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2013/12/10

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十章 大森に於る古代の陶器と貝塚 19 昔の大名屋敷の外観

M276
図―276

 道路に面する大学と直角に、古い大名の住居、即ちヤシキへの入口がある。この建物は非常に古く、破風(はふ)や、どっしりと瓦をのせた屋根や、大きな屋の棟や、岩畳(がんじょう)な入口は、かかる荘厳な住宅建築の典型的のものである。屋根の上の建造物は、換気通風の目的で後からくっつけたのである。ここは今は学校に使用されている(図276)。
[やぶちゃん注:嘉永年間の(一八四八年~一八五三年)尾張屋(金鱗堂)板江戸切絵図を見ると、当時の法理文三学部の校舎のあった場所(現在の学士会館辺り)は板倉主計頭屋敷跡で、その道を挟んだ西側には当時は東京外国語学校(現在は共立女子大学構内であるが同大学の同地移転は後の明治二〇(一八八七)年のこと)があったことが磯野先生の「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」の一〇九頁の図から分かる。これがモースの「学校」という表現にマッチするが、残念ながら切絵図ではこの場所は「三番御火除地」となっていて武家屋敷ではない(その西奥には「蕃所調所」があったが、これは「古い大名のヤシキ」には相当しない)。同所の道を隔てた北側は広大な榊原式部大輔屋敷が、また、同所北東の角を挟んだ対角線位置には牧野讃岐守の屋敷がある。この「直角に」(原文“At right angles”)という表現からは牧野讃岐守屋敷跡と考えるのが自然である。位置的に道を挟んで東京外国語学校の校舎がここにもあったとしても不自然なではない。因みに現在同所は西半分が共立女子、東部分が出版社小学館が建つ。]

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