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2013/10/02

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二章 日光への旅 16 /第一章 了 


M54
図―54

 小憩するために車を止めた茶屋で、我々はいたる所を見廻した。部屋は奇麗に取片づけられている、畳は清潔である、杉材の天井やすべての木部は穴を埋めず、油を塗らず、仮漆(ニス)を塗らず、ペンキを塗ってない。家の一面は全部開いて、太陽と空気とを入れるが、而も夜は木造の、辷り戸で、また必要があれば、昼間は白い紙を張った軽い枠づくりの衝立で、きっちりと閉め切ることが出来る。室内の僅かな装飾品は花瓶とかけ物とである。かけ物は絵の代りに、訓言や、古典から取った道徳的の文句を、有名な人か仏教の僧侶かが書いたものであることがある。図51はそのような字句を簡単に額にしたものと、その額を保護する為の紅絹(もみ)の小布団とである。

[やぶちゃん注:「紅絹(もみ)」(原文“red silk”)単に「紅(もみ)」とも書く。紅(べに)で染めた無地の平絹。女物の長着の胴裏や袖裏に用いる。揉み絹(ぎぬ)。ベニバナを揉んで染めることに由来する。]

M55

図―55

 

 窓――それがある場合には――の形に現われる日本人の注意深さと趣味とは図55の通りである。これは鼠無地の壁を丸くくりぬいた、直径四フィートの窓であって、外側には松の立木を態々(わざわざ)曲げくねらせ、また石燈籠が見える。若しこの丸い眺望の中に山の峰を取り入れることが出来れば、それは理想的なものとされる。このような窓は瓢簞(ひょうたん)を二つ連ねた形であったり、四角であったりすることもあるが、形の如何を問わず、常によい趣味で出来ている。我々はこのような、物珍しくも古めかしく且つ美しい趣を見て、殆ど有頂天(うちょうてん)になった。我国の家屋にあっては決して見られぬ、然し取り入れてもよい趣味である。

[やぶちゃん注:「四フィート」1・2メートル。]

 


M56

図―56

 

 図56は女髪結に髷(まげ)を結(ゆ)って貰いつつあった一婦人のスケッチである。木製の櫛と髪結の手とは練油でベットリしていた。彼女は使用に便利なように、自分の手の甲に練油を一とぬり塗りつけたものである。このようにして結った髷は数日にわたって形を崩さない。

 

 この国の人々があく迄勤労する実例はいたる所で見られる。作物を植えることを語った時、私は何千エーカーという水田に稲の小さな束が手で移植されることを述べたが、大麦や小麦や蕎麦が事実何列も移植され、また徹底的な草取りが手で行われるのだとは、思いもよらなかった。聞く所によると、米の変種は二百七十種ある。主な種類は二つ――普通のと、それからねばねばしたのとである。

[やぶちゃん注:「何千エーカー」1 エーカー(acre)は約4047平方メートル。因みに田圃一反(いったん)は凡そ10×100メートルで991・74平方メートル。

「米の変種は二百七十種ある」正確な総数は不明であるが農林水産省によれば現在作付けされているものは約300種とある。但し、これは「作付け」とあるからジャポニカ種(Oryza sativa subsp. japonica)に限定したものではないと思われる(二本国内ではインディカ種(Oryza sativa subsp. indica)も栽培されている)。]

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