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2013/10/27

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 24 美しい日本の裸体の娘たち

 私は中禅寺へ向う途で、我々に追いついた旅人達のことを述べた。嶮しい所を登る時、私は二人の可愛らしい娘に手をかして、足場の悪い場所を助け上げようとした。私には彼女等にふざけてかかろうというような意志は毛頭無かったのであるが、湯元温泉へ向いつつある彼女等はそう考えたらしく、私の申出を遠慮深く「ゴメンナサイ」と言って断った。さて温泉に来て、ドクタア・マレーは管から流れ出る時の湯の温度を知り度いと思ったが、いくらか足が悪いので、寒暖計をそこに支え持つことを私に依頼した。これをする為には私は片足をうんと内側に踏み入れて、風呂桶の縁に立ち、湯の流に届くように腕を思い切り伸す必要があった。私がいささか気恥しく思い、桶の中にいる人達を見る勇気がなかったことは、誰でも了解出来るであろう。この時桶の中から「オハヨー」というほがらかな二人の声がする。その方を見て、前日のあの遠慮深い娘二人が裸で湯に入っているのを発見した私の驚きは、如何ばかりであったろう。事実をいうと彼等は子供のようで、私は日本人が見る我々は、我々が見る日本人よりも無限に無作法で慎みがないのであることを断乎として主張する。我々外国人が深く襟を切り開いた衣服をつけて、彼等の国にないワルツのような踊をしたり、公の場所でキスをしたり(人前で夫が妻を接吻することさえも)その他いろいろなことをすることは、日本人に我々を野蛮だと思わせる。往来を歩きながら風呂桶をのぞき込む者があれば入浴者は、恐らく我々が食卓に向っている時、青二歳が食堂の窓から覗き込んで行くようなことがあった場合に、いうようなことを、いい合うであろう。日本人のやることで我々に極めて無作法だと思われるものもすこしはある。我々のやることで日本人に極めて無作法だと思われることは多い。
[やぶちゃん注:最後の部分の対句表現(原文“There are a few acts of theirs that seem very immodest to us; there are many of our acts which seem very immodest to them.”)は如何にも素敵!]

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