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2013/12/01

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 4 休暇の始まり

 

4 休暇の始まり

(前のシークエンスの最後をダブらせておく)

〇それを見送る将軍。(肩から上のアップ)

何度か軽く首を縦に振りながら、ずっと彼の去った方を見ている。

左やや上方を見つめ、表情が何か少し淋しそうに少し固く、そして真剣になる。

主題音楽がかかって。F・O・。

 

□4 走るジープ(主題音楽はそのまま流れ続けて)

〇ジープ荷台から(進行方向へ)

平原の中の埃っぽい道。中央は車のために開かれている。左奥の遠景に森。運転手とその右手の助手席に座るアリョーシャ。

アリョーシャはかなり落ち着かない感じで左右をきょろきょろとしている。

進行方向の道の両側には、反対に徒歩で行軍して来る兵士の列。それぞれの小隊ごとに切れ目を持って長く長く続いている。兵士たちの足はやや重みを感じさせながらも、確かなゆるぎないしっかりとした歩調である。

少年のようにそわそわとするアリョーシャの後ろ姿は、思いがけない休暇の浮き立つ気持ちの表現である同時に、その左右に展開する戦場へと向かう、則ち、死と対峙しに歩む同志たちへの内心忸怩たる思いの表現であろう。

実際のジープの荷台に固定したカメラで撮られているが、相当、揺れが激しい。

 

〇ジープ荷台から(後ろ方向へ)

過ぎ行く埃舞い立つ道を行く左右の行軍する兵士たちの後ろ姿。

それがジープが過ぎた直後のところから、画面の左手(前の進行方向で右にいた兵士の列)の兵士たちが道の中央にすぐ寄ってゆき、右手の兵士列と少しだけ間を開けて道中央を並んで歩いて行く。それもジープの立てる砂塵に煙っている。

画面の中央上から右上部かけてスモークのようなものがあり、私はずっとこれを彼等がこれから向かう戦場の硝煙のように思っていたのだが、今回、よく見て見ると、これは一見、カメラ・レンズの汚れのようなものであることが分かった。但し、もしかすると編集の際に、私が感じたような効果を与えるために、撮影後のフィルムに施した効果であるのかも知れない。

 

□5 三叉路

カメラはジープの行く進行方向の主道から右手へ折れる道(これをアリョーシャの乗ったジープは折れる)の方からの、かなり高い位置(クレーン・アップ)にある。

右手(主道の進行方向)からかなり強い砂塵が吹き抜けている。

この支道の手前のところで旗を持った交通整理をする若い女性兵士が立っている。

すぐに右手(主道の進行方向)から戦車が進行しきて、女性兵士は戦車を優先させるためにアリョーシャの乗るジープを停止させようと旗を振るが、ジープは無視して速力を維持して、戦車の前をすり抜け、運転手はちょっと「すまんな!」という感じで左手を挙げ、カメラ手前の支道へとアウトする。

女性兵士はジープの去った方に左手の拳を挙げて揮い、可愛い感じの怒りを表わす。

最後の部分で戦車のキャタピラの音を高めて、その背後でずっと流れていた主題音楽をずらしてダブらせて次へ繋げている。

 

□6 川

〇渡渉(近景A)

川(それほど川幅は広くはない)。右手奥に進行方向へ向かう道。

浅い場所を渡河(水深は深い所で一メートル程度)しようとしたアリョーシャの乗ったジープが、途中で車輪を川床にとられてエンコしてしまっている。行軍の一隊の四人の兵士たちが助けて押している。アリョーシャも降りて助手席の脇で押している。その左右にこちらへと渡渉する兵士の列があり、左手一番奥(渡河の斜度から川上である)にやはりこちらへ向かう戦車隊の列(画面上で四台を視認出来る)がある。左遠景に広がる丘とその上の雲を浮かべた空が美しい。

助けている兵士の一人「おい! 同志たち! 俺たちに手を貸してくれ!」

左手を渡渉している何人もの兵士たちが寄ってきて、川中のジープを押す。

兵士たち「ウラー(突撃)! 押せ! それ!」

 

〇渡渉(中景B)

川上の離れた手前の岸の堤上から。

アリョーシャらのジープは画面右上にあり、皆が懸命に押している。その上下に渡渉する兵士の列があり、カメラの一番前のところを戦車二台、駆動音を高まらせて(ここでバックの音楽が消える)勢いよく排気煙を吹き上げながら、軽々と渡河して行く。

ジープを押す兵士たちの掛け声が被る。

 

〇渡渉(近景A)

ジープが動き出す。押している兵士は最初の四人のみ。

押していた兵士たちがアリョーシャに声を掛けながら隊列へと戻り始める。

兵士「元気でな!」

アリョーシャ「ありがとう! 同志たち!」

アリョーシャ、一人の兵士と握手する。

兵士「よい旅を!」

アリョーシャ「とっても、ありがとう!」

手を振って、向こう岸に向かっているジープに走って行くアリョーシャ。

セルゲイ「待ってくれ!」

画面右手から声の主の兵士がイン、場所は手前の岸近くの川の中。

 

〇川の向こう岸の岸辺(ジープの進行方向から)

右手前に反対側の岸辺の川の中に立つアリョーシャ。

左奥から兵士が川を駆け渡ってくる。

右手奥向こう岸の堤を乗り越えて行く一台と堤を右手に進行してゆく二台の戦車が、左手の堤の上には軍用トラックが停車していて、荷台に数人が乗り込みつつある。

セルゲイ「おうい! 兵隊さんよ! ちょっと待ってくれ!」

手前に向かって川を走り渡って来る精悍な兵士セルゲイ(アリョーシャよりは十歳ぐらいは上に見える)。

この直前、オフで、アリョーシャを呼ぶ声。

運転手「早く! 間に合わないぞ!」(推測。日本語・英語・ロシア語字幕になし)

振り返るアリョーシャ、焦った顔。

セルゲイ「やあ! 君は休暇をとる途中かい?」

アリョーシャ「そうですが……」

セルゲイ「ゲオルギエフスクへ?」

アリョーシャ「ええ、通りますよ……」

セルゲイ「俺の家(うち)はウズロヴァヤなんだ! 俺のために妻に逢ってくれ!」

セルゲイ、右胸から紙(軍事郵便かなにかの宛名を書いた封筒か何かか)を出そうとする。

[やぶちゃん注:「ウズロヴァヤ」(Узлова́я)はゲオルギエフスクの北北西1070キロメートルも離れたここ(グーグル・マップ・データ)である。]

 

〇川の向こう岸の岸辺(ジープの進行方向へ向って)

右にこちらを向いたアリョーシャ、左に背を向けたセルゲイ、二人のバスト・ショット。

アリョーシャ「出来ることからやってあげたいけど……今は時間が押しちゃってるし……」

セルゲイ「どのみち、ウズロヴァヤで列車の乗り換えの時間があるじゃないか。チェーホフ通りさ! 駅近くのブロックなんだ。」

と、住所のメモ部分を切り放して、アリョーシャの方に差し出す。

セルゲイ「さあ! ここだ、頼むよ、友よ!」

アリョーシャ、観念して(ここでやり取りする時間も惜しいしということでもあろうが、何より彼の母以外の人への誠実さが初めて現われるシーンでもある)、

アリョーシャ「……分った! やろう!……で彼女にはなんて?」

セルゲイ「リーザ――俺の妻の名だ――に伝えてくれ!……セルゲイは、そうさ、元気にしてるってな!……」

[やぶちゃん注:現在のウズロヴァヤ駅(グーグル・マップ・データ)はここで、如何にもありそうな通り名であるが(ロシアでは有名人の名を通りの名とすることは盛んに行われている)、発見出来なかった。]

 

〇川中(あおりのショットで、画面右にアリョーシャの腰から上)

仲間の兵士1「こいつはリーザにぞっこんでな!――昼も夜も彼女のことを夢に見てるんだぜって伝えてやんな!」

仲間の兵士2「セルゲイ! こりゃあ、彼女に何か贈り物をプレゼントしなけりゃなるめえよ!」

仲間の兵士1「……しかし……ここにあるものは皆、軍隊さんのもので……何にも贈り物にするようなものはありゃしねえよ!……」

皆、大笑い。

セルゲイも両手を開いて何もないという仕草をして快活に笑う。(この部分、兵士たちの銃剣が空を右上方向にそれぞれ区切っていて印象的である)

そこに、対岸から、曹長がやってくる。

曹長「お前たち! そこで何をしてる?!」

と誰何されて、兵士たちが振り返る。すかさず、仲間の兵士2を先頭に曹長の方へ走り寄る。(ここでカメラは少し進んで、右のアリョーシャは右にオフとなり、右に半分には振り返ったセルゲイの左後姿となる)

仲間の兵士2「やあ! 曹長! セルゲイの奴に一つ、石鹸の一塊り、恵んでやって下せえ! そうするとセルゲイはそれをお嬶さんへの贈り物に出来るというわけでさ!」

曹長「彼に割り当てられている一個の八分の一ならやれるがな。……」

仲間の兵士1「吝嗇臭え! 一個まるごとやっておくない!」

曹長「いいか! 小隊にはな! いまいましいことに総て! 石鹸は二個しか支給されてないんだ!」

仲間の兵士1「いいじゃあねえか! それを丸々一個、奴にやりましょうよ!」

曹長「それは規律に反する!」

 

〇川中のアリョーシャとセルゲイ(正面からのバスト・ショット)

笑って以上の会話を笑って見ていた左のセルゲイが、右の困った顔のアリョーシャと顔を見合わせ苦笑いする。アリョーシャには時間を浪費している焦燥感表情がありありと見てとれる。

仲間の兵士2(オフで)「思いやりってもんでしょが! ねぇ! 曹長さん!」

 

〇隊士に囲まれた川中の曹長(水面上からのあおり)

口々に曹長を責める隊士たち(右に三人、左に兵士1。間に彼方の白い雲)。

曹長、困惑の表情で俯くと、

仲間の兵士1「……何卒(なにとぞ)!!」

一瞬の間をおいて。曹長、意を決して、右端の兵士4(アリョーシャと変わらない若い少年兵である)が小隊用石鹸の荷担担当であったらしく、右手をさっと挙げて人差し指を立てて振り下ろしつつ。

曹長「……そいつ開けろ!」

と命ずる。

仲間の兵士3(如何にも嬉しそうに)「彼女はきっと間違いなく喜ぶね!」

仲間の兵士2(ニコニコしながら)「石鹸は今や『高級品』(デリカシィ)だからね!」

仲間の兵士4(隊の石鹸がなくなるのがちょっと不満そうに)「いや! 『不足品』(デフィシィト)だね! あんた、アホか!」

なかまの兵士2(満面の笑みで)「これで彼の彼女もお幸せで、万時、夫婦円満というわけさ!」

少年兵らしい兵士4もそれを聴いて少し唇を和ませる。

曹長は憮然として、兵士4の背嚢から石鹸(十五センチ角で厚さ五センチほど)一個を取り出し、画面左の兵士1の右手に、「ヤー!」と言ってポン! と渡す。その右手が一回上に消えてカメラの直近で振り下ろされ、カメラ直前の右手から突き出た出た別な兵士の右手にポン! と渡って、手は右にオフする。

 

〇川中のアリョーシャとセルゲイ(正面からのバスト・ショット)

笑うセルゲイ。同じくほっとして笑うアリョーシャに仲間の兵士5(右手でオフ)から石鹸が右手から渡される。

仲間の兵士(オフで)「もう一個!」

 

〇隊士に囲まれた川中の曹長(水面上からのあおり)

別な仲間の兵士(オフで)「その通り!」

日焼けしたこれまた精悍な仲間の兵士5が兵士4の前に右からインしてきて、腰に手を当てて曹長に対峙し、

仲間の兵士5「この際だ!」

仲間の兵士ら(複数)「頼みますよ! 曹長さん!」

曹長、最後のもう一個を挙げて、小隊の連中に呆れかえって、

曹長「お前たちが向後、体を洗いたいと望んでも不平は言えんのだぞ、これが本当に最後の最後なんだからな!」

と、兵士5に叩きつけるように二個目の石鹸を手渡し、唇を尖らす。

曹長、憮然としてセルゲイの方を見ている。

少年兵4、石鹸が全くなくなったことを惜しむ表情をする。

曹長「全く以って話にならん!」

 

〇川中(主題音楽が再びここからかかる)

立ち位置が変化している。右端にアリョーシャ、左端にセルゲイ、中央向こうにセルゲイを憮然とした表情でにらんでいる曹長、その右手で兵士5がアリョーシャに渡している先に渡した石鹸に二個目を加えて油紙のようなものに包んでいる。

兵士5が包み終えたそれをアリョーシャに渡す。

ここで曹長はアリョーシャを見る。

アリョーシャ、やっと足踏みから解放されて笑顔を満面に浮べ(それを主題音楽の高まりがサポートする)、画面を横切って左にオフする。みんなが、去るアリョーシャを笑顔――それはどこか羨ましそうな影を伴っている――で見送る。憮然とした表情の曹長は、この時、セルゲイの後ろにゆっくりと移動する。

 

〇川中から向こう岸へ

向こう岸で待っているジープに向かって水をはじかせて走ってゆくアリョーシャ。

セルゲイ(オフで)「チェホフ通り七番地だ!」

 

〇川中

見送るかの小隊の人々。セルゲイの左には、さっきの曹長がやはりアリョーシャの休暇の無事を羨望ともに祈るように立って凝っと見送っている(こういう優しい細かな演出がチュフライの魅力である)。

アリョーシャ(オフで)「確かに! 了解した!!」

最後まで左手に持った帽子を高く掲げて振っているセルゲイ。(F・O・)

 

□7 まばらな林を抜ける街道

砂煙を立てて疾走するジープ(右手前から左奥へ)、このスピードと主題音楽が予定の列車の発車が間近であることを暗示させる。

 

□8 石畳で舗装された線路近くの道

右手からカーブして左手前に回り込んできて、舗装されていない道に直ぐ入る。とそこの下を貨物列車が左下から右奥へと比較的ゆっくりと走って行く。その非舗装の部分の下がトンネルとなっていることが分かる。

 

□9 線路脇の道

右手に線路(やや8との位置の上での編集がうまくない)。貨車がゆっくりと行く。その脇に電信柱、中央から左手奥に伸びる道。

貨車が画面から消えた頃に奥から疾走してくるアリョーシャの乗るジープ。相当に荒っぽい運転で、この貨車にアリョーシャは乗らないといけないことを観客に自然知らせる。

案の定、途中から、走行している助手席のアリョーシャが中腰になって飛び降りるような姿勢をとる。

急ブレーキをかけたジープから、運転席の背後に足を掛けて向こう側(線路側)に飛び下りたアリョーシャは線路へ駆けあがって、貨物列車と並走、最後尾のタラップに両手を掛けて、勢いをつけて飛び乗る。

タラップからジープの運転手の方に左手を大きく振って別れを告げるアリョーシャ(右へそれが消える直前にカット。直後に丁度、音楽も切のいい箇所で終るように編集されている)。

線路脇からの煽り。貨物列車(蒸気機関車。運転士が映る)が左からインして右奥へ走ってアリョーシャの載った最後尾貨車が映る前にF・O・(機関室から人物が一瞬、顔を出すのは、OKかどうかが心配だったからか? スタッフではなくて実際の機関助手が気になってつい覗いてしまったものであろう)。

 

■やぶちゃんの評釈

 休暇の始まりである。本シーンは時間的には前場面の直後で設定から考えると午前中の早い時刻と思われるが――先の司令部壕のシーンを戦車二台を迫撃した翌日早朝と私は見ている――但し、この冒頭部の撮影自体は人の影の長い伸び方から見ると午後の遅い時間かと思われる(これだけの隊列など各種セッティングから考えても早朝の撮影は望めない)。

 冒頭でアリョーシャが向かう道の中央は彼が乗るジープのために十分に開かれているが、これが休暇の始まりとしてのアリョーシャの開放的心境をよく暗示させているといえる。この最初のジープに乗るアリョーシャを背後から撮ったそれは、立った左右のフロント枠が画面の上部凡そ半分に『カメラの中にあるカメラの左右二つのフレーム』のような擬似的モンタージュの効果をアクセントとして与えていて、戦時下の従軍の雰囲気をマルチ・カメラで撮ったかのような、極めて印象的な映像であると私は思っている。

 次の切り返したジープの後ろの映像では、ジープ本体はフレームにインしておらず、しかも、ここでは前のシーンに比してスピードがはるかに落ちていて、ブレもなく、前ショットのジープ荷台からの映像ではないことが分かる。これは前の実際のジープ荷台では揺れが激し過ぎることから、カメラを撮影専用トラックに移した撮影であろうと思われるが、何より、左の兵士たちが道の中央に寄ることで、アリョーシャが〈戦場という日常、則ち、褻(け:戦争中は戦場は「日常」である)」の時空間〉から隔てられ、映画的な特異空間としての〈戦時下の特別休暇という非日常、則ち、嘘のような晴れの世界〉へと誘(いざな)われて行く休暇の始まりをも意味しているように思われる。そのモンタージュのためにも、画面は安定している必要があったのだと私は思うのである。

 なお、このシーンの私が指摘した右手上の曇りが、単にカメラ・レンズの汚れであったとしたら……これはもう映画のドウェンデとしか言いようがないほど素晴らしいことではないか!

 5の三叉路シーンであるが、何故か本映画のスチールにはこのシーンを掲げたものが意外に多いように思われる。このことを昔から奇異に思っていたが、これは戦車と若き女性兵士の組み合わせがフロイト的な象徴をくすぐり、集客効果を高めるとでも思ったものであろうか?

 6の川のシークエンスは本話でも非常に重要なエピソードの伏線となるもので、兵士セルゲイの純朴さや小隊仲間の優しさが胸を打つ、極めて忘れ難く印象的なものとして描かれていて、如何にも見え透いた伏線ながら、不自然さが殆んど感じられない。こういう部分がチュフライの演出の魔術の一つであると言える。なお、セルゲイは、最初のジープの救助の押しの際に参加した兵の一人であるかもしれないし、無関係なのかも知れない。アリョーシャが結局、依頼を受け入れるところからは、最初に多くの兵が押した中の一人と解釈する方が自然ではあるが、そうするとセルゲイ役の俳優の衣裳はもっと川水や泥に濡れ汚れてしまっていなくてはいけないはずだから、私は実際の撮影では少なくとも彼は押した兵士の中には含まれていなかったものと考えている。この後の展開から見ると、この一隊は渡渉したその岸で小休止をとっていたものと考えないとおかしい(事実、向こう岸に動かない一団が見える)。だから戻ってくることが出来もしたのだし、また、セルゲイの後を追って何人もの同小隊の仲間や、曹長(小隊長の下)までもが追い駈けてくることが出来たのである。

 また、

 仲間の兵士2「石鹸は今や『高級品』(デリカシィ)だからね!」

 仲間の兵士4「いや! 『不足品』(デフィシィト)だね! あんた、アホか!」

という部分の訳は私のオリジナルである。この

деликатный”(英語“delicacy”)

дефицит”(英語“deficit”)

に掛けた部分は、英文字幕の綴りとロシア語の発音から気づき、こうした訳を捻り出してみた。大方の御批判を俟つものである。

 本パートの最後の部分であるが、ここは、ジープやアリョーシャの動きのやや不自然な印象から、私はチュフライは少しだけ低速度撮影を行っているように感じている。則ち、スピード感を出すため以上に、アリョーシャ役のウラジミール・イワショフが貨車に飛び乗るという部分(ここはスタントを使っているとは思われない)での安全性を考えて貨車のスピードを落とさざるを得なかったからではないかと私は考えている。

 以下、文学シナリオを見てみよう。かなり異なっていることが一目瞭然である。

   《引用開始》

 前線からの道路をトラックが疾走している。その運転台に運転手と並んでアレクセイ・スクヴォルツォフが座っている。

 運転手は陽気に頭を動かしている。

 ――二日間家にいられるなんて!……。誰に話したって信ずるものか。途中を節約すれば三日間に延ばすことだってできる……そうだろう。

 ――汽車に間に合えばよいが。

 微笑しながらアレクセイが話す。

 運転手は、自由にしている片手で安心させる仕草する。

 ――時計のようなものだ……!

 彼は話しながら、警笛を鳴らす。

 前線へ向かう歩兵部隊が彼等に道をゆずって、道端へ避ける。

 ――多分、〈彼女〉にかけ寄ることだろう!

 運転手は続ける。

 ――誰にだって。

 ――誰か、分かってるじゃないか!

 運転手は笑って目配せした。

 ――恋人が待ってるだろう!

 ――いや、私には恋人はない。

 アレクセイは狼狽して言った。

 ――ふうん、そうかい!

 運転手は驚いて、アレクセイを見た。

 ――誰に会いに行くんだ。

 ――-お母さんだ。

 ――お母さん、それは勿論だ。だが、恋人がいないなんて?!

 運転手はちぢれ毛の頭をひねった。

 ――ああ、俺にもこんな幸運があればいいな。今頃は、トラクター・ステーションにいて……。そこには俺のグルニャ-シャという連結係の娘がいる……! お前の専門はなんだね。

 ――何にもない……。私は学校にいた。そして、すぐ戦場だ。

 ――するとお前はどういう人間なんだ、一体。

 運転手は冗談を言った。

 ――娘っ子もいない。職業もない。そして恐らく、ウオッカも飲まないだろう。

 ――何故ですか……。

 アレクセイは、不審に思って尋ねた。

 ――私は飲まないと顔に書いてある。

 運転手は、面倒臭そうに言った。

 ――だから休暇が貰えたのだろう……俺が休暇を貰ったら、きっと三日間飲み続けだ。

 沼沢地を埋立道路が通っている。埋立道路の一方から自動車が入ってくると、別の方から重牽引車の縦隊の先項が入って来る。両方がすれ違うことは出来ない。重牽引車から手を振っている人が、何か叫んでいる。運転手は頑固に頭を横に振った。

 ――ちょっと持て。証明書をよこせ。

アレクセイの休暇証明書を取ると、運転手は自動車から飛び出し、それを振り回しながら、牽引車の方へかけて行った。アレクセイは、自動車の中に残された。彼は、運転手が先頭の牽引車によじ登り、アレクセイを指しながら何かを説明しているのを見ていた。しばらくして、運転手は地上に飛び降り、自動車に走って戻って来た。

 するとが〈奇跡〉が起った。重牽引車は警笛を鳴らしながら後退し、トラックに道を空けた。

 ――当たり前だ! この証明書なら飛行機で飛ぶこともできる!

 運転手は車を動かしながら朗らかに言った。

   《引用中断》

  運転手との会話は総て本編ではカットされている。このやりとりはアリョーシャという青年の初(うぶ)な性格を非常に分かり易く『説明』はしている。これによって主人公アリョーシャの無垢性を観客はより形成し易くはする。しかし、やはりこれは小説的であって、映画では冗長で、時に言わずもがなの退屈さを覚えてしまうに違いない。

 確かにここでは、この運転手が驚くべき休暇を手に入れたアリョーシャを何とか予定の列車に乗せようと一生懸命になってやろうと思う感じが、『説明的に』腑に落ちるのだが、しかし完成作のようにただ疾走するジープによって、それは実は映画的は十全に理解出来るのである。

 そもそもシナリオのままでは、アリョーシャに助力する男の物語(これは続くシナリオ部でも明らかである)となって、アリョーシャは受け身のそれとして舞台の奥に下がってしまうのである。本作はあくまでアリョーシャの心の鏡を通した物語でなくてはならない。

 だが、それでは少し運転手の苦労が報われないと思われる向きもあろう。それを補填するのが実はあの三叉路の女性兵士のシーンではなかったか? あそこで運転手がさっと手を挙げて「悪いな!」と抜けてゆき、女性兵士が左手で怒りの拳を挙げるのは、実はこの運転手と彼女が知り合いであることを私は暗示しているように思われる、とすれば――この女性兵士は――この文学シナリオに運転手の回想の台詞のみに登場する「トラクター・ステーション」の「グルニャ-シャという連結係の娘」のオマージュなのではなかったか――と私は勝手に思い込んでいるのである……。

   《引用再開》

 前線間近の破壊された駅。数台の貨車が停車しており、その中から兵隊達が長細い箱を降ろしている。数人が湯わかし器のところで、水を飲み、顔を洗っている。

 ここへ、自動車が走り込んで来る。自動車から飛び降りたアレクセイと運転手は、プラットフォームヘ駆けて行く。

 汽車はいない。

 ――おっさん、汽車はどこにいるんだい。

 そばを通りすぎる初老の鉄道員に運転手は尋ねた。

 鉄道員は立ちどまり、冷淡に二人を眺める。

 ――どの汽車だね。

 ――二時四〇分発のボリソフ行きだ。

 ――ああ、それか……。それはまだ到着していない。

 鉄道員は言った。

 ――どうしてだい。

 ――知らないのかね。ドイツが線路を爆撃したのさ。

 ――一体いつ到着するんだ。

 ――今日の夕方かもしれんし、あるいは明日の朝になるかもしれん。

 こう言うと、鉄道員は自分の道を歩いて行った。

 ――とんだ節約だ!

 アレクセイは絶望的に手を振ると、レールの上に座った。運転手は悔しがって地団駄を踏んだ。

 ――おい! 若いの、君たちの車ではないか。

 プラットホ-ムから誰かが彼等に向って叫んだ。

 ――私たちのだが。あなたはサモイレンコではないか。

 運転手は答えた。

 ――そうだ。車を貸してくれ。荷物を積み込むのだ。

 サモイレンコともう二、三人の兵士が運転手のところにやって来た。

 ――何を探しているんだ。

 ――何にも探していない。全く馬鹿げたことなんだ。若者が二日の休暇を貰ったんだ。

 運転手は答えた。

 ――ふう。お前か! 運のいい奴め!

 誰かが叫んだ。

 ――運がいいって……まだ、こっちから動けないでいるんだ。もう半日無駄にしてしまった。汽車はまだ到着しない。いつになるか分からない。

 ――ところでどうして休暇が貰えたんだ?

 ――何のためなんてどうでもいい。戦車を二台やっつけたんだ。問題は、今どうすればいいかということなんだ。彼はゲオルギエフスカに行かねばならない。しかも途中二日かかるんだ。

 ――君はここで待っているべきじゃないかな。バコフカに行け。そこには日に三本汽車がある。ここは支線だ。

 ――バコフカまでは遠いか。

 運転手は聞いた。

 ――三十キロだから、ゆっくり行ける。

 ――行こう。

 運転手は断固として言うと、すぐに自動車のところに走った。アレクセイも彼に続いた。

 ――待て、積荷はどうするんだ。

 サモイレンコは急に思い付いて言った。

 ――一時間後には戻って来る。積荷は急がないのだから、待っててくれ。

 ――きっとだぞ、忘れるな!

 運転手は手を振った。

 ――将軍の命令だ!

 アレクセイと運転手は、もう自動車の近くまで来ていた。すると、後ろから呼びかける声が聞こえた。

 ――待ってくれ! ちょっと待ってくれ!

 三十才位の背の低い歩兵の兵士が息を切ってアレクセイのところに駆けて来た。

 ――君が休暇で行くのかね。

 ――そうです。

 ――ウズロヴュを通るかね。

 ――通ります。

 ――どうか! この住所へ寄ってくれ。

 彼は封筒の裏のアドレスを切り取り、それをアレクセイに渡す。

 ――何ですか。私にはそんな暇がないんです。

 アレクセイは自動車に乗ろうとするが、歩兵は彼を離さなかった。

 ――そこでは汽車が三十分停車する。私の家は停車場のすぐ近くだ。三分で行ける。お願いだ。立ち寄ってくれ!

 歩兵は嘆願した。

 ――では寄りますが、何を渡すんですか。

 アレクセイは降参した。

 歩兵の目は喜びに輝いた。

 ――私に会ったことを話してくれ。分かったかね。

 彼は自分の胸や肩を叩き、それによって自分の存在を証明するかのように振る舞った。

 ――妻のリーザに、セルゲイを見たと言ってくれ。部隊と一緒に前線に行ったと話してくれ。

 部隊の兵士達がアレクセイの周りをぎっしりと取り巻いた。

 ――彼のリザベータの言ってやりな。彼が、彼女のことを詩人のように夜も昼も夢に見ているって!

 あばたの兵士が笑う。

 ――セルゲイ、どんな贈り物を彼女にやるんだ。

 ――ところでどこで買うんだ。給料全部はたいて買うのか。

 ――私は行きます。

 アレクセイはそう言って自動車に乗ろうとするが、再び人々が彼を引き留める。

 ――ちょっと待ってくれ!……隊長、セルゲイに石鹸を一つやって下さい。

 ――彼の女房に贈り物をさせてやって下さい。

 ――彼には八分の一個が割当だ。

 ――石鹸を一つやって下さいよ。

 ――ばかな! 部隊に二個の石鹸しかない。

 ――その一つでいいんですよ。

 ――そんなことはできない。

 アレクセイは自動車の所へ行きドアを開けた。

 ――若いの、ちょっと待ってくれ。隊長が石鹸を出すから……けちけちせずに、やって下さいよ。

 ――やって下さい。我々はなくてもいいんです!

 一斉にみんなが叫んだ。

 隊長は自分の雑嚢から石鹸を一つ出し、それをアレクセイに渡した。

 ――二つ目もやって下さい!

 若いグルジャ人が調子高い声で言った。

 ――何だってお前。

 隊長は隊員の思いやりを訝った。

 ――贈り物するなら、こうして贈った方がよい!

 グルジャ人が言うと、またみんなが彼に賛成した。隊長は腹を立てた。

 ――このうえ何をしろと言うんだ!

 そして、彼はそそくさともう一つの石鹸をアレクセイの手に押し込んだ。

 アレクセイは運転台によじ登った。若い兵士が後のドアを閉めた。

 ――いいかい!

 運転手はそう言って自動車を動かした。

 ――チェホフ街、七番地!

 歩兵の兵士は叫んだ。

 ――分かった!

 アレクセイは言った。

 兵士達は、去って行く自動車を明るい顔で見送っていた。みんなが満足であった。一人、隊長だけが陰鬱だった。彼は手を振り回し、残念そうに言った。

 ――我々の石鹸入れが泣いている。……やめろって言うんだ。

   《引用中断》

 御覧の通り、ここのシナリオでは列車の普通という第一障碍を描くことが前半の、そして駅頭というしょぼいシチュエーションでのセルゲイの伏線部が後半となっているが、シナリオと完成作品と――最早どちらがというレベルでさえないことは衆目の一致するところであろう。

   《引用再開》

 自動車は再び、走って行く。

 水中に落ちた橋。道は浅瀬を通っている。

 自動車は全速力で川に入る。しかし、真中のところで止まる。モーターが唸る。運転手も兵士も、二人とも直ぐ川に飛び降りる。運転手はエンジンに身体を突っ込んで絶望的に両手を振りながらアレクセイに何か言っている。事情を飲み込んだアレクセイは、運転手に別れを告げると岸に向かって走る。

 道、兵士が駆けて行く。

 森の空地。疲労に耐えて兵士が走って行く……。

 蒸気機関車の汽笛が聞こえる。

 アレクセイは道から脇に入り、真っすぐ、茂みを突き抜けて駆けて行く。

 森かげから汽車が現れてくる。

 アレクセイは、汽車に向かって一直線に駆けて行く。しかし、堤の傾斜で足を滑らせる。その時、汽車はもう彼の上に轟音をたてている。

 彼の傍らを油槽車や貨車ががたがたと通り過ぎて行く。呼吸を整えて、アレクセイは一台の貨車の手摺りにつかまり、それにぶら下がる。汽車は兵士を乗せて去って行く。

   《引用終了》

 川はシナリオではこう使われていたのであった。走るアリョーシャはもしかすると、休暇の終わりとなってしまうエンディングの母の走りと対応した額縁を意識したものかも知れないが、アリョーシャの走りはすでに、戦車に追われるシークエンスにたっぷりとあった。これは、なくてよいのである。

 さあ……「休暇」はまだ……始まったばかりなのだ。……

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