百万という程群(むらが)って飛んでいた。私はこんなに沢山いるのを見たことがない。彼等は顔につき当り、帽子や衣服にとまり、実にうるさいことこの上なしであった。また蜉蝣(かげろう)その他の水中で発生する昆虫類も多数いた。この日の午後を私は湖畔で採集をして送った。生きた軟体動物の、証跡は見あたらなかったが、水蛭(みずびる)はあちらこちらの岩の上にいたし、少数の甲殻類も目についた。蛙は二つの「種」のが沢山いた。また東京付近の田の溝に非常に多い蜆(しじみ)が、ここには貝殻ばかりしかないのには驚いた。私は生きた標本をさがそうと思って、柄杓(ひしゃく)でかきまわしたが、無駄だった。後で旅館へ帰って聞いた所によると、政府はこの湖水に生きた蜆を一万個移植したのだが、それは全部死んで了ったとのことである。

[やぶちゃん注:「蜆」原文“Corbicula”。純淡水産の斧足綱異歯亜綱シジミ科上科シジミ科マシジミ Corbicula leana。これは恐らく現在では最早忘れ去られた明治初期になされた貴重な事実の記録である。「政府」(“the Government”)とあるから、一応これは明治新政府であるとしか思われない。とすると、まさにこのマシジミの中禅寺湖移植実験は明治一〇(一八七七)年の直近で行われたものと考えられるのである。何より、モース自身が生体がいないかと探ったということは、その殻が何年も経過した後の死殻とは思われない、新らしいものであったからに他ならないからである。明治の初年に早くも政府主導でこのような移植事業が行われていたというのは、私にはちょっと意外である。誰がどのように発案し、実行されたものなのだろう? ちょっと興味が湧いてくる。ご存知の方、是非とも御教授を乞うものである。]

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