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2013/10/25

鬼城句集 秋之部 芋

芋     石芋としもなく芋の廣葉かな

 

[やぶちゃん注:「石芋」は後に続くジャガイモやサツマイモと読める「芋」とは異なるものとして私は詠んだ。それらでは「廣葉」が生きないと感じたからである。その限定される「石芋」について以下、三様の同定候補を考えた。迂遠な注に一つお付き合い願おう。

●第①候補:単子葉植物綱オモダカ目サトイモ科サトイモ Colocasia esculenta の品種の中で半野生化し、先祖帰りして苦味やえぐ味(ある種のタンパク質が付着したシュウ酸カルシウムが針状結晶や細かい結晶砂として細胞内に集合した、大きく脆いその結晶体が原因とされている。但し、その味覚感はこのシュウ酸カルシウムの結晶が直接舌に刺さることによって生じるとも、その化学的刺激の結果であるともされ、またシュウ酸カルシウムとは異なる別個なタンパク質分解酵素による現象とする説があって明確ではない)が強くなって食用に適さなくなった個体群を指す。

 これは南北を問わず広く本邦の全域に伝えられている「弘法と石芋」という食べられない芋に纏わる伝承に登場する「石芋」とも考えられるものがあり、そのコンセプトは「遍歴行脚の弘法大師が、とある村でサトイモを見かけ、食を乞うも、村人はそれを惜しんで『これは食えない芋だ』と偽って断ってしまう(単に宿を乞われたのを断わるというタイプもある)。大師が去った後、村人が後にそれを食べようとすると石のように硬く変じてしまって、以後、その村には硬くて食えぬサトイモしか生えない。」という話柄である。南方熊楠の「紀州俗伝」の「六」にある「石芋」の冒頭に、

   *

寛延二年、青山某の『葛飾記』下に西海神村の内、阿取坊(あすわ)明神社の入り口に石芋あり。弘法大師ある家に宿を求めしに、媼(ばば)は貸さず、大師怒って、かたわらに植え設けたる芋を石に加持し、以後食うことあたわず、みなこの所へ捨てしより、今に四時ともに腐らず、年々葉を生ず。同社のかたわらの田中に、片葉の蘆あり。同じく大師の加持という、と載せておる。何故加持して片葉としたのか、書いてはないが、まずは怒らずに気慰めに遣る(や)ったものと見える。

   *

とある、ありがちで如何にもな弘法伝承である。また、一部参考にしたウィキの「サトイモ」には、『この伝説における「石芋」の多くは、半野生化したえぐ味の強いサトイモの品種と見るのが妥当であると考えられている』ともあり、地域限定性の低い最も汎用性の高い同定候補と言える。

●第②候補:根茎のシュウ酸カルシウム含有量が高く、食用に適さないサトイモ科のある種を指す。例えばサトイモ科ヒメカイウ Calla palustris など。ヒメカイウはミズザゼン・ミズイモとも呼称し、本邦では北海道や本州の中北部の低地から山地の湿地に自生する。小型のミズバショウといった形態を成しており、葉は卵心形・円心形で大きさ五~十五センチメートル、十~二十センチメートルの葉柄を持つ。白色の長さ四~六センチメートルの仏炎苞(ぶつえんほう)を持つ花を初夏に開く。果実は赤色のベリー状で、その中に数個の種子を産する(ウィキの「ヒメカイウ」に拠る)。植生からは鬼城の居住地であった高崎でも同定に無理がないが、例えばヒメカイウはサトイモの葉には似ておらず、「廣葉」という表現も私にはしっくりこない。

●第③候補:サトイモ科オランダカイウ(サンテデスキア)属 Zantedeschia のオランダカイウ類で、現在、園芸で英名から「カラー」(calla)又は「カラー・リリー」(calla lily)と名づける観葉植物。南アフリカ原産であるが、本邦には江戸時代に既に渡来してオランダ海芋(かいう)と呼称された。この属には仏炎苞や葉が美しい種や品種が多く含まれており、観賞用として盛んに栽培されている。高さ約一メートル。葉は倒心臓形で初夏に漏斗状の白い仏炎苞を持つ黄色い花をつける。花屋ではお馴染みであるが、グーグル画像検索「Zantedeschiaを見ても分かる通り、花に特化していて「石芋」とは程遠く、「廣葉」ではない。

●第④候補:サトイモ科クワズイモ Alocasia odora。大きな個体では傘にして人間も入れるほどの葉を持つ。素朴な味わいのある大きな葉を持つ観葉植物としても親しまれ、園芸ではアローカシアとも呼称する。以下、ウィキの「クワズイモ」によれば、『サトイモのような塊状ではなく、棒状に伸びる根茎があり、時に分枝しながら地表を少し這い、先端はやや立ち上がる。先端部から数枚の葉をつける。大きさにはかなりの個体差があって、草丈が人のひざほどのものから、背丈を越えるものまでいろいろ』で、葉はの長さは六十センチメートルにも達し、『全体に楕円形で、波状の鋸歯がある。基部は心形に深く切れ込むが、葉柄はわずかに盾状に着く』。葉柄も六十センチメートル~一メートルを越え、『緑色で、先端へ』ゆくほど細くなる。『花は葉の陰に初夏から夏にでる。仏炎苞は基部は筒状で緑、先端は楕円形でそれよりやや大きく、楕円形でやや内に抱える形で立ち、緑から白を帯びる。花穂は筒部からでて黄色味を帯びた白。果実が熟すと仏炎苞は脱落し、果実が目立つようになる』。『中国南部、台湾からインドシナ、インドなどの熱帯・亜熱帯地域に、日本では四国南部から九州南部を経て琉球列島に、分布する。長崎県五島市の八幡神社のクワズイモは指定天然記念物にもなっている。一方、沖縄県では道路の側、家の庭先、生垣など、あちこちで普通に自生しているのが見られる。低地の森林では林床を埋めることもある』。『日本では、やや小型のシマクワズイモ(A. cucullata (Lour.) G.Don)が琉球列島と小笠原諸島に、より大型のヤエヤマクワズイモ (A. atropurpurea Engler)が西表島に産する』が、『よく見かけるのはむしろ観葉植物として栽培される国外産の種であろう。それらは往々にしてアローカシアと呼ばれる。インドが原産地のインドクワズイモ(A. macrorrhiza)、緑の葉と白い葉脈のコントラストが美しいアロカシア・アマゾニカ、ビロードの光沢を持つアロカシア・グリーンベルベットなどがよく知られる』。『クワズイモの名は「食わず芋」で、見た目はサトイモに似ているが、食べられないのでそう呼ばれている。シュウ酸カルシウムは皮膚の粘膜に対して刺激があり、食べるのはもちろん、切り口から出る汁にも手で触れないようにした方がいい。日本では、外見が似ているサトイモやハスイモの茎(芋茎)と間違えてクワズイモの茎を誤食し中毒する事故がしばしば発生している』とある。南方熊楠の「紀州俗伝」では先に引いた部分に続いて、

   *

大師はよほど腹黒い、癇癪の強い芋好きだったと見えて、越後下総の外土佐の幡多郡(はたごおり)にも食わず芋というのがある。野生した根を村人が抜き来たり、横切にして、四国巡拝の輩に安値で売る。その影を茶碗の水に映し、大師の名号を唱えて用うれば、種々の病を治すと言う。植物書を見ると、食用の芋と別物で、本来食えぬ物だ。

   *

という私の大好きな下りがあるが(私は遍在する弘法呪言伝承が大嫌いで「大師はよほど腹黒い、癇癪の強い芋好きだった」には頗る共感するタイプの人間なのである)、ここで熊楠の「食用の芋と別物で、本来食えぬ物」とは、このクワズイモ Alocasia odora のことを指していると見て間違いない。本種は「廣葉」で食えないという点ではぴったりであるが、如何せん分布域が鬼城のテリトリーではない。

 

 但し、実はこの句、「石芋としもなく」で「としもなく」は直訳すれば「というわけでもなく」の謂いであるから、これは石芋というわけではない食べられる里芋なのであるが、如何にものびのびと葉を広げていることだ、と読むことも出来、いや、そもそもこれは里芋ではなく、じゃが芋か薩摩芋であると言われるのであれば私の注は全くのド阿呆ということになるである。ここまで私の注を読んで時間の無駄とお感じになったか、面白いとお感じになったか、それは私の関知するところではないが、少なくとも秋の冷え込む書斎で曉から曙にかけて延々と「石芋」を考え続けてきた今朝の私にとっては相応に結果して面白かった。悪しからず。]

 

      芋食うてよく孕むなり宿の妻

 

      泥芋を洗うて月に白さかな

 

      芋洗ふ池にあやめや忘咲

 

[やぶちゃん注:「忘咲」「わすれざき」は晩秋から初冬の小春日和の頃に時節外れに花が咲くこと、また、その花を指し、返り咲き・狂い咲きと同じ。ここは狂い咲き一本の点景であろうが、アヤメ類には秋咲き品種も実際にはある。]

 

      芋掘りの拾ひのこしゝ子芋かな

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