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2013/11/10

耳嚢 巻之七 猫忠臣の事

 猫忠臣の事

 

 安永の末、大坂嶋の内に□□屋□兵衞といへる者の娘有しが、其家に年久しく飼置(かひおけ)る猫ありし由。家内娘共愛しけるが、彼(かの)猫娘の起臥起居(おきふしおきゐ)を聊不放(いささかもはなれず)、食事使用の時も其邊を不離(はなれざる)故、猫の見入(みいり)しと上下者ぞめき言(いひ)ける。父母も殊の外愁ひ、婚姻前の娘かゝる浮名立(たち)てはと歎き、相談して猫を打殺(うちころす)か、又は放ちすてんと打寄(うちより)相談なせしに、彼猫聞(きき)しやかいふつと行衞しれず。いづくへ失(うせ)しや、年經る猫は化(ばけ)るとの下諺(げげん)と、いよいよ憎み罵りしに、其夜親夫婦の夢に彼猫來り告(つげ)けるは、我夢々娘子に執心せしにあらず、此家に年ふる鼠ありて、娘子へ執心なし害あらん事甚だ危し、是により我等多年養育の恩あれば、晝夜傍をはなれず守る也、然るに我等が惡心をと疑(うたがひ)をうけ影をかくしけれど、椽下(えんのした)に居(をり)又は天井の上に隱れて今以(もつて)守る也、彼惡鼠(あくそ)を害せんと思へど、渠(かれ)も年經る鼠故、我等猫の手際に及難(およびがたく)、助(たすけ)と成(なし)て是(これ)したがへんは、どこどこの傘やの赤ぶち成(なる)猫にあらでは事成り難し、何卒右の猫を借(かり)給へ、ともに右鼠怪をしたがへんといふと見て、夫婦同じ夢なれば大きに驚き、且右の猫の樣子、失(うせ)し比(ころ)よりは食事も乏しきや、又は椽下等に潛みける故や、甚疲衰(はなはだつかれおとろ)へし躰(てい)也。かゝる事あるべき事ならねば傘やを尋(たづね)見よと、人して彼(かの)所へ至りしに、果して傘やも有(あり)て猫の事尋しに、年久しく飼(かへ)る赤ぶちの猫有(あり)と聞(きき)て、彼(かの)□兵衞急ぎ傘やへ至り猫の事尋ければ、如何成(なる)事にて尋給ふや不審して尋る故、かくかくの事なりと有(あり)の儘に語りければ、左あらば貸(かし)申さんと承知せし故、歡びて宿に戻り妻に語りしに、其夜彼猫又夢に告けるは、來(きた)る幾日こそよろしけれと言(いふ)にまかせ、暮比(ころ)より右猫をかりて二階の古長持の内に入置(いれおき)しに、夜四ツ時比(ころ)にもあらん、二階上殊の外騷敷(さはがしく)、中々立入(たちいる)さまにもあらず。しばらくして靜(しづま)りければ、燈火をかゝげ二階へ上り見れば、大きさ猫より增(まさ)る大鼠を、かの借來(かりきた)りし猫喰殺(くひころ)し守り居(ゐ)たり。飼置(かひおき)し猫は鼠に鼻柱(はなばしら)を喰付(くひつか)れて死し居(をり)たりし故、大きに歡びて、かり猫は厚(あつく)禮謝して傘やへ返(かへし)、飼(かひ)猫は厚く葬(はふり)、ねづみは燒捨(やきすて)しと也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし。良き妖猫の奇譚。本話はこの後の「耳嚢 巻之九」に載る「猫忠死の事」と殆ど同話である。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版「卷之七」の目次では、この「猫忠臣の事」の項が掲げられてありながら、その上に「除キ」と書かれてあって、実際に本文がない。校注者の長谷川強氏は『巻十の「猫忠死の事』と同話ゆえ除いたか』と注しておられる(カリフォルニア大学バークレー校版は底本の集成本とは九巻目と十巻目がそっくり入れ替わっている)。確かに私も筆録者なら、あまりの相同性にやはりちょっと除外したくもなる気がするほど似ている。まあ、ここまでやったら、「これでは根岸先生、千話に偽りありと謗られても仕方がないという気がしますよ。」とぼやきながらも数合わせに写すとは思いますがね、センセ。

・「安永の末」安永元年は一七七二年で安永十(一七八一)年に天明に改元している。「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年であるから、四半世紀前の古びた都市伝説である。「卷之九」の「猫忠死の事」(以後、「卷九忠死」と略称する)では「安永天明」と下限が広がっている。

・「大坂嶋の内」現在の大阪府大阪市中央区の地域名および町名であるが、通称の「心斎橋」・「ミナミ」と言った方が分かりが良い。「卷九忠死」では「農人橋」とし、借りに行く猫の居所を「島の内口河内屋市兵衞方」とする。

・「□□屋□兵衞」底本には右にそれぞれ注して「卷九忠死」では「河内屋惣兵衞」である。前注も参照。

・「かいふつと」「掻きふっと」の音便。「掻き」は語調を強める接頭語。フッと。ヒョイっと。

・「不審」底本では右にママ注記がある。

・「下諺(げげん)」の読みは私の勝手。下々に伝わる言い伝えの謂い。

・「四ツ時」午後十時から十時半頃。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 忠臣の猫の事

 

 安永の末、大坂嶋の内に〇〇屋×兵衞と申す町人が御座った。

 その者には娘があって、家には年久しく飼いおける猫もおったと申す。

 家内の者も娘も、ともどもにその猫を可愛がって御座ったが、この猫、娘には特に馴れて、その起き臥しから家内でのちょっとした折りにさえも、聊かも娘の傍らを離るることこれ御座なく、食事から果ては後架にゆく後さえも、その近くを離れずにおると申す有様で御座ったゆえ、次第に、なんとはなしに、

『……猫に魅入られたんとちゃうやろか?……』

と家内にては、相応の使用人から丁稚下女に至るまで、気味悪がって騒ぎ立てては、陰で噂致すようにもなったと申す。

 流石に父母の耳にもこのことが伝わり、殊の外、心痛の種と相い成って御座った。

 何よりまず、嫁入り前の娘なればこそ、このような浮き名が巷に広がっては、これ、一大事と申す歎きの先立ったによって、手代なんどとも相談致いて、

「……まず……あの猫を打ち殺ますか……または、これ、帰り来たることの出来ざる、遠き地へ連れ行きまして、放ち捨てますがよろしいか……」

なんどと、うち寄っては秘かに具体な打ち合わせも致いて御座ったと申す。

 ところが、かの猫――それを聴き及んで自ずと悟ったものか――フッと行方知れずとなってしもうた。……

「……一体……何処へ消え失せてしもうたもんやろ?……年経た猫は……これ……化けるとか……桑原々々……」

などと申す下世話な噂を致いては、これ、いよいよ、

「……あの化け猫が!」

なんどと家内の者ども皆、口に出しては憎み罵しって御座ったと申す。……

 ところがそんなある夜のこと、親の夫婦(めおと)の夢に、かの猫が来たって告げたことには……

「……我ガ輩ハ猫デアル……斯クモ夢ニ人語ヲ以ッテ告ゲ参ラス……ナレド夢々娘子ニ執心セシニアラズ……コノ家ニハ年経タル鼠アリ……ソノ妖鼠(ようそ)娘子ヘ執心ナシ……害セントノ心アランコト……コレ明白……甚ダ危シ……サレバコソ我等多年養育ノ恩ヲ受ケタレバコソ……昼夜分カタズ……傍(かたわ)ラヲ離レズ守リ来タッテ御座ッタ……然ルニ……我等ガ娘ニ悪心ヲ持ッタリト申ス……諸人ノ疑イヲ受ケタニヨッテ……我等身ヲ隠シタリ……ナレド……我等ハ今モ……アル時ハ当家縁下(えんした)ニ居(い)……又アル時ハ天井ノ裏ニモ隠レ潜ミ居リ……今以ッテ娘子ヲ守ッテ御座ル……カノ悪鼠(あくそ)ヲ誅セントハ思ヘドモ、カノ怪鼠モマタ年古(ふ)リタル鼠妖(そよう)故……我等一猫(いちびょう)ノ手際(てぎわ)ニハ及ビ難キモノナリ……サテモ……助ケト成シテ我等ニ相応シキ強猫(つわもの)ハ……コレ……×××ノ傘屋ガ方ニ飼ワレタル赤斑(あかぶち)成ル猫ニアラデハ……誅殺ノ首尾成リ難シ――何卒右ノ猫ヲ借リ給ハレ!――共ニカノ邪悪ナル鼠怪(そかい)ヲ調伏致シマショウゾ!…………」

と言うかと見て目醒め、目醒めた夫婦(めおと)はそれぞれの顔に同じき夢の面影を感じて、互いに今見たばかりの妙なる夢を語り合(お)うてみたところが、全く以ってこれ、同じき夢にて御座ったればこそ、大きに驚く。

 かつまた、その夢中の猫の様子も語り合っ(お)うて見たところが、失踪致いた頃よりは碌な食事にもありつけておらぬものか、または縁の下なんどに凝っと潜み続けて飲まず食わずのままででもあるものか、はなはだ疲れ衰えたる体(てい)であったことまでも寸分違わず同じで御座った。

「……こ、このようなことはあるはずもないことじゃ!……じゃが、確かに夢は一緒やったッ!……と、ともかくもその傘屋を尋ね捜して見まひょ!」

と、人を遣わし、夢で猫の告げたところの×××辺を探させたところが、果して傘屋も、これ、ある――また、それとのぅ猫のことなんども探らせたところが、これ、永年飼(こ)うて御座る赤斑(あかぶち)の猫もある――とのことなればこそ、〇兵衛、急ぎ傘屋へと馳せ参じ、

「――あ、あんたはんのところに……あ、赤斑(あかぶち)の猫の……お、おりまっしゃろッ!」

と息せき切って質いたによって、傘屋はこれ、傘も買わざる猫の名を問うた妙な親父の来たったと、

「……な、なんでそないなこと、お尋ねなさいますぅ?……」

と如何にも不審気に尋ねて御座ったゆえ、〇兵衛、

「……かくかくのことの御座いますればこそ!……」

と、まあ凡そ、『けったいな話』としか思われぬは覚悟の上、それでも誠心を以ってかの顛末を語ったところが、

「――よろしゅうおま! そんなら一つ、お貸ししまひょ!」

と、傘屋は二つ返事で承知して呉れたと申す。

 さても喜んで屋敷へと戻り、妻に語っては二人して手を取って言祝いだ――その夜のことで御座る。……

 かの猫、また夫婦(めおと)の夢に出で来たって告げる。……

「……我ガ輩はハ猫デアル……来タル△△日コソ……調伏ノ吉日(きちにち)トシテヨロシキヒナリ!…………」

と言うて消えた。

 されば、その日に合わせて、暮れ頃よりかの傘屋より赤斑(あかぶち)の猫を借り来たって、老妖の鼠に気づかれぬようにと、二階の古長持(ふるながもち)のうちに入れおいたと申す。

 その夜の四ツ時頃で御座ったか、二階の上、殊の外、騒々しく……

――途轍もなき大音(だいおん)!

――奇怪なる獣の声々の叫び交わし!

……誰(たれ)一人なかなか立ち入って見んも恐ろしきさまで御座ったと申す。……

 暫く致いて、ふっと静まったによって、主人を先頭に男どもが燈火(ともしび)をかかげて二階へ上って見たところが……

――大きさはこれ

――猫より勝る大鼠を

――かの借り来たった傘屋の赤斑(あかぶち)の猫が

――美事、喉元を喰い破って死んだる獲物を――しっかと――踏みしだいて御座った……

……さても……

……かの飼い猫はと申せば……

……かの大鼠に鼻柱(はなばしら)を喰い付かれ……

……最早

……息絶えて御座った。…………

 さても主人一同、大きに歓び、借りて参った赤斑(あかぶち)の猫には厚うに謝礼を添えて傘屋へと返し、飼うて御座ったかの忠義一途の、壮絶なる討ち死を遂げた猫は、これを厚う葬って墓なんどをも建立致いたと申す。……

 かの大鼠の死骸はと申せば……そのままに庭先にて焼き捨てた、とのことで御座る。

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