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2013/11/10

中島敦 南洋日記 十月十一日

        十月十一日(土)

 昨晩、宵は晴たりしも夜半より豪雨あり、今朝も、些か荒れ氣味。スペイン人の神學校を見る豫定なりしも、山向ふにて、片道徒歩一時間半を要するとのことに、之は取止め。福山氏は雨中に網を投じつゝありしも、今日も不成功なりし。此の島の女共三四十人ばかり、退潮のリーフに下り立ち、網を手に、圓形をつくりて魚を圍み、獲りつゝありしも、之も不漁なりしが如し。晝食後、急に南興丸來る。慌てゝ、雨中に乘船。船些か搖る。堀君は、椰子のバスケットに雞を五羽入れて持歸る。蓋し、本日第四艦隊司令官上陸、支廳長官舍に一泊とかにて、そのため、雞、卵、マングロ-ブ蟹の調達を依賴されありしなり。一時、夏島歸着。たかへの手紙を認め、郵便局へ持行きしも、本日飛行機出發せりと。この荒天に出發とは意外なりき。

 夕食後、公學校の松下訓導來訪。

[やぶちゃん注:「マングロ-ブ蟹」十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目ワタリガニ科ノコギリガザミ属 Scylla に属するガザミ類の総称英名“Mangrove crab”の訳語。マングローブ林の根本や砂泥干潟に営巣することから“Mud crab”(泥蟹)とも呼ぶ。甲長一三〇・甲幅二〇〇ミリメートルに達する大型の重要な食用種で、本邦では刺し網・籠漁・夜間照明によるタモ網漁法が一般的であるが、パラオでは槍(ピスカン)を投げて仕留める漁法もある(ウィキの「ノコギリガザミ」に拠る)。

 絵入りの同日附たか宛書簡を以下に示す。

   *

〇十月十一日附(消印トラック郵便局一六・一〇・一、世田谷一六・一〇・二一。南洋群島トラック支廳。東京市世田谷区世田谷一の一二四 中島たか宛。封書。航空便。旧全集「書簡Ⅰ」書簡番号一三四)

 航空便の道順が變つたため、横濱・パラオ間が、今迄二日だつたのが三日かかることになつた。その代り、トラックにゐる者にとつては大變便利になつた譯だ。しかし、今の所、天氣がハツキリしないので、此の手紙も、或ひは、パラオ丸の運んで行く手紙(ヤルートで書いたのや船中で書いたのや)より遲れるかも知れない。本音は、その方が、日日(ヒニチ)の順が合つてて、いいのだが。

[やぶちゃん注:以下の「ゐるんだから。」までは底本では全体が二字下げ。]

○之から毎週水曜日に横濱を(飛行キが)出るらしいぜ。横濱――サイパン――トラック――パラオと來るんだ。トラック支廳あて、僕の所に、航室便をくれないか。十一月三、四日頃迄はトラックにゐるんだから。

 さて十月六日の朝(豫(ヨ)定より一日早く)トラック夏島に上陸してから、ずつと毎日、小雨が降つたり止んだり。

 あてがはれた宿所は、恐ろしい古いボロ家だし、食事は、前の宿屋のを喰べてるんだが、之が又ヒドイ。今迄の一等船客生活からイキナリ、もとのヒドイ生活に逆もどりだ。それに夏島は、人夫等の多い騷々(さうざう)しい街(まち)で大嫌ひだ。だから、なるべく、外(ほか)の島々へ行つてゐようと思つて、昨日、(十月八日)、先づ、冬島へ渡つた。役所の若い人(僕に專屬の世話係)が案内して一緒に泊つてくれた。ボンボン蒸氣で一時間少しで着く。ここは夏島とは打つて變つた靜かなノンビリした島だ。上陸すると、まづ、島の女達が、ヒドク、ていねいおじぎをして「コンニチハ」といふので、面喰(めんくら)つた。擔(かつ)いでゐる荷物を道に下してからちやんと禮をするんだよ。子供も男の成人(おとな)もみんな頭を下げる。この島には交番もないので、公學校の校長さんが島のことは、何でも命令する。島の王樣みたいなものさ。泊るだけは校長の官舍に泊つたが、校長の細君(さいくん)が内地に歸つてゐて、今ゐないので、食事は、あるコプラ業者の家で、する。(内地人は、數へる程しか、島に、ゐない)この家の主人が横濱の人でね、色々、横濱の話が出たが、何しろ、此の人の知つてゐるのは二十五六年前の横濱なんだから、一寸困る。十九の歳(とし)に南洋へ來て、以來ずうつと、内地には歸らないんださうだ。とても、好い人で、雞などをつぶして御馳走して呉れた。夏島などにゐては、とても、雞にはありつけないから、時々かうして、離島へ來る必要がある。實は豚を一匹と思つて探したんだが、適當なのが無かつたんださうだ。(餘り小さいのや、これから仔を生む牝(め)豚は、土人だつて、殺したがらないんだよ。)此の島では、干潮(ヒキシホ)になると、女達が、淺くなつた珊瑚礁の上をジヤブジヤブ歩いて網で魚を取る。腰近く迄水につかるんだが、女達は、フダン着(アツパツパ)の儘で、裾もまくらない。ビシヨ濡(ぬ)れでも平氣なんだ。水から出て、一寸、しぼつて、着たまゝ、乾かして了ふんだ。一體、土人は、濡れることは、氣にしないらしい。雨が降出しても平氣で、ゆつくり出歩いてるからね。夜、七時過、海岸の椰子の木立の下を歩いてると、海の向ふから、黄色い月が出て來た。十七夜ださうだね。中々良い眺だ。暗い土人の家の中からギターの音がひびいて來る。土人は實(じつ)に音樂が好きだね。

 今朝(十月九日)起きて見ると、官舍の庭に、山鳩が來てゐた。胸の白い、背中の赤黒い、トテモ綺麗な鳩だ。ここの家は、丘の上にあるので、眺が非常に良い。パンの木やクロトンにかこまれた庭も、中々良い。こんな靜かな島で島の王樣として、暮すのも、いいやうな氣がする。内地で志を得ずに、悶々(モンモン)としてゐるよりは。

 うちの用事は何でも全部、公學校の生徒がして呉れるし、食物だつて、村の者が、みんな屆けるし、羨ましいみたいだよ。しかし、その代りには、病人でも出來たら、賢者代りも、つとめなければならないんだ。

 朝九時頃、帆船(ヨット)に乘つて、夏島に歸つた。ボンボン蒸氣より遙かに、氣持がいい。レモンをウントコサおみやげに貰つたが、砂糖はなし、レモン水にも出來ず、人にやつて了つた。もつたいない話さ。土人はね、椰子の葉一枚で、見てる間にバスケットを作る。そのバスケットに三つもレモンを貰つたんだよ。

 今夜は、ウルサイ夏島で泊るが、明日は、秋島に渡ることになつてゐる。明晩は秋島泊り。

△同封の花は、ヒビスカス亂れ咲。

Kuroton
 葉は、クロトンといふ木の葉。これは、こんな葉の見本だけでは判らないが、實に美しいもので、ヒビスカスなんぞより遙かに高級だ。葉の一本一本の長さが一尺ばかり。同じ一本の木で、葉の色が、赤、黄、綠、紫、黑、と種々な色になつてゐる。この繪はマヅイが、獅子の冠毛のやうになつて色の違つた葉つパのむらがつてゐるのは、キレイだ。高さは人の丈(タケ)ぐらゐ。ぎつしり、下迄、葉がついてゐるんだ。

 十月十日……]朝、又、僕の案内役(堀君といふ)につれられ、ボンボン蒸氣で、秋島へ渡る。冬島よりも少し、内地人が多いと見え、ここには公學校のホカに、國民學校もある。しかし、教室は一つしかなく、一年から六年迄同じ教室で一人の先生(それ校長一人しかゐないんだ)に習ふんだ。公學校の方も一教室で、又、校長しかゐないが、之には、教員補といふ島民の助教師がついてゐる。宿は公學校長の所を借り、食事は、國民學校長の家で喰べた。博多(ハカタ)名物の、(雞の)水炊(ミヅタキ)で、大變、うまかつた。離島へ來ると、必ず雞が喰へるのは有難い。パラオなどでは思ひも及ばぬことだ。公學校長の家で使つてゐるボーイ(島民で、公學校の生徒を使ふんだ)は顏立もチヤンとしてゐるし、授業參觀の時に見てゐると、實によく、出來る。成績は拔群(バツグン)なんださうだ。それによく働く子で、飯炊き、オミオツケを作ることでも、上手なんだ。中々良い子だと思つたから、呼んで、色々話をして見た。面白かつたよ。内地のことなど話してやると、目を輝やかして聞いてゐる。名前は、シュウベル(シュウベルトぢやないぜ)といふんだ。氣に入つたから、講談社の繪本でも買つてやらうと思つたが、何しろ、ここは太平洋のたゞ中で五百里四方、何處を探しても本屋なんか無い。(パラオへ行けば別だが)迄行かなければないんだ)パラオへ歸つたら送つてやらうと思ふ。

 十月十一日。昨夜はいい星がよく見えたのに、夜中から荒れ氣味で、今朝もまだ降つてゐる。それに道も惡いので、元來、今日は、同じ秋島の山向ふの、スペイン人のやつてゐる神(しん)學校を見に行く筈だつたのだが、止めにした。又、改めて出直すことにして、雨の中を夏島に歸つた。今ボロ家に歸つた所。午後一時。

 秋島の國民學校長の家に三つの女の子がゐて、「シロヂに赤く」の歌をうたつてゐた。ノチャボンはまだ、ロクに何もしやべれないんだらうな! ノチヤ助は可愛いが、可哀想とは思はない。お前と桓とには、今迄何もしてやれなかつたことを考へると、可哀想で可哀想で、たまらぬ。

○おぢいちやんのおつとめは無理なやうぢやないかい? よく氣をつけて上げとくれ。

◎桓の學校の樣子はどうだい? 成績なんかのことぢやない。友達でもできて、樂しく、やつてるかい?

○タカはハリバをのむことを忘れるな。ワザと忘れてゐるに違ひない。

   *

太字は傍点「ヽ」、太字斜体は傍点「〇」。

「ハリバ」ハリバ肝油。カレイ目カレイ科オヒョウ属オヒョウ Hippoglossus(ハリバは英名“Halibut”の音訳)類の肝臓から採取された肝油。ビタミンA及びビタミンDが多く含む。

……なお、敦のクロトンの絵はあまりにイタマシイので、美しいグーグル画像検索「Crotonをリンクしておく。ずっと下の方を見てゆくと敦が示したような葉のタイプのものも見つかる。]

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