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2013/10/27

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 22 湯元温泉にてⅠ

M86
図―86

 八時、我々は数軒の家がかたまり合って高い山の中心に巣喰っているような、湯元の小村に入った。茹(ゆで)玉子の奇妙な、気持の悪い臭気があたりに充ちていたが、これはこの地に多い硫黄(いおう)温泉から立ち上るものである。我々は素速く、外気に面して広く開いた一軒の旅籠を発見し、荷物はそのままに、畳の上に倒れて間もなく深い眠りに陥った。湯元に着いた時はもう暗かったので、何も見えなかったが、翌朝目を覚して素晴しい風景や、見馴れぬ建物や、珍しい衣類を身につけた(あるいは全然身につけぬ)国人を見やり、硫黄の臭に混った変な香を嗅ぎ、聞いたこともないような物音を耳にした時にほ、何だか地球以外の星に来たように思われた。早く見物をしたいという気に駆られて、我々は二つか三つ細い往来のあるこの寒村を歩き廻ったが、端から端までで一千フィートを越してはいなかった。だが出かける前に、我々はどこで顔を洗う可きかに就いて多少まごついた。日本の家には、いう迄もなく、手水(ちょうず)台、洗面器、水差というような便利な物は置いてないのである。この時まで我々は銅或は真鍮の皿とバケツ一杯の水と、柄の長い竹の柄杓とを持って来させて顔を洗った。橋石には図65で示したような洗面用の高い流しがあった。我々は最後に廊下の一端に木造の流しと、水の入った手桶と真鍮の盥(たらい)とが置いてあるのを見出し、この盥でどうやらこうやら顔を洗ったが、前にかがまねばならぬので、誠に具合が悪かった。別の場所で私は棚、あるいは台ともいう可き物の上に手桶がのっているのを見た。それには図86に示す如く、呑口のようにつき出した管があり、呑口の代りに鉄の栓を引きぬく仕掛があった。噴き出す水の量は極めて僅かで、両手と顔とを洗う丈出すのにさえ大分時間がかかった。
[やぶちゃん注:「一千フィート」305メートル。]

 浴場は道路の片側に並んでいる。前面の開いた粗末な木造の小屋で、内には長さ八フィート、幅五フィートの風呂桶があり、湯は桶の内側にある木管から流れ入ったり、単に桶の後方にある噴泉から桶の縁を起して流れ込んだりしている。一つの浴場には六、七人が入浴していたが、皆しゃがんで肩まで湯に浸り、時に水を汲んで頭からかけていた。然し最も驚かされたのは、老幼の両性が一緒に風呂に入っていて、而もそれが(低い衝立が幾分かくしてはいるが)通行人のある往来に向けて明け放しである事である。
[やぶちゃん注:「長さ八フィート、幅五フィートの風呂桶」長さ約2・4メートル、幅1・5メートル。]

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