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2013/11/04

大手拓次略年譜

   大手拓次略年譜
[やぶちゃん注:底本では記事部分は六字下げとなっている。]

明治二十年  (一歳)
十二月三日群馬県碓氷郡磯部温泉寶來館大手宇佐吉の次男として生る。祖父萬平は同温泉の開拓者として郷黨の尊敬を集む。

明治二十二年 (三歳)
弟秀男(後、櫻井家の養子となり、現磯部館主)出生。

明治二十七年 (八歳)
二月父字作吉三十一歳にて夭逝す。
四月磯部小學校に人學す。

明治二十九年 (十歳)
母のぶ三十四歳にて死す。

明治三十三年 (十四歳)
縣立安中中學校に入學す。

明治三十七年 (十八歳)
十月腦を病み、中學五年を退學、此時より一方の耳遠くなる。
詩人として立つ希望を抱く。

明治三十八年 (十九歳)
病氣快復し高崎中學五年生に編入。

明治三十九年 (二十歳)
高崎中學卒業。同年兄孫平、或目的のため家を出しため、家督をつぐこととなりしも、詩人となる希望を捨てず、弟秀男に讓つて、十月早瀨田大學豫科に入學す。

明治四十年  (二十一歳)
同大學英文科に入學。

明治四十五年 (二十六歳)
同大學英文科卒業。

大正元年   (二十六歳)
白秋氏主宰の雜誌「ザムボア」にはじめて詩を發表す。

大正二年   (二十七歳)
「ザムボア」及び「地上巡禮」に詩を發表す。

大正三年   (二十八歳)
一時郷里に歸りしも再度上京、此閒多數詩作す。

大正五年   (三十歳)
ライオン齒磨本舖(廣告部)に入社。

大正六年   (三十一歳)
詩歌・版畫誌「異香」を發行す。

大正七年   (三十二歳)
祖父ふさ九十歳にて逝去。
逸見享と詩畫集「黄色い帽子の蛇」を發行。

大正八年   (三十三歳)
十二月、祖父萬平九十一歳にて逝去。
逸見享と「無言の歌」を發行。

大正九年   (三十四歳)
逸見享と詩・版畫集「あをちどり」を發行す。

大正十年   (三十五歳)
「詩と音樂」に詩を發表。

大正十一年  (三十六歳)
「詩と音樂」に詩を發表。

大正十二年  (三十七歳)
「詩と音樂」に詩を發表。

大正十三年  (三十八歳)
逸見享と詩・版畫集「詩情」を發行。
「日光」に詩を發表。

大正十四年  (三十九歳)
「詩と版畫」「日光」「アルス・グラフ」「近代風景」に詩を發表。

大正十五年  (四十歳)
「近代風景」に詩を發表。

昭和二年   (四十一歳)
「近代風景」に詩及散文詩を發表。

昭和三年   (四十二歳)
「近代風景」に詩及散文詩を發表。

昭和七年   (四十六歳)
病臥すること多し。十一月伊豆山温泉に療養のため赴く。

昭和八年   (四十七歳)
伊豆山にて正月を迎へ、一度歸京、三月廿三日茅ヶ崎南湖院に入院。
詩「そよぐ幻影」を「中央公論」に寄稿す。

昭和九年   (四十八歳)
四月十八日午前六時三十分南湖院にて死去、十九日茶毘に附し、二十日郷里磯部に遺骨到着、二十四日葬儀を營み、同日大手家墓地に埋葬さる。

[やぶちゃん注:この左頁のノンブルは「581」で、次の次の左頁から始まる「目次」は新たに「1」からノンブルが始まり(文字タイプは同一)、「編者の言葉」の最終頁「25」で終っている。]

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