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2013/12/02

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十章 大森に於る古代の陶器と貝塚 9 東京運動倶楽部運動会

M256
図―256

 土曜日の午後東京運動倶楽部(クラブ)の秋季会合があった。これは殆ど全部が英国公使館員である所の英国人から成立している。横浜からも、その地の運動倶楽部を代表して数名やって来た。競技は帝国海軍学校の近くの広い練兵場で行われたが、これは広々した平坦な原で、そこに立った時私は、どうしても米国にいて野球の始るのを見ようとするのだとしか思えなかった。この日は、日本の秋の日は毎日美しいが、殊に美しい日であった。競技者は六、七十名いて、数名の日本人も混り、天幕には少数の婦人方が見えた。それは実に故郷にいるようで、且つ自然であったが、一度周囲を見廻し、全部が日本人で、無帽で、小さな子供や、婦人が赤坊を背負った、大小いろいろな群衆が、繩を境に密集しているのを見た時、この幻想は即座に消え去った。彼等はべチャクチャ喋舌ったの何の! 道路に添う煉瓦の上には日本人がズラリと並び(図256)、見たところは徹頭徹尾我国とは違っていたが、而も人間が持つ万国共通の好奇心――これは人類の最も近い親類である所の猿も持っている――をまざまざと見せていた。海軍学校に属する日本人の軍楽隊が音楽を奏したが、非常に上手にやった。雑糅曲(メドレー)の中に、「ヤンキー・ドードル」や「朝までは家へ帰らぬ」の曲節があったのは、故郷を思い出させた。運動には徒歩競走、障碍競走、跳躍(ジャンプ)、鉄槌(ハンマー)投、二人三脚その他があった。私にとっては、これはいい休息になり、最も面白かった。

[やぶちゃん注:「帝国海軍学校」恐らく築地にあった海軍兵学校のことである。旧海軍伝習所は横浜・築地と移転し、この前年明治九(一八七六)年に海軍兵学校と改称していた。後の明治二一(一八八八)年に江田島に移転した。

『「ヤンキー・ドードル」や「朝までは家へ帰らぬ」』原文“"Yankee Doodle" and "We won't go home till morning,"”。直下に石川氏の割注『〔いずれも米国の流行歌〕』が入る。後者は蓄音機で聴ける。]

 

 ヤシキへ帰るのに、ドクタア・マレーは二頭立の馬車に乗り、私は人力車に乗った。馬は勢よく速歩したが、私の車夫もやすやすと同じ速度で走り、距離が五マイルに近いのにもかかわらず、いささかも疲れた様子を見せなかった。これ等の人人の耐久力は、外国人にとっては常に興味ある問題である。馬車の後をついて行く間に、私は馬車とその乗り手とが、どれ程新奇なものであるかを理解する機会を持つことが出来た。誰でも必ず振り向いて、それを凝視したからである。馬車の去った後で私は、小さな女の子が二人、完全に真似をして頸をすこし横に動かし、彼等が見た英国の婦人の態度そのままに、お辞儀し合うのを見た。また先日、私が人力車で走り過ぎた時、一人の女が唇をとがらせて、シガーを吸う動作をするのを見た。もっとも私はこの時喫煙していはしなかったが……。

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