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2013/10/29

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第四章 再び東京へ 5 利根川下りでの嘱目3 幾つかの所感とともに

M101


図―101

 子供が赤坊を背負うことに就いては、既に述べる所があった。図101は大きな男の子が釣をしている処であるが、彼の背中には彼の小さな弟だか妹だかがぶら下っている。私は今迄に揺藍(ゆりかご)を見たことがない。また一人放り出されて、眼玉の出る程泣き叫んでいる赤坊も見たことがない。事実、赤坊の叫び声は、日本では極めて稀な物音である。

 外国人の立場からいうと、この国民は所謂「音楽に対する耳」を持っていないらしい。彼等の音楽は最も粗雑なもののように思われる。和声(ハーモニー)の無いことは確かである。彼等はすべて同音で歌う。彼等は音楽上の声音を持っていず、我国のバンジョーやギタアに僅か似た所のあるサミセンや、ビワにあわせて歌う時、奇怪きわまる乱り声や、うなり声を立てる【*】。

* その後ある学生が話した所によると、我々の音楽は日本人にとってはまるで音楽とは思われぬそうである。彼は何故、我々が我々の音楽を、ギックリシャツクリ、不意に切断するのか、了解出来ぬといっていた。彼にとっては、我々の音楽は「ジッグ、ジッグ、ジッグ、ジッグ、ジッグ、ジッガア、ジッグ、ジッグ」と聞える丈であった。
[やぶちゃん注:「我々が我々の音楽を、ギックリシャツクリ、不意に切断するのか」原文は“why we cut it off by jerks”。“jerk”は、急にぐいと引くこと、ぐいと押す・ひねる・突く・投げる・持ち上げる・止まることを言い、そこから筋肉や関節の反射運動や痙攣をも意味する。続く擬音部の原文は“Jig, jig, jig, jig, jig, jigger, jig, jig”で、この最終文末尾には“!”が附されてある。石川氏の訳はしばしばエクスクラメンション・マークを無視する傾向があって、モースの率直な驚愕を正確に伝えていない恨みがあることはどうしも述べておかねばならない。]

 然し、男達が仕事をしながら歌う声は、余程自然的で心から出るように思われる。そして、我々が過日橋石で知った所によると、彼等はこの種の唱歌を事実練習するのである。我々は酒盛りでもやっているような場所を通ったが、聞く所によるとこれは労働者が大勢、物を揚げたり、杭を打ったり、重い荷を動かしたりする時に、仕事に合わせて歌う彼等の歌や合唱を、練習しつつあるのであった。歌のある箇所に来ると、二十人、三十人の労働者達が一生懸命になって、一斉に引く準備をしている光景は、誠に興味がある。ちょっとでも動いたり努力したりする迄に、一分間、あるいはそれ以上の時間歌を歌うことは、我々には非常な時の浪費であるかの如く思われる。

 灌漑を目的とする水車装置は大規模であった。同じ心棒に大きな輪が三つついていて、六人の男がそれを踏んでいた。こうして広い区域の稲田が灌漑されつつあった。かかる人達は、雇われて働いているのか、それとも農夫達が交代でこの仕事をするのか、私はききもらした。

 この国民に奇形者や不具者が、著しくすくないことに気がつく。その原因の第一は、子供の身体に気をつけること、第二には殆ど一般的に家屋が一階建てで、階段が無いから、子供が墜落したりしないことと思考してよかろう。指をはさむドアも、あばれ馬も、嚙みつく犬も、角ではねる牛もいない。牝牛はいるが必ず紐でつながれている。鉄砲もピストルもなく、椅子が無いから転げ落ちることもなく、高い窓が無いから墜落もしない。従って背骨を挫折したりすることがない。換言すれば重大な性質の出来ごとの原因になるような状態が、子供の周囲には存在しないのである。投石は見たことがない。我国のように、都会で男の子供が党派戦をするということもない。我々からして見れば、日本人が彼等の熱い風呂の中で火傷して死なぬのが、不思議である。
[やぶちゃん注:最後が如何にもモースらしいユーモアである。]

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