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2013/11/15

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第九章 大学の仕事 4 お雇車夫と女中(車夫の妻)/中国人の靴屋/内国博覧会の浮彫細工

 屋敷にある私の家では、私が月ぎめでやとった人力車夫が、私のために用達をし、私のいいつけで、理解出来ることなら、何でもよろこんでやる。別の車夫の神さんが――この女は忠義で正直だが、どっちかというと美人ではなく、黒い歯をしている。これは括婿した療人が行う、実に気味の悪い醜化作用で、我々が歯を白くしようとするのと同じく、わざわざ苦心して、ある種の染料で歯を黒くする――一ケ月三ドルという素晴しい金額で、毎晩やって来ては、私のタオルを洗ったり、靴を磨いたり、その他部屋女中の役目をつとめる。私は家全体を占領しているので、隅から隅まで、物をちらかしておくことが出来る。車夫のお神さんに、机の上の物でも、床の上の物でも、断じてさわってはならぬと厳重にいい渡してあるので、彼女はそれを遵奉する。晩になると、いささか淋しいが、私は沢山書き物をするので、暇さえあればペンを持っている。

M222_2


図―222

 

 図222は、私の靴を修繕している支那人の靴屋である。東京及び横浜で、彼等は各種の職業を求めて、仕事を沢山持っているが、就中、洋服屋と靴屋としては、大いに成功している。彼等の中には、非常に上手な写真屋もいる。洗濯屋はいう迄もない。私はすでに洋服一着と、頑丈な靴一足とを支那人達につくらせたが、値段は米国に於るよりも大分やすい。


M223_2

図―223

 

 今日の午後、私はまた産業博覧会へ行った。今度は、博覧会の会長に宛てて、私に写生を許可することを依頼する、大学綜理の手紙を持って行ったのであるが、建物を写生することは許されても、出品物を写生するためには、各出品人の許可を得なくてはならぬという次第である。加藤さんは私のために、出品者に示すべき手紙を手に入れようと努力しておられるが、それ迄の間にも、私はもう数枚写生をしようとした。然し役人達が邪魔をしたり(疑もなく、命令に従ってであろうが)、見物人がスケッチを見ようとして集って来たりして、うるさくて仕方がないから、とうとう絶望して会場を立ち去った。私が会場にいた最後の一時間は、役人の一人が最も無関心な態度で、その実、私が一枚も写生をしないということを見届ける気で、私を尾行した。私はこれは面白いぞと思ったから、あちらこちらの隅々を出たり入ったり、一つの建物から別のに移ったり何かして、さんざん彼を引きまわしてやった。こんな真似をしながらも、私は若干の写生をすることが出来たが、その中の一つは、前から非常に写生したかった、壁にかける美しい板なのである。それは一種の濃紅に塗った簡単な額縁に入っていて、木理(もくめ)をこすり出した虫喰いの杉板四枚に、漆で朝顔その他の植物をあらわし、終りに近い月は磨いた真鍮で、葉は暗色の青銅で、朝顔の花は白と青の釉薬をかけた陶器で出来ている(図223)。これはすべて盛上(もりあげ)細工である。葉の端が摩れ損じてギザギザになっている、このような模様を製作するということは、我々には一寸思いつかぬことであろう。日本人はこれをよろこぶらしく、そしてこれは確かに美麗で、人の心を引きつけた。

[やぶちゃん注:「産業博覧会」明治一〇(一八七七)年に上野公園で開催された政府主催の第一回内国勧業博覧会。既注したが再注しておく。既に見たようにモースは八月二十一日の同開会式に出席後、その後の再訪でそこに出品された工芸品にいたく感動し、磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」によれば、『帰国するまでに少なくとも八回訪れ』ているとある。これは同書の注記から本「第九章 大学の仕事」後文で『博覧会が開かれてから、私は都合七回見に行き、毎回僅かではあるが、写生をして来ることが出来た』とあるのに加えて、次の「第十章 大森に於る古代の陶器と貝塚」の終わりの方で、モースが一時帰国をする送別会が行われ、その晩餐後に『一同で展覧会へ行った』という一回を加えているものと思われる。それにしてもモース先生、不愉快な尾行を困らせた上にちゃっかりこっそりスケッチも認めるところなんざ、なかなかにお茶目なんだから!

「加藤さん」先に出た京大学法文理三学部綜理加藤弘之。

「盛上細工」原文“relief”。

「終りに近い月」底本では直下に『〔三日月〕』と石川氏の割注が入る。やや形がおかしいが図左手上の楕円形のものがそれであろう。]

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