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2013/11/14

中島敦 南洋日記 十月十二日

        十月十二日(日) 雨

 朝八時より公學校に行く、司令官の希望とかにて島民歌謠を軍樂隊に編曲せしむる爲、本日、公學校にて、歌と踊の實演あるなり。九時、公學校離島兒童の歌謠に始まる、先づ、1、北西離島シュックの女の歌あり。イケイプなる美男を戀慕ふ唄なりと。次に2、男の歌あり。「人の妻のことを思はず、己が妻のことを考へませう」といふ題なり。以上二つ共に、憂愁に充ちたる懶さとでもいふべき趣あり。次に、3、「友達の歌」。(童謠)4、ローソップの子守唄あり。後者は極めて日本の俚謠に近きもの。5、水鳥と蛸についてのローソップ古譚詩の唄。短くして他愛なし。6、砂遊の唄。これは恐らく外人(米國)宣教師の教へたるものならむ。明らかに米國民話のメロディが取入れられたり。この歌は、男と女と代合ひて二度歌へり。女の唄としては、尚此の他古の戀の歌二つばかりありたり。以上、軍樂隊員をして譜にとらしむるため、三囘四囘繰返して唱せしむ。最後に成年男子の古譚歌の合唱あり。流石に最も見事なり。唄畢りて後舞踊二あり。一はローソップの竹踊(クーサーサ)。各人兩手に二尺ばかりの竹片を持ち、之を以て、互に打合はせ、或は地を叩き、或ひは對者の竹を打ち、エイサツサ、エイ、サツサと掛聲をかけ、めぐりめぐりつゝ踊る。頗る目覺まし。互に竹を叩き合ふ相手が順次に移り行き、時に後向きになり、片脚を上げ、股の間より背後の者の竹を打つなど、面白し。次は北西離島の踊にて、皆花飾を頭に卷き、額頼に朱色のべにを塗り、手頸、足頸、腕等に椰子の若芽をまきつけ、同じく榔子の若葉にて作れる腰簑をつけたり。中には耳朶に孔を穿ち、花を插したるも見ゆ。初め、右手の甲に椰子葉にて作れる 111nikki_3 
狀のものを輕く縛りつけ、指を顚動して、微妙なる音を立つ。之にて踊始まり、掌もて胸腕のあたりを叩き、腰を捻り、奇聲を發し、多分に性的なる身振を交へつゝ、踊り廻るなり。雨のため、教室内の演出とて、多人數參加せしめ得ざりしは、遺憾なり。後、軍樂隊の演奏「アルヽの女」その他あり。島民等頗る喜びをりしが如し。稻校長と自動車にて歸る。

 午睡。雨、終日止まず。本日より防空演習の由なれど、夜に入るも家々の電燈煌々たり。

○ 追記――北西離島の腰簑踊に就いての説明、

 こは、「シュウ ノボロン」と稱する踊にて、もと、ヤップのサタワル島より渡來せるものなり。シュウとは「出ること」ノポロンとは「帆」の意。即ち船出の意なり。先づ、ウルネギマンなる序曲あり。以下七つの部分に分たる。

[やぶちゃん注:以下⑺までは、各項の二行目以降は二字下げで底本では全体が一字下げである。また原音カタカナ表記の後の丸括弧部分は括弧附きのママ前のカタカナ音のルビ位置に配されてある。則ち、これがその語彙の日本語訳である。句読点・中点の有無はママ。「子(ツクツ)」は同ポイント本文。]

⑴ ウルマン(三人) ネテネテ(見る―探す)……北西離島のカノー他の島に行かんとして流さる。島に殘れる兄弟が淋しさに堪へずして作れるもの

⑵ ウル(漂ふ) ネギ(天氣) マン(流れた)……序曲に同じ

⑶ メギメギ(思ふ) ツワツ……流されたツワツなる子供の母が、子を思ひて作れるもの

⑷ イケスク(何時來るか)・スクタス(待つてゐる)……母がその船の歸着を待ちをるなり。

⑸ シミノモ(殘つてゐる) ウヌマン(三人)……その母と父と娘とだけになり了れり。最早一人の子(ツクツ)は亡し。

⑹ シプノン(着いた)・ヌクオル(南へ)……漂流船は南方へ流されたるならむ

⑺ エフィノポ(北の風)・エゲンコ(吹いてくる)……北風のため、南に漂流せるならむ、噫!

[やぶちゃん注:太字「べに」は底本では傍点「〇」。この最後の敦の採録は非常に貴重なもののように思われる。

「二尺」約六十一センチメートル弱。]

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